色々隠されちゃったり、あるいは不安になる素振りを見せられちゃったりしながらも、副ヘッドさんの誘いを受けることにした私。
「あら、二人で旅行ね…わたくしたちと行くよりもそちらのほうがよろしいでしょうし、楽しんでいらっしゃいな」
 翌日、冬華さんたちへ報告するとやっぱり冷やかしっぽい言葉を受けちゃいました…けど、本当にこのお二人がラブラブな関係…?
「…いちごちゃん、どうしたの?」「わたくしたちのことをじっと見たりして、どうかしましたの?」
「はっ、はわわっ、いえ、何でもないですぅ」
 やっぱり私には解りませんし、気にしないでおくことにしました。
「あっ、ヘッドったらもうきてたのね。じゃ、さっそく行きましょうか」
 迎えた放課後、今日はスタジオじゃなくって昇降口のそばに立ってますと、他の下校する生徒たちに混じって出てきた副ヘッドさんが私に気づき、歩み寄ってきながら声をかけてきました。
 はい、昨日の約束どおり彼女とどこかへ行くことになっているんですけど、その彼女は私を連れて正門から学園を出ますと、そこからまっすぐにのびた道を歩いていきます?
「えっ、あれっ、副ヘッドさん、こっちに行くんですか? 今まで絶対に行きたがらなかったのに…」
「う、うっさいわね、黙ってついてきなさいよね」
 私たちが歩く先には学園から最寄となる駅がありまして、そこまでの道のりはまず学園ができた後に駅など街が作られていったことからかなり整然としています。
 駅自体も大きくはないながらクラシック調の立派なものなのですけれど、とにかく彼女はなぜか今までその駅前へは近づこうとせず、今までのお出かけも学園のごくごく近くにある、生徒のためにできているお店とかくらいにしか行ってなかったんですよね。
 それが今になって、どうしたっていうんでしょう…?
「えっと、確か…こっちよね」
 自宅から通う生徒たちの帰宅な流れに乗って駅前にまでたどり着きましたけれど、私たちは駅へは入らずそのそばにある商店街へ入りました。
 商店街も小奇麗なお店が多く、夕ごはんの準備かと思われる主婦から下校途中の生徒たちまでそこそこの人たちで賑わっていますけれど、その一角に人だかりのできているお店があって、彼女はそこのお店の上に掲げられた看板へ少し目をやりますと、その人だかりの中へ入っていっちゃいます?
 えっ、この暑い中そんな中に入りたくないんですけど、とにかく私も看板を見てみますと、そこにはかわいらしい絵とともに「ひよこ屋」というお店の名前が…って?
「何です、副ヘッドさんったら、ケーキ屋さんには行きたくないって言ってたくせに、旅行前にケーキを食べたくなっちゃったんですか?」
 そう、このお店は前にみんなでこようとしたのに彼女が妙に嫌がりましたからやめておいたお店だったんです。
「うっさいわね、そんなんじゃないわよ。もうっ、道を開けなさいよねっ」
 そう声をあげて無理やり人ごみをかき分ける彼女はあまり機嫌がよくなさそうで、とりあえず黙ってすぐ後についていきます。
「ちょっ、何なの、ちゃんと並びなさいよ」「押したりしないでくださいますっ?」
 ほとんどが学園の生徒な人だかりの皆さんが怒号をあげて私はびくびくしちゃいますけど、彼女はそれも気にせず、ついにその人だかりを抜けちゃいました。
 私もそれに続いて何とか抜けましたけど、その先にあったのはまさしくケーキ屋さんで、カウンター越しに一人の女性の姿が見えました。
「…あらっ」
「…うっ」
 私の前にいて立ち止まった彼女とその店員さんとの目が合ったみたいなんですけど、店員さんが何だか嬉しそうな顔をしたのに対し彼女は明らかに固まった様子です。
「あら、エリスちゃん、やっときてくれたのね、嬉しいわ。どのケーキがほしいかしら?」
「う、うっさいわね、そんな道楽に付き合いにきたんじゃないわよ」
 あれっ、店員のほわほわした雰囲気のあまり背の高くない、外国人っぽい女の人、副ヘッドさんのこと知ってます…彼女のほうも知っている様な口のききかたです。
 髪の色なども近しい感じですし、同じ国出身の知人か何かでしょうか…なんて思いますけど、とんでもありませんでした。 「まぁ、それじゃ、どうしたのかしら?」
「えっと、ちょっと話があるからきただけよ…お母さん」
 …あれっ、副ヘッドさん、今あの人に何て言いました?
