何か大きな悩みを抱えていそうな副ヘッドさん…ですけど、私は完全に拒絶されちゃいました。
 やっぱり、放課後に話す程度の関係でしかない私には、そんな大切なことは話したりできないんでしょうか…。
「全く、今日は雨で部活もできないから、最近駅前にできたっていうおいしいケーキ屋さんへ行ってみようかと思いましたのに…いちごがこの天気みたいにじめじめしてますし、おあずけですわね」「い、いちごちゃん…」
 と、すぐそばからのお二人の声にはっとしますと、学食の席ですでに食事を終えた冬華さんが呆れ顔で、一菜さんは心配げにこちらを見てきていました。
「は、はぅ、ごめんなさいですぅ」
「別にいいですわ、いつものいちごでも放課後の誘いには乗ってこないでしょうし」「うん、今日もいつもの人に会いにいってくるんだよね?」
「…今日は、きてくれるでしょうか…」
 昨日のあの別れかたから、そんな可能性がよぎっちゃいます。
「…いちごちゃん、もしかしてその人と喧嘩したの?」「あぁ、だから新学期の頃みたいに元気なかったわけですわね…でも卒業とかしたってわけじゃないでしょうし、いちごがそんなだとこちらの調子まで狂いますから、さっさと仲直りしてしまいなさいな」
 私が放課後に誰かと過ごしてることが完全にばれちゃってます…けど、果たしてこれは喧嘩なんでしょうか。
 だって、私は彼女がどうしてあんなに不機嫌だったのか、その理由が全然解らないんですから…。

 放課後、外は雨が降りしきってますけど私はいつもどおりにスタジオへ向かいました。
「副ヘッドさんは…はぅ、いませんか」
 その中は静寂と暗闇の世界で、誰かがやってきた気配はありません。
 こんな気分じゃ練習なんてとてもできませんし、椅子へ腰かけ彼女がやってくるのを待つことにします。
「…きて、くださるでしょうか」
 まずそこが問題ですけど、きてくれても昨日みたいな状態じゃちゃんとした話なんてできませんし、どうにか気を和らげたりすることができたらいいんですけど…と、ここでふと思い出しましたのは、お昼休みに聞いた冬華さんの言葉。
「おいしいケーキでも食べれば、副ヘッドさんも少しくらいは気を緩めてくれるかもですね…」
 こなかったらもったいないことになりますけど、そこは信じて…買いにいっている間はここを空けることにもなっちゃいますけど駅前は正門からまっすぐ行ってすぐですし、ひとっ走りして急いで買ってきちゃいましょう。
 思い立ったら即実行、ってことでスタジオ、それに特別棟を後にしまして、傘を持って昇降口へ向かいます。
「…って、あれっ?」
 その昇降口の一年生が使う場所に何人かの人影が見えたんですけど…その中に、副ヘッドさんとおぼしき子の姿も見えたんです。
 その子たちは傘を差して外に出ていったんですけど、確かに彼女もいましたし、どこへ行くんでしょう…気になっちゃいますし、少し間を空けて後についていってみました。

