―私が今いるのは、私立明翠女学園という学校です。
 小さな町にある、そしてその町が形成される前からその場所にあったという、長い歴史と伝統を誇る学校。
 小中高一貫型の、また学生寮なども完備されているその学校の敷地はとっても広くって、日本有数のものであるといいます。
 たくさんの桜の木々に包まれたその敷地を歩いて私がやってきたのは、その北側に位置する高等部の校舎です。
 さすがに長い伝統を持つだけあって校舎も歴史を感じさせる立派な木造建築…ですけれど、その向こう側には近代的な校舎も見えました。
 木造の校舎へ入った私は、職員室にてとあるかたの紹介状をお見せして、応接室へと案内をしていただきました。
「もう間もなく授業が終わりますから、しばらくお待ちください」
 案内してくださった教師のかたはそう言って応接室を後にいたしましたけれど、不審のまなざしを向けていらした気がします。
 でも、そうした目も慣れておりますからあまり気にならず、立派なソファに腰かけて待つことにいたします。
 それから数分後、放課後を伝えると思われるチャイムが鳴ってから少しして、応接室の扉が開きました。
「あっ、こんにちは、摩耶さん」
 入っていらしたのが見知った、そして私がお会いしようと思っていたかたでしたので、ソファから立ち上がって会釈をします。
「ああ、よくいらしてくださいました。お待たせして、申し訳ない」
「そんな、お気になさらないでください。こちらこそ、お忙しい中、わざわざ申し訳ございません」
「いや、そんなこと、気にすることはないさ」
 そうおっしゃりながらこちらへ歩み寄るのは、私ほどではないながら長めの髪をされた、そして整った顔立ちに眼鏡をされ、その下の目がとっても鋭い女のかた。
 とても大人びた雰囲気をされておりますけれど、身につけていらっしゃるのはここの高等部の制服です。
「今日は旅の疲れをゆっくり取ることはできただろうか…何しろはるばる北欧からいらしたのだからな」
 そんなことをおっしゃるのは鷹司摩耶さんといい、この学校の高等部二年生のかた。
 高等部の生徒会長をされているとのことですけれど、それだけではありません。
「お気遣いありがとうございます、摩耶さんのお屋敷は快適で、ゆっくり休むことができました。けれど、摩耶さんこそ昨年は私の国へいらしてくださって……しかもちょうど今の時期でしたからこちらよりずいぶん寒かったかと思いますけれど、大丈夫でしたか?」
「ああ、多少寒かったが大丈夫だったな」
 私たちがはじめて出会ったのは、昨年のこと…私の国で行われた、新国王の戴冠式においてでした。
 摩耶さんはこの国で古くから続く名家の当主であり、また私の国の王家とも親交がありそのために戴冠式に出てくださり、その際に行われたパーティの席上にて知り合ったのです。
「あの、それで、私のお願いのほうですけれど、大丈夫そうでしょうか?」
「ああ、成績が伴っているのならば、問題ない。留学生の許可も私がしているからな」
 摩耶さんはまだお若いのに、この学校の理事長まで務めていらっしゃるのです…すごいですよね。
「しかし、ここが真に貴殿にとりお気に召す学び舎か、ここはやはり自らの目で見てもらうのがよいだろうな」
 ということで、今日と明日との二日にかけて私にこの学校の見学をさせてくださる、とおっしゃってくださいました。
 とってもありがたいお気遣いですし、もちろんありがたく受け入れさせていただきます。
「さて、案内のほうは、明日は教師に案内をさせ授業風景などを見てもらおうと考えているが、今日は…」
 摩耶さんがそこまでおっしゃったところで、どなたかが扉をノックして中へ入ってまいりました。
「…ほぅ、ちょうどきたな」
「え、えっと、会長、こんなところへ呼び出して、何でしょうか…?」
 いらしたのは、摩耶さんと同じ高等部の制服を着た、短めでウェーブのかかった髪をした女の子でした。
「ああ、副会長には、こちらのかたに学園の案内を頼もうと思ってな」
「えっ、そちらの子を?」
 突然の依頼だったみたいでその子はきょとんとしてしまいましたけれど、今日はこの子に校舎などの案内をさせる、とのことです。
「う〜ん、別にいいですけど、その子は何者なんです? 編入生とか…?」
「あっ、はじめまして、私はアヤフィール・シェリーウェル公爵・ヴァルアーニャと申します」
 戸惑うその子へ自己紹介をします…けれど。
「えっ、えっと、日本人じゃないの? しかも公爵、って…ど、どういうこと?」
 名乗ったことで、さらにその子を戸惑わせることになってしまいました。
「こら、副会長。アヤフィール殿は、はるばる北欧の国からいらしたのだぞ?」
「わっ、そ、そうだったんだ…!」
 う〜ん、やはりここでも間違えられてしまいました…私に東洋人の血は入っていないはずなのですけれど、どうやらとっても日本人に見えるそうなのです。
 きれいに切り揃えた長い黒髪など、いわゆる和服の似合う雰囲気らしくって、また以前から日本のことが好きでこちらの武芸などもたしなんでいる身としては、間違えられてむしろ嬉しいかもしれません。