「…ふぇっ、お、お母さんっ?」
 まさかの発言に、まわりの人たちともども私も思わず声をあげちゃいました。

「うふふっ、うちのお店の新作ケーキです。どうぞ食べてくださいね」
 お店の奥にある家の応接室へ通されて座る私たち二人の前に、そう言ってにこやかにケーキを差し出してくる女の人。
 あれだけ人だかりができていたことからも解る様にとっても繁盛しているわけですけど、そんなお店をわざわざ閉じて私たちの応対をしてくださっているのですけど…。
「あ、あの、副ヘ…エ、エリスさんの母親だというのは、本当なんですか…?」
 そのことが気になってしまって、ケーキなんてとても食べられません。
「あら、そうは見えないかしら?」
「は、はい、姉妹っていうんでしたら…性格は真逆っぽいですけどまぁ解らなくはないですけど」
「あによ、その性格っていうのは…ヘッドのくせに生意気ね」「あら、ありがとう…うふふっ」
 ツンツンした副ヘッドさんとほんわかしたその人とじゃそう感じるのが普通だって思いますけど、とにかくその人は背も彼女より少し高いだけなうえに見た感じもとっても若々しく、未成年だって言われても違和感ありません。
 ちなみにその人の髪もやっぱり彼女と同じ色で長いながら後ろで大きな三つ編みでまとめてまして、ケーキ屋さんらしいエプロンドレス姿がよく似合ってます。
「申し遅れました、私の名前はシャルト・S・ベーゼ、そちらのエリスちゃんの母です」
「あっ、は、はいです、私は私立明翠女学園高等部二年、松永いちごといいます」
「まぁ、いちごちゃん…おいしそうなお名前ね」
 穏やかに微笑まれましたけど、娘さんと同じことを言ってくるあたり、やっぱり親子なのかもです。
「それで、エリスちゃん…今までいくら待ってもきてくれなかったのに、突然こうしてこんなかわいらしい子と一緒にきてくれたりして、どうしたんのかしら?」
 私たちの向かい側へ腰かけるその人…シャルトさんですけど、色々気になることが出てきちゃいます。
「待ってた、って…そっちが勝手にこっちきただけでしょ?」
「あら、だって、娘がどうしているか気になるのは、親として当たり前でしょう? 特にあんな勝手にお家を飛び出されちゃったら…でも、特に問題を起こさず、それにそうやって仲のいい子もできていて、安心したわ」
「だ、だからってまさかお母さんまでこっちにきて、しかもこんなとこでお店を開くなんて思ってなかったわ…普段は放任主義のくせに」
「うふふっ、いつもエリスちゃんのこと、見守ってるわよ? それに、ケーキを作るの、好きだもの」
「はぁ…こっちでケーキ作って生活してるなんて、あっちのみんなは知ってるんでしょうね?」
「ええ、それはもちろんよ。エリスちゃんみたいに、黙って飛び出したりはしてないわ」
「ふ、ふぅん、止めたりしないのね…まぁ、私も無理やり連れ戻されたりしてないし、いいんだけど」
 う〜ん、親子の会話に混じることはできませんし、ここはケーキを一口…。
「…あっ、これはおいしいです」
「まぁ、ありがとう。いちごちゃんはいい子ね…エリスちゃんにも見習ってもらいたいわ」
 は、はわわっ、何だかちょっと恥ずかしいんですけど…!
