「…松永さん、大丈夫?」
「は、はぅ、何とか大丈夫ですぅ」
 翌日、私は自室のベッドの上でちょっとうなされてました。
 あまねさんが看病してくれてますけど…はい、熱くなったのは胸だけじゃなくって全身だったみたいで、昨日雨に打たれすぎたせいで風邪を引いちゃったみたいなんです。
 全く、あのくらいのことで情けないですよね…今日は日曜日で学校は休みなんですけど、でもあのことが気になっちゃいます。
 やっぱり、熱を我慢してでも行くべきでしょうか…と、布団の中でそんなことを考えてますと、部屋の扉をノックする音が聞こえます。
「あ…私が、出るね?」
 扉へ向かうあまねさんですけど、まさか…。
「あによ、こないと思ったら…風邪引いちゃったの? あのくらいの雨で、だらしないんだから」
「…はぅ、全くその通りですぅ」
 やってきたのはそのまさかの通り、副ヘッドさん…スタジオに私がこないのが気になって、ここまできたそう。
 気を遣ってくれたのかあまねさんは図書室へ行くと出ていって、部屋には私たち二人きりとなります。
「ふぅん、ここがヘッドの部屋ね…さっきの子もきれい好きっぽかったし、やっぱきれいにされてるわね」
 彼女はベッドの隣にある椅子へ座りながらもあたりを見渡してて、ちょっと恥ずかしいです。
「にしても、やっぱ嫌われたんじゃないかって心配になったんだからね? ここにくるまでにすれ違った奴ににらまれたりもしたし」
「は、はぅ、ごめんなさいですぅ」
「…なんて、冗談だから気にしないでよね」
 そ、そうでしょうか、あんまり冗談に聞こえなかったんですけど…。
「ま、お見舞いの品も何もないんだけど、風邪はどうなの?」
「はいです、そんなにひどくないですし、明日には学校に行けると思います」
「ふぅん、そう…ま、ちょっとは私のせいなこともないし、ならよかったわ」
 彼女なりに気を遣ってくれてて嬉しいですけど、昨日のことっていえば…。
「えっと、そういえば、副ヘッドさんと九条先輩って、どういう関係なんですか? あっ、いえ、だから何だってことじゃなくって、ちょっと気になって…」
 昨日の子たちでも仲がいいことを知ってましたのに、私は何も知らなくって…あんなことにもうさせないためにも、放課後以外の彼女のことも知っておきたいんです。
「あによ、まぁヘッドになら話していいけど、私は叡那の家で暮らしてるのよ」
「…ふぇっ? そ、それってつまり…!」
 平然ととんでもないことを言われて、さらに熱が上がりそうになっちゃいます。
「ちょっ、人の説明は最後まで聞きなさいよっ。第一、叡那にはもうねころさんっていう付き合ってる相手がいるんだから、変な勘違いしないでよねっ?」
 対する彼女も少し慌ててそんなことを言ってきましたけど、それはそれで驚きの内容が含まれてました。
 九条先輩と、その先輩と同学年で最近編入してきた雪乃ねころ先輩が付き合ってる、とか…いえいえ、まずは彼女の話をちゃんと聞いてあげないとですよね。
 その彼女が話してくれたには、そもそも彼女は元々外国に住んでて、つい最近日本へやってきたといいます。
 その際に縁のあった九条先輩の家へいわゆるホームステイをすることになって、また同時に同じ学校、つまりここへ通うことになったそうです。
 そういう関係で九条先輩と雪乃先輩のお二人とは仲がよく…というよりもこの学校で普通に話せる人自体がそのお二人だけで、お昼もお二人と一緒に雪乃先輩が作ったお弁当を食べていたそうなんですけど、先日あの子たちに一緒に食べるな、なんて言われてやめたそうです。
「むぅ、副ヘッドさんがそんな理不尽な要求を聞く必要なんてないですよ…っていうか、副ヘッドさんが大人しく言うことを聞いてること自体不思議です。それに、九条先輩たちにご相談すれば…」
「いや、叡那たちにあんまり心配や迷惑かけたくないから…。それに、お昼は元々私がいたら二人の世界に邪魔かなって思ってて、いつかはそうしようって思ってたしね。だからって昨日みたいなことまで聞いてやるつもりはなかったし、ヘッドが現れなかったらあいつらぶっ飛ばしてたかもね」
「わっ、そんな物騒な、しかもあんな人数相手に無茶な…そ、それに、副ヘッドさんでも誰かに心配や迷惑かけちゃいけないとか、そんなことちゃんと考えるんですね」
「あによ、あんな人数何でもないわよ…って、失礼ね、そのくらい考えるわよっ」
 まぁ、あの場は私が出て正解だった、ってことですけど…う〜ん、さっきは即座に否定されたこと、つまり彼女はやっぱり九条先輩のことが好きだったんじゃないか、って感じちゃいます。
「ま、とにかくヘッドはちゃんと風邪を治して、明日はちゃんと学校きなさいよ? じゃないと、張り合いがないんだから」
「は、はいですぅ」
 でも、何となくそれを口にしたくはなくって、結局心の中にしまっておきました。
 それに…それよりもちゃんと考えておきたいなってこともありましたから。