 ちなみに、私と摩耶さんが知り合ったきっかけは、摩耶さんが私を日本人と間違えて声をかけてきたからでした。
「ん〜と、っていうことは、アヤフィールさんはその国からきた留学生ってことなんだよね。公爵、っていうのはすごいけど…あ、ちゃんと敬語使わなきゃですよね」
「あっ、そんな、お気になさらないでください」
「うん、ありがと…あ、私は高等部一年で生徒会副会長の南雲優子だよ、よろしくね」
 その子、南雲優子さんは明るい性格の子みたいで、あの子と気があいそうかもしれません。
「それにしても、そんな若さで公爵とか、すごいなぁ…って、うちの会長も理事長兼任だし、こっちもすごいけど」
 う〜ん、爵位というものは結局は世襲ですから、そんなにすごいことではないのですけれども。
「では、学園の案内は任せたぞ、副会長。アヤフィール殿も、それが終わったらまた我が屋敷へ戻ってくるといい」
 そう言い残して、摩耶さんは応接室を後にされたのでした。

「さてと、それじゃ高等部の校舎を案内していけばいいよね」
「はい、よろしくお願いいたします」
 私、そして南雲さんも応接室を後にして、彼女の案内で校舎を回っていくことになりました。
 応接室のあった木造の校舎は教室棟と呼ばれ、主に一般の授業の行われる教室などがありました。
 放課後ですから人の姿もほとんどありませんけれど、たまにすれ違う生徒たちは会釈をしてくださいながらもやや不思議そうな視線をこちらへ向けてくるのでした。
「まぁ、見慣れない、しかも制服じゃない子がいたら、気になっちゃうのもしょうがないよね」
 確かにその通りですのでそうした視線はあまり気にしないでおいて、一回の渡り廊下を渡って隣に建つ校舎へと移りました。
「あら、何か音楽が聴こえます…吹奏楽でしょうか」
「あっ、うん、そうだね。こっちは音楽室とかのある特別棟だから…部活動のほうも見てく?」
「そうですね…お願いいたします」
 特別棟といわれるこちらの校舎には、教室棟とは逆に生徒さんたちの姿も結構見られました…皆さん部活動をなさっていらっしゃるのです。
 部室で行う部活動ですのでもちろん文化系のもの…けれど、外からは運動系の部活をしていらっしゃると思われる人たちのかけ声なども耳に届きましたし、なかなか部活動の盛んな学校みたいです。
 そうして部活の見学もしながら特別棟も案内していただいた後は、また別の渡り廊下を歩いてさらに隣の建物へと向かいましたけれど…。
「あら、ここは…食堂か何かですか?」
 やってきたのは清潔で明るい雰囲気の、たくさんのテーブルが並んだ広い空間…そこはかとなくおいしそうな香りも漂っていました。
「うん、そう。ここは学食で、お昼はここで食べるかお弁当を持ってくるかのどっちかになるよ」
 さすがにお嬢さま学校の学食らしく、席が多いこと以外は高級レストランの様な感じを受けます。
「う〜ん、ちょっと小腹がすいたかもだし、何か食べてこっか」
「えっ、けれど、お昼ごはんの時間でもありませんのに…」
「大丈夫だよ、放課後は夕方までカフェみたいな感じで開放されてるし、軽いものなら食べられるよ」
 よく見ると、確かに数人のかたが軽食を取っていらっしゃるのが見かけられましたので、私たちもここで休憩を取ることにしました。
「…と、南雲さん、それはあまり軽いお食事ではないと思うのですけれど…」
「そう? ま、私は辛いのが好きだから…でも、ここの味付けって薄いからちょっと不満なんだよね」
 外にある池の見える窓際の席へついた私たちなのですけれど、南雲さんは持ってきた麻婆豆腐にそんなことをおっしゃいながらさらに唐辛子を加えていくのです。
 ものすごい辛党、というものなのでしょうか…あ、あまり気にしないでおきましょう。
「では、いただきます」
 ものすごく辛そうな麻婆豆腐をおいしそうに食べる彼女を気にせず、私も持ってきたものを一口…とてもおいしいです。
 この学食は何を食べてもお金を払わなくってもよいそうですけれど、まだこの学校の関係者でもない私が無料でこんなにおいしいものを食べてもよいのでしょうか。
 そんなことを考えてしまいますけれど、向かい側に座る南雲さんがじっとこちらを見つめていることに気がつきました。
「あの、私の顔に何かついておりますか…?」
「あっ、ううん、大福の食べかたがあまりに優雅だったから…アヤフィールさんって、本当に日本人じゃないの?」
「大福は私の国でも食べられましたから…けれど、やはり味は本場のほうが上ですね」
「そっかぁ、にしても立ち振る舞いが並の日本人よりそれらしいっていうか…そもそも、日本語がものすごく上手だよね?」
「ありがとうございます。日本語は母国語の次に得意なつもりなんですよ」
「つもりも何も、日本語を話してる姿がものすごく自然に見えるんだけど」
 日本のかたにそう言っていただけるのはとっても嬉しいですし、以前からしっかり勉強をしていてよかったと感じます。


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