「ちょっ、何おかしなこと言ってんのよ…と、とにかく話なんだけど、こっちの学校が夏休みの間、あっちに帰ることにしたから」
「あら、そうなの? それじゃ、私も…」
「…お母さんは、お店があるでしょ?」
「まぁ…もう、しょうがないわね」
 シャルトさんは困った様子で微笑みますけど、要するに故郷へ戻る報告にきたんですね。
「あと、こっちのヘッド…松永先輩も一緒に連れてくけど、いいわよね?」
 で、そんな私のことも紹介しておこう、と。
「まぁ、いちごちゃんを? でも、普通の人間の子よね…大丈夫かしら」
 心配げとも取れる目で見られちゃいましたけど、今の言葉に何か違和感が…。
「大丈夫だって、松永先輩なら心配いらないって思うし、叡那もいいって言ったから」
「そう…九条さんがそう言ったのなら、安心ね。解りました、その子と一緒に帰りなさい」
 えっ、どうしてそこで九条先輩のことが…。
「じゃ、ま、そういうことで、明後日が終業式だし、その次の日から行くから…じゃあね」
「は、はわっ、まだケーキを食べ終えてませんよっ?」
 さっさと席を立つ彼女に急かされて、私たちは早々にその場を後にしたのでした。

「…あによ、ずいぶん色々聞きたい、って様子ね」
 シャルトさんのお店を後にして学園へ戻る道を歩きつつ彼女がそう言ってきますけど、当たり前です。
「あんな状況の中に私を連れてったからには、ちゃんと聞かせてもらいたいものですけど…」
「まぁ、そうよね…あによ、じゃあ聞きたいことを言ってみなさいよ」
「はいです、えっと…」
 先ほどの女性、シャルトさんが副ヘッドさんの母親だというのは間違いないみたいですので、他のこと…まずは母親が同じ町にいるのにどうしてわざわざ別の家で暮らしてるのか、ってことについてたずねてみました。
 さっきのお二人の会話などからある程度推測はできていたんですけど、副ヘッドさんはある日勝手に家を飛び出してこっちにやってきて、そこでたまたま出会った九条先輩の家に住むことにしたっていいます。
 いわゆる家出みたいなもので外国まできて、しかも見知らぬ人の家に転がり込むなんて、ちょっと信じられないほどの行動力です。
 一方、そんな彼女に九条先輩はこちらで生活していける様にわざわざ「冴草」って偽名を用意してあげたりあの学園へ通える様にしてあげたっていうんですから、こっちも色々すごいです。
「…って、副ヘッドさんって偽名だったんですか? じゃあ、本名って…」
「あによ、エリスっていうのは本名よ? ま、エリス・メランス・ゴートっていうのが私の本名ね」
 もうすぐ学園にたどり着く、ってところでそう聞かされましたけど、どうもシャルトさんのほうもこちらでは違う名字を名乗っているみたいです。
 引き続きそのシャルトさんについてたずねてみて…家を飛び出したりさっきの態度から副ヘッドさんはあの人のことが嫌いだったりするのかって思っちゃいましたけど、別にそういうわけではないみたいです。
 それでもなかなか会おうとしなかったり、会ってもあんな態度を取ってしまうのは微妙なお年頃、っていうことなんでしょうか…これは、ずっと実家に帰ってない私にどうこう言えることじゃないですよね。
 それにしても、シャルトさんにしても娘を追ってこちらへきただけではなくってお店まで開いちゃうなんて、副ヘッドさんとその周囲の人たちはやっぱりちょっととんでもない行動力です。
「…って、今日はもう帰るつもりだったのに、学園に戻ってきちゃったじゃない。全く、私はこのまま帰るわね」
 と、そんなことを言って足を止める彼女ですけど、私たちは学園の正門前にまで戻ってきてました。
「あ、ちょっと待ってください。それで結局、副ヘッドさんの国って…私たちはどこに行くんですか?」
「あによ、心配性ね。心配しなくっても、今月の下旬に発売予定なヘッドの先輩さんの出るゲームは手に入るって」
「いえ、ですから、そんなことができるなんて、どこの場所なのか…」
「ま、それは当日になってのお楽しみ、ってことで…じゃあねっ」
 さらに問い詰めようとしたんですけど、彼女はそのまま走り去っちゃいました。
 むぅ、やっぱり色々不安ですけど、副ヘッドさんは態度は悪いですけど悪人ってわけじゃないですし、まぁあそこまで言うんでしたら大丈夫なんですよね。
 …きっと、多分、おそらく、だといいです。


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