夕方…っていっても七月に入ったばかりでまだ日も落ちてない中、私たちはスタジオ、それに学校を後にしました。
 九条先輩のお宅にうかがうなんてとっても緊張する…っていう気持ちは、歩くにつれ薄まってきました。
「はぅ、まだ着かないんでしょうか…」
「もうちょっとかかるわね…にしても歩くと結構距離あるのね。う〜ん、暑さにまいっちゃうわ」
 はい、暑くて疲れた、っていう気持ちのほうが大きくなってきたんです。
 だって、もう町を抜けて、まわりに田畑以外何もない町外れまできてるんですから…今の言葉からして普段の彼女はタクシーか何かを使ってそうですし、そうすればよかったです。
 そんな私たち、木々に覆われた小高い山まできたんですけど、彼女はその木々の間に隠れる様にあった石段を登っていくんです。
 しかもその石段がまた長くって、息切れまでしてきちゃいます。
「…ほら、着いたわよ?」
「はぁ、ふぅ…ふぇ?」
 ずっと下を向いて登り続けていた足を止め、顔を上げると、確かに私たちは石段の終点にやってきていました。
「はわ…ここは、神社です?」
 目の前にあったのは、森に囲まれた小さな空間…まっすぐに伸びた参道の先に社殿の建つ、厳かで涼しいくらいの空気の流れる場所でした。
 ようやく一息つけましたけど、静寂の支配するその空間に人影が一つ…。
「…あら、エリス。お帰りなさい」
「うん、ただいま、叡那」
 ゆっくりこちらへ歩み寄るその人影に副ヘッドさんがお返事してますけど、私は声が出なくなっちゃってました。
「…と、そちらのかたは?」
「あぁ、この人が私の話してたヘ…松永さんよ?」
「そう…はじめまして、私は九条叡那。エリスが世話になっている様で、感謝するわ」
 そう、その人こそがあの九条先輩だったわけですけど、今の先輩は何と巫女の装束を身にまとっていらしたんです。
 とっても長くてさらりとのびたきれいな黒髪、整いすぎてて鋭さを感じるほどの顔立ち、そして抜群のスタイル…それにさらにそんな服装なんですから圧倒されちゃいますけど、場所が場所ですしコスプレってわけじゃなくって本当に巫女さんの様子です。
「…どうか、して?」
「は、はひっ、え、えと、松永いちごですぅ…!」
 ずっと固まってて怪訝な目を向けられちゃいましたから、何とか声を出します。
「今日はエリスの誕生日を祝いにいらしてくださったのかしら。感謝するわ」
「はわ、い、いえいえですぅ…!」
 とっても澄んだ、でも鋭い声になかなか緊張が解けません。
 でも、九条先輩のこのお姿…あまりに凛々しすぎますし、学校の子たちが見たらまたファンが増えそうです。
 しかも神社で巫女さんをしてるなんて知ったら…って、ここの静けさを見るところ、誰も知らないんでしょうか。
「叡那さま、エリスさんのお祝いの準備が…あっ、エリスさん、お帰りなさいまし。ちょうど、お食事の準備ができたところでございます」
 と、そんなやさしげな雰囲気の女の人の声が届きましたから、そちら…社殿のさらに奥に建っていたお家の玄関へ目をやるとまた一つの人影がこちらへ歩み寄ってきまして、そして私はまた言葉を失っちゃいました。
「ええ、ねころ、お疲れさま」「あっ、ねころさん、ちょっと人が一人増えるんだけど…」
「…えっ? あっ、それはそちらの女の子でございましょうか…はじめまして、雪乃ねころと申します」
 穏やかな微笑みを浮かべて頭を下げるその人ですけど、その姿は…頭に猫耳があるのに加え、さらにメイドさんの服まで着ていたんです。

 九条先輩、そして雪乃先輩はいずれも高等部三年生で、そして学校では知らない人はいないってくらい有名なお二人。
 とっても凛々しい九条先輩に、やさしい雰囲気の、さらになぜか猫耳の雪乃先輩…雪乃先輩が学校へやってきたのは結構最近のことなんですけど、そんな雰囲気の彼女ですから、九条先輩と一緒にいることについてもみんな納得しているみたいです。
 でも、まさか一緒に暮らしていて、それにあのメイド姿もコスプレじゃなくって実際に九条先輩のメイドをしているっていうんですから、やっぱりびっくりです。
「エリス、誕生日おめでとう」「おめでとうございまし、エリスさん」
「うん、ありがと」
 九条先輩のお家に上がらせてもらって、お二人とともに副ヘッドさんのお祝いをしてる…。
 私服姿の九条先輩が完璧な着こなしの和服姿で、雪乃先輩が作ったお料理がものすごくおいしかったりと、色々現実離れしてて夢を見てるみたいです。
「松永さん、これらかもエリスのこと、よろしくね」「それに、今日はご一緒にエリスさんをお祝いしてくださいまして、ありがとうございまし」
「い、いえいえですぅ…!」
 ですから終始緊張しっぱなしでしたけど、そんな私でも一つ気付いたことがあります。
 お二人は主人とメイドという関係じゃなくって、もっと深い…副ヘッドさんが九条先輩に想いを抱いてたとしても諦めるしかないって納得させるほどの関係なんですね、って。

 お食事が終わる頃にはさすがに外は真っ暗になってまして、神社にありました七夕の短冊に願いごとを書かせてもらいましてから、私は帰路につきました。
 ただ、このあたりは周囲に何もないこともあって危ないかも、って気をつかってくれ、住宅地まで副ヘッドさんが送ってくれることになりました。
「もう、ヘッドってば緊張しすぎ…って、まぁ気持ちは解るけどね」
 満天の星空の下、虫の鳴き声以外耳に届かない町外れの道を歩きながら、隣を歩く副ヘッドさんがそう言って笑ってきます。
「でも、叡那もねころさんもいい人なんだし、もっと気楽にしなさいよね」
 確かに、雪乃先輩はもちろん、九条先輩も見た目とかは冷たい雰囲気ながらいい人でした。
「そうですね、副ヘッドさんよりいい人なのは確かそうです」
「あんですって、そんなこと言われなくっても解ってるわよっ」
「はわっ」
 ツンとされましたけど、それから二人で笑いあっちゃいます。
 …うん、何だか副ヘッドさんとは一番気楽に話せる気がします。
「でも、まぁ…今日一日、昼も夜も祝ってくれたりして、悪かったわね?」
「いえいえです、気にしなくってもいいですよぅ?」
 夜のは考えてませんでしたけど、お昼のは私がしたくてしたことですから。
「そっちは気にしなくってもこっちが気にするのよっ。だから、ヘッドの誕生日は覚悟しときなさいよねっ?」
「はわっ、は、はいですぅ」
 う〜ん、どうなっちゃうんでしょう。
 私の誕生日は三月ですからかなり先のことになっちゃうんですけど、楽しみにしておきましょう。


    -fin-

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