第一章 〜あやちゃんとみしゃ先生〜

 ―北方のとある地方に、とても小さな国がありました。
 あまりに小さな国でしたので訪れる人も少なく、また詳しく知る者もあまりいない国。
 そんなはるか遠くの国から、一人の女性がはるばるやってきました。

「これが全て、桜の木なのですね…花が咲いたら、どうなるのでしょう」
 ―ゆっくり歩いていた道でふと足を止めて、あたりを見回しながらそうつぶやきます。
 私の歩いていた道の周囲は、数え切れないほどたくさんの木々…昨日聞いた話では、それらは全て桜の木だといいます。
 桜の花が咲いているところなんて、写真や映像ででしか目にしたことがありませんから、ぜひ見てみたいです。
 けれど、今の私の目に映るその木々は、まだつぼみさえつけていなくって、やや冷たさも混じる風が、私の長めの黒髪をなびくとともに木々の枝を揺らしていきます。
 まだ二月ですし、仕方ありませんね…四月頃に、またここにいることができればいいのですけれども。
「…あっ、いけません、こうしていては約束の時間に遅れてしまいます」
 ここへいさせていただくためにも、今からしっかりしなくってはいけません…それですのに。
「ちょっと…困りました」
 木々や空を眺めながら歩いてしまっていましたので、少し道に迷ってしまったみたいです。
 一応地図は持っているのですけれど、この場所はとっても広い上に、あたりを歩く人の姿もありません。
 今の時間、つまり午後三時になる少し前ではそれも当たり前なのですけれど、せめてあたりに何かあれば、現在地が解るはずです。
「えっと…あっ、あれは?」
 あたりを見回しますと、道から少し離れた場所…木々に囲まれた中に、太陽の光に反射する何かが見えました。
 さっそく歩み寄ってみると、それはやや大きめなガラス張りの建物…中をのぞくとお花が咲いているのが見えましたし、温室みたいです。
「わぁ、あたたかい…それに、よい香りです」
 入口を見つけましたので思わず中へ入ってしまったのですけれど、きれいなお花たちの咲く心地よい空間に、心もあたたかくなります。
 とっても静かな空間で、ゆっくり深呼吸…と、あら?
 気のせいでしょうか…私のもの以外にも、何かの呼吸する音が耳に届いた気がいたしました。
 耳を澄ませながら、ゆっくりと温室を歩いて…やっぱり、気のせいではありませんでした。
「むにゃ…すぅ、すぅ…」
「こんなところに、女の子が…うふふっ、とってもかわいいです」
 お花たちに囲まれた中、一人の小さな女の子が寝息を立てているのを見つけたのです。
 とっても幸せそうなその寝顔を見ますと、こちらまで自然と微笑んでしまいます。
「むにゃむにゃ…おいしいよぅ…」
「…あら、うふふっ」
 夢で何かを食べているみたいでしたけれど、よく見るとその子の周りには食べかけのお菓子などが散乱しておりました。
 微笑ましい光景ですけれど、よく考えたらこの子はどうしたのでしょう…普通でしたら今は授業を受けているはずでしょうし…。
「あっ、いけません、時間が…」
 色々気にかかりましたけれど時間が押しておりますし、またこんな気持ちよさそうに眠っている子を起こすのも気が引けましたので、静かにその場を後にしたのでした。


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