第四章

 ―色々あった梅雨時もすっかり過ぎ去り、季節は夏本番を迎えようとしていました。
「どうやら全員期末試験は無事終えたみたいですわね。ま、この学園には追試になる様な無様な生徒はいないかと思いますけれども」
 お昼休み、冷房の効いた涼しい学食でお昼ごはんを取りながらの冬華さんの言葉どおり、一学期最後の壁な期末試験も終わり、先日結果が発表されました。
 この学校では全員の成績が順位をつけて公表されちゃうんですけど、私と一菜さんに冬華さんはいずれもちゃんと上位のほうにいます。
「あ、エリスちゃんはどうだったの?」
「ま、あのくらい余裕…ってわけじゃないですけど、悪くありませんでしたよ?」
 私は副ヘッドさんの結果も見たんですけど、確か三位くらいだったはず…私がスタジオで練習しているときもちゃんと勉強してましたし、意外と真面目なところがあるんですよね。
 でも、こうして副ヘッドさんをお昼に交える様になって一ヶ月くらいになりますけど、ずいぶんなじんできましたよね…あれ以来特にひどいことも起きてませんし、周囲の視線も落ち着いてきた気がします。
「ふぅん、いちごに勉強を教えてもらいましたの?」
「いえ、松永先輩は特に何もしてくれてませんよ?」
 お二人との会話では丁寧な言葉遣いで私のこともあんなふうに呼ぶ彼女ですけど、二人きりのときは相変わらずなんですよね…お二人はちゃんと先輩らしい雰囲気があるから、なんて言われちゃいましたし、複雑な気持ちです。
「ま、とにかくこれで夏休みを待つばかりですわね」「うん、いちごちゃんたちは何か予定とかあるの?」
 そう、もうすぐ夏休み…お二人は部活が一段落したら一緒に海外旅行へ行くそうで、私と副ヘッドさんも一緒にどうかって誘ってくださいました。
「う〜ん、どうしましょうか…」
 昨年の夏休みは学園に残って、石川先輩と一緒に練習をする日々でしたっけ。
 今年は先輩はいませんけど、副ヘッドさんがいます…彼女はどうするんでしょう、とそちらへ目をやってみます。
「あ、私は松永先輩と相談してからお返事しますから、少し待ってもらえますか?」
 私と相談って、彼女は帰省とかの予定はないんでしょうか…。
「あら、そう…やっぱり二人はずいぶん仲がよろしいんですわね」「うん、休日も一緒にお出かけしたりしてるみたいだし」
「はわっ、な、何言ってるんです、そのくらい普通ですよぅ?」
 もう、お二人…特に冬華さんはことあるごとに冷やかす様なことを言ったりして、参っちゃいます。
 確かにあの一件以来、私たちは休日にはスタジオの外へお出かけしたりもしてますけど、そのくらい本当に普通のことだと思いますのに…。

