結局、ちゃんとした行き先が解らないまま終業式の日を終え、夏休みを迎えました。
 ルームメイトのあまねさんは終業式の日のうちに実家へ帰って、一菜さんと冬華さんも旅行前にまずそれぞれの実家へ帰ったりしてますけど、夏休み初日の朝、朝食を食べ終えた私も学生寮を後にする時がやってきました。
 荷物をまとめた鞄を持って学生寮を、そして午前中ながらすでに日差しのまぶしい中で学園を後にしますけれど、こうして長期休暇の際に学園を出て遠出するなんて、ずいぶん久し振りです。
 荷物は着替え程度なんですけど、でももう真夏っていっていいくらいの中を歩くのはちょっとしんどいです…目的地はちょっと遠いですしタクシーでも呼ぶべきでしたけど、出発しちゃったものはしょうがありませんからそのまま住宅地を抜け、田畑の広がる、そして山々の迫る町外れにまでやってきました。
 どうしてそんなのどかな風景のところにきてるのかっていえば、彼女との待ち合わせ場所があるからで、そこへ向かうため、さらに木々に覆われた中にあります長めの石段を登っていきます。
「はぁ、ふぅ…ここは、やっぱりいつもきついですぅ」
 息を切らせて何とか石段を登り切ったその先には、木々に囲まれたそれほど広くはない、けれど厳かな空間が広がっていました。
「ふぅ、でもここはやっぱり何だか涼しいんですよね…」
 ぴんと張り詰めた空気、っていうところなんですけど、今まで暑い中を歩いてきた身にはそれも心地よく、ゆっくり息を整えます。
 そんなここは私の立つ場所からまっすぐに石でできた参道がのびていて、その先に小さな社殿が建っている様に、あまり規模は大きくなくって参拝者もほとんどいない神社なんですけど、どうしてわざわざこんなところにきたのかっていいますと…。
「あっ、ヘッドったら、ようやくきたのね?」
「…ふぇ? あ、副ヘッドさん、おはようございます」
 社殿のさらに奥、森のそばにあります家屋からこっちに歩み寄ってくる人に気づいて声を交わします…はい、副ヘッドさんとここで待ち合わせしてたんです。
「はぅ、でもいくら副ヘッドさんがここで暮らしてるっていっても、わざわざこんなところを待ち合わせ場所にしなくってもよかったって思いますぅ」
「あによ、別に私が楽したいからここにしたわけじゃなくって、これにはちゃんと意味があるんだから。それより、何か寒そうな格好ね…あっち行ったら風邪引くかもしれないわよ?」
 そんなことを言う彼女は秋物って感じの服装ですけど、向こうは涼しいんですね…でもまだ日本ですし、半袖じゃないと暑いです。
「ま、いいわ…で、ちゃんと準備はしてきたわね?」
「は、はいです、一応…でも、本当に着替えくらいでよかったんですか? パスポートすら用意しなくっていい、ってことでしたけど…」
「大丈夫だって、心配ないわよ」
 う〜ん、どういうことなんでしょう、やっぱり国内だったりするのか、それとも…?
「…あら、松永さんもいらしたのね」
 やっぱり不安になってしまったそのとき、鋭くも澄んだ声とともに社殿から一人の女の人が出てきました。
「は、はひっ、く、九条先輩、おはようございます…!」
 その人の鋭い視線を受けると、自然と緊張しちゃいます。
「ええ、元気そうで何よりね。もう、出発はできるのかしら」
「はひっ、だ、大丈夫です…!」
「そう、ならばよかった」
 現れたのはすらりと背の高く長い黒髪をした、さらにとっても美人なうえスタイルも抜群といった非の打ち所のない容姿な、でもちょっと冷たい雰囲気を漂わせた女の人。
 その人がこの神社の奥にある、そして副ヘッドさんが暮らしている家の主である、明翠女学園高等部三年生な九条叡那先輩です。
 ただでさえ凛々しくって学園ではファンも多いんですけど、今は巫女の装束を着ていらしてそれがさらに際立ってます…九条先輩がここで巫女をしてるってことを知ってる人はかなり少ないみたいなんですけど、この姿を見たらさらにファンが増えそうです。
「エリスも、準備はよいかしら?」
「ええ、私もいつでも出発できるわよ?」
「そう…松永さん、あちらへ行っている間、エリスのことをよろしくお願いするわ。あと、くれぐれも気をつけて」
「は、はいですぅ」
 すぐそばまで歩み寄ってきます九条先輩はやっぱりものすごくきれいなんですけど、あまりにも雰囲気が鋭すぎたり独特の威圧感を受けちゃって、これまでも休日に何度かここへはきているもののやっぱり毎回緊張しちゃいます。
「じゃ、さっそくいきましょっか」
 私の隣に立つ副ヘッドさんは何と手ぶら…実家に帰るとしてもちょっと身軽すぎる気がしちゃいます。
 ま、向こうに何もかもあったりするんでしょうし、私があれこれ考えることじゃないですよね。
「ちょっと、ヘッドってばどこ行こうとしてんのよ。そこでじっとしてなさいよね」
 …って、石段へ向かおうとしたら呼び止められちゃいました。
「ふぇっ、ど、どうしてです?」
「そんなのすぐ解るから、とにかくじっとしてなさいよね」
「は、はいですぅ」
 さっそく出発するって言ってましたのに、どういうことなんでしょう?
