第三章

 ―桜の花もとっくに散って、新緑のまぶしい季節。
「あら、いちご、ごきげんよう。四日ぶりですわね」「いちごちゃん、おはよ」
「あっ、冬華さんに一菜さん、おはようございます、です」
 五月初旬の連休が終わってはじめの朝、私より後に教室へやってきたお二人と声を交わします。
「いちごは休みの間もやっぱり学生寮にいたのかしら?」
「は、はいです、一応そうなります」
「そっか…それなら、やっぱり私たちと一緒にこればよかったのに」
 連休の間お二人は小旅行に行ってまして、私も誘われたんですけど遠慮しちゃったんです。
「一菜、いいのよ、いちごにはしたいことがあるんでしょうし」
「は、はぅ、ごめんなさいですぅ」
 でも、ただいつもの練習があるだけでしたら、こんなときくらいはお休みしてお二人についていってました。
「この一ヶ月でいちごもいつもの天然さを取り戻したし…きっと、あれなんですわ」「あ、うん、あれなんだね、冬ちゃん」
「…ふぇ? あれ、って何ですか?」
 ものすごく失礼なことを言われちゃいましたけど、それ以上にそっちが引っかかっちゃいました。
「さぁ、自分で考えなさいな」「うん、私たちよりいちごちゃんのほうがよく解ってるはずだし」
 でも、お二人はそんなことを言って微笑みあうばかり…もう、本当に何なんでしょう。
「あ、そうそう、つまらないものですけど、いちごにおみやげを買ってきましたわ」
 そう言って冬華さんが差し出してきたのはきれいに包装された少し大きめの箱…どうやら旅行先の銘菓みたいです。
「あっ、わざわざありがとうございます。でも、一人で食べるにはちょっと多いですし、お昼休みにでも一緒に…」
「あっ、ううん、それは別に用意してあるから大丈夫」「そうですわ、それは放課後にでも誰かさんとご一緒に食べなさいな」
「放課後に、って…ふぇっ? ま、まさか、知ってたんですかっ?」
 全く言ってないはずのことを言われてあたふたしちゃいますけど、一体どこまで知ってるっていうんでしょうか…!
「あ、やっぱりそうだったんだ」「いちごが元気になった理由、誰かが卒業してさみしくなった穴をまた別の人が埋めているのかと思いましたけれど…やっぱりでしたわね」
 わっ、どうやら推測で言われちゃってたみたいです…って!
「な、何言ってるんです、あの子はそういうのとは全然違いますよっ?」
「あら、そんなに照れなくってもよろしいのに」
「むぅ〜、本当に全然違うんですっ」
 私がいくら声を荒げても、お二人はただただ笑うだけで、全然信じてもらえませんでした。
 全く、石川先輩がいなくなった穴をとかとんでもないことを言ってくれて…困ったものです。

 冬華さんと一菜さんはとんでもない勘違いをしてくれてましたけど、言ってること全部が間違い、っていうわけでもありませんでした。
「…あっ、今日はもうきてたんですね」
「あによ、そっちこそいつもいつも、他にすることないの?」
 放課後、いつもどおり一人でスタジオへ入るとそこにはすでに先客がいて、モニタに流した映像を見てくつろいでました。
「むぅ、それはこっちの台詞なんですけど、まぁいいです…えっと、こんにちは、冴草さん」
 その少女はちょうど一ヶ月くらい前にここへやってきた、冴草エリスさん…もっとも、その頃の私にとっては招かれざる客であり、あの数日間だけでこなくなるって思ってた子なんですけど、その後もちゃっかりほぼ毎日ここへきているんです。
 そう、どうやら結局どの部活にも入らなかったみたいで、毎日…休日もきてまして、しょうがないですから先日までのお休み、私もあのお二人のお誘いを遠慮してきてあげていたわけです。
 あっ、そういえば、あのお二人といえば…。
「今日は私のお友達がお土産にって買ってきてくれたお菓子がありますから、一緒に食べましょう」
 冴草さんは別に先輩の代わりでも何でもないんですけど、せっかくもらったものですし、包装を解いていつもどおり水筒に入れて持ってきていた紅茶と一緒にテーブルの上へ置いてあげます。
「あによ、あんた友達いたんだ。毎日こんなとこきてるからいないのかと思ってたわ」
「はわっ、それはいくら何でも失礼すぎです、私にだってお友達の一人や二人くらい…」
 あんまりな言葉に言い返しちゃいますけど、そこまで言ったところではっとします。
 確かに毎日ここにきてましたら他の人との付き合いがない様に感じられちゃってもおかしくないんですけど、それなら同じくここに毎日きてる冴草さんはどうなんでしょう。
 彼女は高等部からここに入った外部入学生、しかも外部入学生は数人しかいませんから同じ中学校出身の子なんていないでしょうから知り合いなんているわけない、って思います。
 ということは、つまり…。
「…あによ? せっかくなんだし、昨日放送されたアニメを観ながら食べましょうよ…DVDに焼いてきてくれたんでしょ?」
「あ…え、えっと、そうですね、そうしましょうか」
 いけません、彼女が何も言ってきてませんのに勝手な推測をしちゃうところでした。
 少なくても私が見る限り彼女にさみしそうなところなんてありませんし、きっと大丈夫です…それに、もしもさっきの推測が当たっちゃったとしても、まぁ私がお友達ってことでいいじゃないですか。
「ちょっと、さっさと用意しなさいよね?」
「は、はいですぅ」
 でも、もう少し私のほうが先輩だっていう気持ちは持ってもらいたいです…呼びかたもいまだに「あんた」扱いですし…。


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