その日はそんなことが気になっちゃったあまり、とあることに気づかないで終わりました。
「あっ、ヘッドじゃない。昨日のアニメは録画してきた?」
 翌日の放課後、スタジオでいつもどおり冴草さんに出迎えられましたけれど…ちょっと違和感を覚えます。
 でも、彼女はいつもどおりくつろいでるだけですし、何に引っかかったんでしょう…。
「あによ、ヘッドったらぼ〜っと突っ立って。もしかして、録画してきてないの?」
「あっ、いえ、ちゃんと録画はしてきましたよ?」
 慌てて鞄からDVDを出そうとしますけど…そうです。
「あ、あの、ヘッドって…?」
 いつの間にやら、私へ対する呼びかたがあのラジオ番組みたいになってました。
「あによ、ヘッドはヘッドでしょ? 昨日のこと、もう忘れたの?」
「い、いえ、そういうわけじゃないですけど、わざわざ練習じゃないときにそんな呼びかたしなくっても…」
「別にいいじゃない、あの練習はこれからも続けてくわけだし、慣れておくって意味でもね。ヘッドも私のこと、ちゃんと副ヘッドって呼びなさいよ?」
 はぅ、相変わらず強引です…あの声優さんのことがずいぶん気に入ったみたいですし、この番組のこともそれほど好き、ってことなんでしょうか。
 でも…まぁ、別にいいかなって思います。
「ちょっと、ヘッドったら解ったの?」
「は、はいです、副ヘッドさん…!」
 今までの呼ばれかたよりはずっといいですし、それに私も冴草さん…副ヘッドさんとラジオの練習をするの、嫌いってわけじゃないですから。
「よろしい。じゃ、昨日のアニメを観た後は、またラジオの練習をしましょうか」
「…ふぇ? そ、それはちょっと…」
 でも、さすがに毎日の様にされますと私の体力や精神力がもちそうにないですから、そこはちょっと遠慮しておきたいな、って思っちゃうのでした。

 ヘッド、だなんてかなり特殊な呼称ですから、そんなものを使うのはもちろん彼女だけで、また彼女のことを副ヘッドだなんて呼ぶのももちろん私だけだって思いますけど、そんなのも悪くないですよね。
 そんな不思議な呼称で呼び合う様になった私たちですけど、関係としてもなかなか不思議…ただの先輩後輩というには私は全然先輩として扱ってもらえてませんし、友達というには、私は放課後に今こうしているスタジオ以外の場で彼女に会ったことがありません。
「う〜ん、やっぱりヘッドと副ヘッドの関係、なんでしょうか」
 椅子に座って、のんびり紅茶を口にしながらそんなことをつぶやいちゃって、少し苦笑します。
 全く、結構練習をしているうちに、私まで彼女が普通にラジオのパートナーだなんて感じる様になっちゃってます。
「…それにしても、今日はその副ヘッドさん、まだこないですね」
 今、この狭い空間にいるのは私一人…いつもでしたら彼女のほうがはやくきてるんですけど、今日はまだその姿が見えません。
 ちょっと戸惑っちゃいましたけど、よく考えましたらこうして制服も夏服に変わって梅雨時になりましたから季節の変わり目で体調を崩したのかもですし、クラスとかの用事があるのかもですよね。
「ま、きっとそんなところでしょうし、練習をはじめちゃいましょうか」
 席を立って発声練習からはじめますけど、一人きりでするのはずいぶん久し振りで、ちょっとさみしいというか…って、何考えてるんですっ?
「って、はわわわわっ!」
 少しどきっとした瞬間に背後から物音がしてさらにびくっとしちゃいながらも振り向くと、そこには扉を開いて中へ入ってきたあの子の姿がありました。
「は、はぅ、副ヘッドさんでしたか…びっくりさせないでください」
「あによ、私は普通に扉を開けただけでしょ」
 うぅ、そういえば副ヘッドさんはいつも私が扉を開いても普通にしてましたっけ…。
「今日はくるのが遅かったですけど、何かあったんですか?」
「…別に、何でもないわよ」
 そう言って椅子へ座る彼女ですけど、いつにも増して威圧感があります…一目見て解るほどに機嫌が悪そうです。
「え、えっと…」
「…あによ?」
「い、いえ、その、昨日録画したアニメがありますけど、観ますか?」
「…そうね」
 明らかに何かあった様子だったんですけど、さらに鋭い目でにらまれては話をそらすしかありませんでした。

 結局、その日はお互いに口数も少ないまま、気まずい空気で練習をしました。
「…あ、副ヘッドさん、こんにちはです」
「あぁ、ヘッドか…ええ」
 翌日の放課後、梅雨時らしくじめじめした空気の中でスタジオの中へ入りますと、今日は彼女のほうが先にきてましたけど、やっぱりご機嫌斜めな様子でした。
「って、この部屋、エアコンがかかってないじゃないですか。よくこんな中にいられますね」
 この季節、ここまで密閉された部屋でそれはきつくってエアコンのスイッチを入れますけど、そんな私の言葉にも彼女は無反応で、空気がとっても重いです。
「えっと、副ヘッドさん、紅茶でもどうぞ…」
「…ありがと」
 私も向かい側へ座らせてもらって水筒に入れてきた紅茶を差し出しますけど、やっぱり反応は薄いです。
「あの、副ヘッドさん、昨日からどうしたんですか…?」
「…何でもないわよ」
 おそるおそる声をかけてみても、反応は昨日と同じ…鋭い目を向けられちゃいます。
 昨日はそれで尻込みしちゃって…いえ、今日もやっぱり恐くってそうなりそうになっちゃいます、けどっ。
「で、でも、何にもない様には見えませんよ?」
「…だから、何でもないわよ」
「そ、そうでしょうか、でももし何か悩みごととかあったら、私に…」
「…うっさいわねっ、ヘッドには関係ないでしょっ?」
 何とかお話を聞こうと思ったんですけど、彼女はテーブルを強くたたきながら声を荒げて立ち上がっちゃいます。
 それで紅茶がこぼれちゃったりしましたけど、そんなの気にしてられません。
「か、関係ないこと…」
「ないものはないでしょっ? もう…放っといてよっ!」
 私の言葉をさえぎった彼女、そのままスタジオから飛び出していっちゃいました。
「はわっ、ま、待ってくださいっ!」
 私も慌てて後を追ってスタジオを出ましたけど、廊下にはもう誰の姿もなくって、近くの音楽室から吹奏楽部の演奏が耳に届くばかりでした。


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