 あれから副ヘッドさんは私の部屋でアニメを観ていこうとしたりしましたけど、とにかく翌日には私の熱も下がって普通に学校へ行ける様になりました。
「あっ、いちごちゃん、おはよ…元気になったんだね」「ごきげんよう、風邪以前のあれも治ったみたいで何よりですけど、何だかいちごの評判が下級生の間で少し悪くなっているみたいですわよ?」
 登校した教室で一菜さんと冬華さんが声をかけてきましたけど、もう先日のことがある程度広まってるんでしょうか。
「まぁ別にいいと思いますよ? それより、お二人にちょっとお願いしたいことがあるんですけど…」
 そんなことは気にせず、さっそく昨日考えたことを伝えてみました。
「…ふぅん、ま、わたくしは別に気にしませんし、構いませんわよ?」「うん、私も…ぜひ、そうしてほしいな」
「わぁ、ありがとうございますぅ」
 お二人なら大丈夫とは思ってましたけど、実際に快いお返事をもらえて一安心です。
「それにしても、やっぱりその子はいちごにとって大切な子なんですわね」「どんな子なのかな…」
「はわわ、何言ってるんです、そういうのじゃありませんっ」
 全く、普通ああいう状況の子がいたら放っておけないって思いますし、それだけなんですから。

 お昼休みを告げるチャイムが鳴るとともに、私は急ぎ足で教室を後にしました。
 向かう先は一階にある一年生の教室…はやく行かないと、どこかへ行ってしまうかもしれません。
 すでに扉も開き中から数人の生徒が出てきている一年生の教室をのぞいてみますと…あっ、いました。
「副ヘ…こほん、エリスさん、こんにちは」
 教室へ入って声をかけた相手は、クラスの中でぽつんと一人孤立した感じで席にいた少女…お弁当の入った包みを持ってどこかへ行こうとしてたみたいですけど、何とか間に合いました。
「んなっ、どうしてここに…!」
「どうしてって、一緒にお昼を食べるためです…さ、行きましょう」
「ちょっ、だ、誰もそんなこと頼んでないでしょ…!」
 突然のことに戸惑う彼女、それに微妙な視線を向けてくる周囲の子たちですけど、気にせず彼女の手を取って教室を後にしました。
「ヘッドったら、どういうつもりなのよ…!」
「だって、副ヘッドさん、九条先輩たちにお友達とお昼を食べてる、って言ってるそうじゃないですか。ですから、私たちと一緒に食べましょう」
「そんなおせっかいいらないし…っていうか『私たち』ってあによっ?」
「学食に私のお友達を待たせてますから…さ、はやく行きましょう」
「今日のヘッド、ずいぶん強引ね…しょうがないんだから」
 観念した彼女を引き連れて、すでに人のたくさんいる学食へ…まず私の昼食を取って、先にいつもの席で待っていたお二人のところへ行きました。
「あら、いちごったらようやくきましたわね」「あっ、その子が…そうなの?」
「はいです、一年の冴草エリスさんっていうんです…じゃ、そっちに座ってください」
「え、えっと、よろしく…」
 ぎこちない様子の彼女と一緒に席へついて、お二人の紹介をしてからお昼ごはんです…はい、私が考えてたことっていうのは、九条先輩たちの代わりに私たちが彼女とお昼を食べてあげよう、っていうことだったんです。
 副ヘッドさんに少しでもこの学校になじんでもらいたいですし、まず私の身近な子から、って思って…もちろん、あんな理由でお昼が一人になるのもよくないですし。
 それに、冬華さんはテニス部の次期部長さんですし、下級生へ対する押さえにもある程度なってくれるんじゃないでしょうか。
「冴草さんは放課後いちごと過ごしていらっしゃるそうですわね。いちごは一体何をしているのか、教えていただけなくって?」
 って、いけません、そのことを改めて口止めするの忘れてました…!
「放課後、ですか? そうですね…ここでは言えないことを、していますよ?」
「まぁ…いちごったら」「え、どういうこと…?」
「は、はわわっ、な、何言ってるんです…!」
 とりあえず隠してはくれたんですけど、あんな誤解を与える言いかた…しかも、なぜかお二人にははじめから敬語を使ってますし!
 全く困ったものですけど、お二人と笑いあう彼女を見ますとちょっとほっともできます。
 …うん、これなら副ヘッドさんはこの学校でもちゃんとやっていけそうです。
「そうですわ、せっかくですし、放課後は皆で駅前にできたケーキ屋へ行ってみませんこと?」「あ、うん、今日も雨で部活もないし、そのお店、とっても評判だもんね」
 そういえば先日はそこへ行こうとしてあんなことになったんでしたっけ…改めて、っていうのもいいかもです。
「はいです、私もいいですよ?」
「あら、珍しくいちごが乗ってきましたわね」
 この数日練習はできてませんけど、でも副ヘッドさんとお出かけ、っていうのもいいですから。
「冴草さんは、大丈夫…?」
「駅前の、ケーキ屋…えっと、お店の名前は何ていうんですか?」
「名前? えっと、確か…一菜、何だったかしら?」「えっ、うん…『ひよこ屋』だったかな?」
「…んげっ、まさかっ?」
 わっ、副ヘッドさん、いきなりどうしたんでしょう?
「あ…え、えっと、ごめんなさい、私、ケーキはちょっと…」
 あっけに取られる私たちに、彼女ははっとしてそう言ってきますけど…さっき、お店の名前でびっくりしてた気がします。
 何でしょう…ケーキじゃなくってひよこが嫌いなんでしょうか。


    (第3章・完/第4章へ)

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