「う〜ん、もうちょっと案内してあげたいんだけど、寒くて身体が冷えてきちゃった…このくらいにしておいていいかな?」
 学食で休憩した後は校舎の外へ出て、グラウンドなどの案内をしていただくとともに運動系の部活の見学をしていたのですけれど、馬術部の見学を終えたところで南雲さんがそうたずねてきました。
 馬術部は専用の広い馬場で活動していましたけれど、そこは校舎から少し離れた場所にあって、これで活動している部活はほとんど案内していただけたみたいです。
「はい、解りました。今日はわざわざ、ありがとうございました」
「ううん、そんな、いいよ。本当は学園の敷地全体を案内したほうがよかったのかもだけど、それはさすがにちょっと広すぎるしね…」
「あっ、さすがにそこまでしていただくわけには…この学校の全体図は持っていますし、これから散歩がてらに歩いてみようかと思います」
「えっ、これから歩くなんて…コートも着てないし、寒くないの?」
 そうおっしゃる南雲さんは、もちろん制服の上にコートを着ていらっしゃいます。
「はい、このくらいでしたら…私の国の今頃は、もっと冷えておりますし」
「そういえばアヤフィールさんの国って北欧だっけ…う〜ん、あんまり想像したくないなぁ」
 そうして身震いされる彼女は本当に寒そうです。
「じゃ、あたしはそろそろ帰るよ…アヤフィールさんも、迷子になったりしないでね。それじゃまた会えるのを楽しみにしてるよ、ばいばいっ」
 元気よく走り去る彼女を見送って…どうでしょうか、またお会いできれば、嬉しいのですけれども。