「ふぅ、涼しいです…副ヘッドさん、もうきてたんですね」
 その日の放課後、スタジオへ入りますともうすっかり冷房の効いた中、彼女がラジオCDを聴いてくつろいでました。
 休日はお出かけとかもしますけど、平日の放課後はやっぱりスタジオで練習です。
「あっ、ちょっとヘッド、練習の前に聞いときたいことがあるんだけど」
 と、聴いていたCDを停止しながらたずねられました。
「ふぇ、聞きたいこと、って…もしかして、お昼休みで話題になった夏休みのことですか? 私は、あんまり長くならないんでしたらお二人と一緒に海外へ旅行っていうのも悪くないかと思うんですけど、副ヘッドさんは何か予定とかありました?」
「うん、そうそう、そのこと。予定もあるっていえばあるし、そうじゃなくってもあの二人についてくのは気が進まないのよね」
「はわ、どうしてです…?」
 もしかしてお二人のことをよく思っていないんでしょうか…?
「いや、だってあの二人ってラブラブじゃない。そんな二人の旅行についてって邪魔するのは悪いじゃない」
 何です、安心しました、彼女なりに気を遣ってるだけ…って?
「ふぇっ、ラブラブって、一菜さんと冬華さんのことですっ? い、いや、あのお二人はそういう関係じゃ…!」
「そうかしら、いつも一緒にいるし、友達以上の感情を持ってる様に見えるんだけど…ヘッドは鈍いし、しょうがないか」
 想像もしなかったことを言われてあたふたする私に、彼女は平然とそう続けます。
「い、いや、確かに仲はとってもいいですけど…そ、それに、いつも一緒にいるってことでしたら、私たちもそう変わりませんし」
 本当、私たちもよく一緒に過ごしてますよね…あのお二人との違いは、あちらは同じクラスでさらに学生寮でも同室、っていうあたりくらいじゃないでしょうか。
「ふぅん、あっそ…ま、やっぱヘッドじゃ何も解んないか」
 は、はぅ、何でしょう、とっても冷たい目を向けられましたけど…。
「ま、とにかくそんなわけであの二人の邪魔はしたくない、って私は思うのよね…ヘッドはそれでもついてくの?」
 そんな目はすぐになくなりましたけど、どうしましょう…。
「って、そういえば、さっき副ヘッドさんには何か予定がある、とか言ってませんでしたっけ? 副ヘッドさんがそっちへ行くなら、私はお二人についてくかここで練習してるかですけど…」
「あぁ、そのことね。それなんだけど、ヘッド…一緒に、私の故郷へ行かない?」
「…ふぇ? それって、副ヘッドさんが元々住んでたとこ、ってことですか?」
 彼女から帰省旅行のお誘い…かと思いきや、ちょっとだけ違いました。
「ええ、実はね、私はあっちの学校にも通ってて…」
 続けての説明によれば、こちらが夏休みの間にあちらの学校へ通わないと必要な単位が取れない、っていうんです。
 彼女の故郷は外国でしたはずですけど、それだけで単位がもらえるとか…九条先輩の家にホームステイしてるってことといい、留学生ってことでいいんですよね?
「ま、そんなとこよ。で、夏休みの間だけでもヘッドもこっちきて一緒に通ってくれたらなぁ〜、って」
「…ふぇっ、私も通うんですかっ?」
 夏休みなのに、そんな…って以上に、言葉のこととか色々あって、さすがに尻込みしちゃう提案です。
「あっ、言葉の問題とかなら心配しなくってもいいわよ。それに、声優はないけどアイドルを養成する学科なんかもあったはずだし、歌も大事なんだからいい経験になるんじゃない?」
 人の心を読んだのかと思っちゃいますけど、外国なのに本当に言葉の心配はないんでしょうか…でも副ヘッドさんはかなり普通に日本語しゃべってますよね。
 それに、アイドルですか…何とあの石川先輩が同じく新人声優さんな灯月夏梛ってかたと一緒にアイドルユニットを組んでデビュー、なんて衝撃的な展開が実際につい先日起こりましたし、気になるところなんですけど…。
「でも、外国ってなりますと、もうすぐ発売する石川先輩が声優デビューするゲームができなくなっちゃいますし、それに観たいアニメも…」
「あぁ、最近の雑誌にもちらっと書いてあった石川麻美さんよね? ここでヘッドと練習してたって人が本当に声優になって雑誌にも載るなんてすごいし、私もちょっと気になるわね…」
 たかが、って思われちゃうかもしれませんけど、特にゲームはあのかたのことがあって絶対に見逃せませんし、長期に日本を離れるのはきついです。
「でも、ま、そこも大丈夫よ? 何とかできるから、ゲームもできるしアニメも観れるわよ…ま、信じなさいよね」
 いえ、そんなこと言われても、普通はちょっと無理な気がしちゃうんですけど…。
 でも、まぁ、ここまで私を誘ってくれる気持ちは嬉しいですし、それに彼女の故郷っていうのも気になりますよね。
「そう、ですね…じゃあ、お付き合いしちゃいます」
 ですから、副ヘッドさんの誘いに乗ってみることにしました。
「そうこなくっちゃね。あ、じゃああの人にも会っとかないといけないわね…明日あたり、放課後ちょっと付き合ってもらえる?」
「はぁ、いいですけど、どこに行くんです? そもそも、副ヘッドさんの故郷って…」
「ま、それはどっちも行けば解るわよ。でも…ま、夏のこの国よりはずっと過ごしやすいかと思うわよ?」
 う〜ん、副ヘッドさんの雰囲気からして、北欧とかアルプスあたりでしょうか。
「あ、それと、ヘッドなら大丈夫だと思うんだけど、その…私のこと、嫌いにならないでね?」
 と、少し表情を曇らせる彼女…って?
「ふぇっ? それ、どういう…」
「あ…え、え〜と、ほらほら、そろそろ練習しなさいよっ」
 はっとした様子の彼女に無理やり話をそらされちゃいましたけど、ものすごく不安げな表情をされましたよね…?
 しかも、嫌いになるとか…こっちまで不安になっちゃうんですけど。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4

物語topへ戻る