 副ヘッドさんと数人の生徒たちは、並木道を外れて森みたいになっている木々の奥へと行ってしまいました。
 もちろんそんな先に何かあるはずがなくって、不思議になりながらもさらに雨の中後へつけていきますと、森の一角で皆さん足を止めていました。
 どうやら副ヘッドさんを取り囲んで何か話してるみたいですけど、雨音に掻き消えてよく聞こえません…木陰に隠れながらもう少し近づいてみます。
「…あによ、あんたたち、またこんなとこに連れてきて」
 あっ、ようやく雨音にまぎれて声が聞こえてきました…これは副ヘッドさんの声です。
「しょうがないから、あんたたちの言う通り、叡那たちとお昼を食べるのをやめてあげたってのに、まだ文句あるわけ?」
 さらに彼女はそう続けますけど、誰かとお昼を食べるのをやめた…?
「文句大有りよ、どうしてあなたなんかが九条先輩と仲良く…」「そうよ、雪乃先輩は許しますけど、あなたは認められません」「外部入学生のくせに生意気よ」
 対して彼女を取り囲む生徒たちはそんな声をあげてますけど、九条先輩に雪乃先輩っていったら、学園内でもかなり有名なお二人です。
 ちょっとだけ話が見えてきましたけど、じゃあこれって…。
「あによ、ならどうするつもり?」
「決まってます、お昼以外にも九条先輩に近づかないこと」「たかが外部入学生のくせにあのかたに近づくなんて許せませんっ」「それが嫌なら、いっそこの学園から消えなさい」
 さらに耳に届くのはとてもこの学園の生徒が放つとは思えないもので、胸が痛む…いえ、それ以上にこれまであんまり抱いたことのない別の気持ちがわいてきました。
「あ、あんたたちにそこまで言われることなんてないわ。もう我慢でき…」
「…ちょっと、あなたたち、待ちなさいっ!」
 副ヘッドさんが傘を震わせながら何か言いかけますけど、その前に私が我慢できなくなっちゃって…傘を放り出して、彼女と取り囲む生徒たちとの間に飛び出し割って入りました。
「な、へ、ヘッド…どうしてここにいるのよ?」
「なっ、いきなり…誰っ?」「えっ、二年の松永先輩、どうしてここに…!」
 その場にいた全員が驚いちゃいましたけど、そんなことは別にいいです。
「あなたたち、こんなところで一人をよってたかって、しかも理不尽な理由でいじめたりして、恥ずかしくないんですかっ!?」
 こんなことをする子がいるなんて、しかもそれを副ヘッドさんへしていたのがさらに許せなく、思わず怒鳴りつけちゃいます。
「ちょっ、ヘッド、私はこんな奴らなんて…」
「ま、松永先輩? その子は外部入学生のくせに、あの九条先輩と仲良くしてるんでよ」「私たちはただ、そんな生意気な生徒を…」
「…黙ってくださいっ! 今後この子にこんなことをするのは、私が許しませんっ! 解ったら、さっさとどこかに行ってくださいっ」
 みんなの言葉をさえぎってさらに言葉を荒げると、副ヘッドさん以外の子たちは雨の中に消えていきました。
「ふぅ、行ってくれましたか…」
 ほっとすると同時に力が抜けて倒れこみそうになりますけど、何とかこらえます。
 あんなに怒ったのははじめてな気もしますけど、とにかくこれで一安心…。
「ちょっと…どうしてここにヘッドがいるのよ?」
 と、振り向いた先に立ってます副ヘッドさんは、ちょっと不機嫌な様子…?
「い、いえ、たまたま昇降口で見かけましたから…でも、副ヘッドさんの様子がおかしかったのは、こんなことがあったからなんですね…」
「ふん、見られちゃったらしょうがないわね…どうやらこの学校の連中は、私が叡那と一緒にいるのが気に入らないみたいね」
 高等部三年の、九条叡那先輩…文武両道、容姿端麗の完璧な人で、学園内での人気はかなりのもの。
 ただでさえ外部入学生はちょっと存在が浮いちゃい気味ですのに、さらにそんな人と仲良くしていたら…あんな反感を持たれちゃうもの、なんでしょうか。
「ヘッドだって、この学校の生徒なんだし…そんなこと知って、私のこと嫌いになったんでしょ?」
 そう言って、ぷいっと背中を向けてしまいます。
「だからヘッドには知られたくなかったんだけど…でも、もういいわ。ここにはもう私の居場所なんてなくなっちゃったし、やめちゃえばいいだけのことだものね」
「…何言ってるんです、誰が副ヘッドさんのことを嫌いになった、なんて言いましたか?」
 今度は私の声が不機嫌になっちゃいましたけど、その言葉に彼女はこちらを振り向きます。
「嫌いになったりしたら、さっきのあの子たちのことなんて止めてません」
「あ、あによ、じゃあヘッドは私のこと、どう思ってるっていうのよ…?」
「どう、って…」
 九条先輩がどうとか、そんなのは関係のないことですし、となると…。
「副ヘッドさんだって、思ってますよ?」
「…は? あによ、それ?」
「私のラジオのパートナー、ってことです。ですからこれからも、いつでもスタジオにきてくれていいんですから…いつでも、待ってますからね?」
「あ、あによ…ヘッドがそこまで言うなら、しょうがないから行ってあげようかしらね?」
「むぅ、しょうがないから、って何ですか」
 お互いに笑いあいますけど、どっちもちょっと涙ぐんでたかもしれません。
 そうです、副ヘッドさんは少なくてもそこにはちゃんと居場所があるんです…ですから、せっかく入ったこの学校、やめるだなんてさみしいことは言わないでもらいたいものです。
「じゃあ、さっそくスタジオに行きましょう」
「…いや、今日はやめとくわ」
「…ふぇ? どうしてですか?」
 まださっきまでのことを気にしてるんでしょうか…全然大丈夫ですのに。
「いや、だって…ヘッド、ずぶ濡れじゃない。はやく帰って着替えたほうがいいと思うんだけど…服がすけちゃってるし」
「…は、はわわっ!」
 そ、そうでした、さっき傘を投げ捨てちゃいましたから…しかも生地の薄い夏服ですし…!
「そっ、そうですね、今日はもう帰ることにしますぅ」
 慌てて傘を拾って…と。
「そうね、あと、えっと…今日は、ありがと。じゃあねっ」
 一方の彼女は、少し恥ずかしげにそう言い残し、走り去っていきました。
 ツンツンしがちなあの子にお礼言われちゃいました…ちょっと、胸が熱くなっちゃったかもです。


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