「えっと、馬術場からこの道を歩いてきたのですから、今の場所は…」
 地図を片手にとある場所を目指して歩いていきますけれど、人の通りも全くなくって周りはただ木々が林立するだけの道ですから、油断をすると迷ってしまいそうです。
 先ほど南雲さんに迷子にならない様に注意されましたけれど、実はもうすでに一度なってしまっていることは内緒です。
 私が今目指しているのは、そのときにたどり着いた場所…そう、あのときの子のことが、少し気になってしまいまして。
あのときは偶然たどり着きましたけれど、今度はどうでしょうか。
「えっと…地図どおりにきましたから、このあたりにはプールがあるみたいなのですけれど…」
 もう迷わない様に、慎重に……周囲にあるものを確認していきます。
 目を凝らしますと木々の間に柵が見えて、その向こう側には何かがあるみたい…おそらくプールでしょうし、道は合っているみたいです。
「…と、あら?」
 そのまま道を進もうかと思ったのですけれど、ふと足を止めてしまいました。
 だって、プールらしいものの方向から、人の声が聞こえた気がしましたから…でも、さすがにこの時期に人がいらっしゃるとは思えませんし、私の空耳でしょうか。
「よしっ、やっとみんな持ってこれたよぅ」
 …いえ、今、確かに人の声が届きましたし、もしかするとあの場所はプールではないのでしょうか。
 色々と気になってしまいましたので、道を外れてその柵の向こう側が見えるところへまで行ってみます。
 柵の向こう側はやはり広々とした、けれど水は張っていないプールだったのですけれど、プールサイドに人影が一つ見えました。
「えっ、あれ…は?」
 けれど、その人影というのがちょっと不思議な姿に見えましたので、手前で足を止めて首を傾げてしまいました。
 後ろ姿のその人影は小さめの背なのですけれど、身体に鎧の様なものをつけていらしたのです。
「よ〜しっ、それじゃ実験開始だよぅ。スイッチ…オンっ」
 かわいらしい女の子の声があがりますけれど、次の瞬間には何かの機械的な起動音が聞こえて…ゆっくりと、その子の足が地面から離れていきます。
「えっ、宙に浮いていらっしゃる?」
 数センチではありますけれど、でも確かにその子の身体は宙に浮かんでいて…その不思議な光景に、目が離せません。
「よしっ、まずは成功だよぅ。じゃあ、次はいよいよ…」
 明るい声をあげるその子ですけれど、声はそこで途切れてしまいました。
 なぜなら、そこで轟音とともに彼女が爆発に包まれてしまったから…って、えっ?
「そ、そんな、大丈夫なのでしょうか…?」
 こちらにまで伝わってきた衝撃波で髪が大きくなびいていく中、煙に包まれてしまった、あの子のいらしたほうを見守ります。
 煙はすぐに四散していきましたけれど、その後に現れたのは、先ほど着込んでいらした鎧の様なものの残骸の中に倒れこんでしまっているあの子の姿。
「だ、大丈夫ですか?」
 そんな光景に、思わず柵を乗り越えてそばへ駆け寄ります。
「…んぅ? 大丈夫大丈夫、全然平気だよぅ?」
 と、私に気づいたその子は思いのほか元気な様子で、その場に立ち上がりました。
 特に怪我などをされた様子もなくって、それは一安心だったのですけれども…。
「あっ、貴女は…」
 その子の顔を見て、私は少し驚いてしまいました。
 だって、その子は私がこれから様子を見に行こうと考えていた子…つまり、温室で眠っているのを見かけた子だったのですから。
「んぅ? どうしたのかなぁ?」
 そのとき眠っていたその子はもちろん私のことは知らなくって首を傾げてしまいますけれど、その仕草がとってもかわいらしいです。
「いえ、何でもありませんけれど、ご無事で本当によかったです。突然爆発が起こりましたから、心配で…」
「あっ、見られちゃったんだ、恥ずかしいよぅ」
 少し顔を赤くして照れてしまわれるのもまたかわいらしい…ですけれど。
「えっと、先ほどのは何をしていらしたのですか? 爆発の起こる直前、お身体が宙に浮いていらした様に見えたのですけれど…」
「あっ、うん、あれは空飛ぶ発明品の実験だったんだけど…失敗しちゃったみたいだよぅ。こんな粉々になっちゃって…」
 空飛ぶ発明品、とは…では、先ほどこの子が身につけていらした鎧の様なものは、そのための装置だったのでしょうか。
「失敗されたとはいえ、そんなものを造ってしまわれるなんて、すごいです」
「えへへ〜、そうかなぁ」
 しかも、こんな小さな子が…もしかすと、この子が世にいう天才小学生なのでしょうか。
「はい、あの…」
「…はぅ、寒くなってきちゃったよぅ」
 私が疑問をたずねようとする前に、その子は身を縮めて震えはじめてしまいました。
「えっと、その…その様な格好をされていては寒いと思いますけれど、今までは寒くありませんでしたか?」
 そういえば、こちらも不思議…その子の格好はいわゆるスクール水着といった感じのもので、それがまたかわいらしいのですけれど、いかにここがプールとはいっても冬場にはおよそ不釣り合いです。
 先ほどの爆発で服が吹き飛んでしまわれた…いえ、その前からあの装置の下はこの格好だったみたいに見えました。
「あっ、これはただのスクール水着じゃないんだよぅ? これには温度調節機能があって、真冬でもあったかなんだよぅ」
「わぁ、それはすごいです」
「えっへん…くしゅっ」
「あらあら、大丈夫でしょうか…えっと、温度調節、できていないのでしょうか…?」
「はぅ、さっきの爆発で壊れちゃったみたいだよぅ…さ、寒いよぅ〜」
 悲鳴に近い声をあげたその子、逃げる様にして走り去ってしまったのです。
「あっ、待って…行って、しまわれました…」
 あまりの素早さに、私はただ呆然と見送ることしかできませんでした。
 残念です、色々と気になる子でしたし、もう少しお話ししてみたかったのですけれども…けれど、お風邪を引かれてはいけませんし、仕方ありませんよね。

 温室、そしてプールで出会った女の子。
 とってもかわいらしかったですし、それにあの発明品とおっしゃるものなど不思議が大きくって、その子と別れた後もずっと気になってしまいました。
 もしかして…と思ってプールからの帰り道にあの温室へ立ち寄ってみましたけれど、お会いすることはできませんでした。
「また、お会いしたいです…」
 この学校の生徒さんでしょうから、またお会いできる可能性も、ありますよね。


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