 不思議に思ってますと、私たちの前に立つ九条先輩が目を閉じて何か小声で言いはじめましたけど、よく聞き取れません…というよりも、聞き慣れた言語じゃない気がしちゃいます?
 さらには、そんな九条先輩を光が包み込みはじめます…って?
「なっ、なな何ですっ?」
 その光はどんどん強さを増していって、ついには私たちのことも飲み込んじゃいました…こんなこと今まで経験したことなんてもちろんないに決まってますけど、夢を見てるってわけじゃ、ないんですよね?
「…全く、落ち着きなさいよね?」
 超常現象の中いつもの様子の副ヘッドさんですけど、慌てちゃう私の手をつないでくれました…?
 でも、それにほっとする間もなく、光はまわりが全然見えなくなっちゃうくらいに強く、私たちを包み込んでいっちゃいました。

 私たちを包み込んだまばゆい光は結構長い間そのままで、しかも何だか耳鳴りまでしてきちゃって、目でも耳でもものが感じられなくなっちゃいました。
 全然わけの解らない現象ですしとっても不安になっちゃいますけど、つないでくれた副ヘッドさんの手の感覚だけはちゃんと感じることができて、それでほんの少しだけ安心できました。
 そんな光もやがて消えていき、目も見える様になってきて耳も大丈夫になってきた…んですけど。
「…ふ、ふぇっ? ど、どこです、ここはっ?」
 光が消えた後の目の前に広がる世界は、ついさっきまでいたはずの厳かな雰囲気漂う神社とは全く違うものになってましたから、呆然とするほかにありませんでした。
 目の前に広がるのは、ただ一面の荒野…さらに空は厚い雲に覆われていてとても暗くなっていてかなり不気味といった印象を受けますけど、もちろん問題はそんなことじゃありません!
「は、はぅ、やっぱり夢を見てるんでしょうか…。そ、そうですよね、そうに決まって…はうっ」
 と、副ヘッドさんがつないでた手をぎゅっと、痛いくらいに力を込めてきましたから思わずおかしな声が出ちゃいました。
「は、はぅ、何するんですっ?」
「あによ、痛かったんでしょ? ならこれは夢じゃない、ってことよ…解った?」
「は、はぅ、はいですぅ」
 有無を言わせぬ迫力にただうなずくしかありませんでした…けど。
「じゃ、じゃあ、ここはどこなんですっ? 明らかにさっきまでいた神社じゃないですし…!」
 風景もそうですけど、空気もあの神社とは違う意味で重い…濁った感じがしますし、それにずいぶん肌寒いです。
「あによ、いちいちうるさいわね…ここが一応私の故郷、ってことになるかしらね」
「故郷、って…はぅ、もう本当に何が何だか、ですぅ」
 手を離されつつため息をつかれちゃっても…。
「でも…ま、戸惑うのもしょうがないのかもしれないわね。しょうがないから、歩きながら説明してあげるわよ…ついてきなさいよね」
 副ヘッドさんはそう言って荒野を歩きはじめますから、私も隣についていきます。
「で、ここはどこか、ってことなんだけど…ここは、今までいた世界とは別の世界よ」
「…ふぇっ?」
 そうしてはじまった説明はあまりに常識とはかけ離れたもので、私はまた驚きと戸惑いの声をあげるしかありませんでした。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4

物語topへ戻る