「ふぅん、なるほど、テレビねぇ…」
 アニメとかそのものの説明となると案外難しかったながら何とか解ってもらえたみたいですけど、テレビに反応されるって…まさか、これまで知らないなんてことは…。
「て、テレビくらい知ってるわよ? ただ、あっちも今いる家にもそれがないから観る機会がないだけだけど」
 私の心を読んだのか、慌ててそう付け加えられちゃいました。
 う〜ん、あっちっていうのはこの学校へくる前の環境でしょうか…そこでも今でも、テレビに触れられない厳しい家庭環境で育てられてきたんですね。
 それでも周囲の会話とかから知識は入りそうな気もしますけど、まぁないものは想像しづらいかもですよね。
「でも、言葉で聞いてもあんまりイメージがわかないわね…そこの雑誌をちゃんと読めば解るのかしら」
「あ、その雑誌は声優専門誌ですからちょっと解らないかもです。アニメ雑誌とかゲーム雑誌とかもあるにはありますけど、ここには置いてないですね…」
 でもここにはあれがありますけど、これまで完全に隔離されてきた子に見せちゃってもいいんでしょうか…?
「…じゃあ、実物をここで観ることができますから、観てみますか?」
 ちょっと悩みましたけど、ここまで興味を示してくれてるのにこのまま反しちゃうのはもったいない気がしちゃって、そう提案しちゃいました。
「あによ、実物ってどういうこと?」
「はいです、ここにアニメのDVDがありまして、それをここで流すことができるんです」
「…あによ、DVDって」
「まぁ、気にせず見ててください、です」
 今までの流れからある程度予想できた反応でしたから気にせず棚からシリーズもので初巻なDVDを取り出して、それをモニタのそばにあるデッキへセットします。
 いきなりあまりにマニアックなテーマの作品を魅せたら引かれちゃうかもですけど、これはまぁ大丈夫なはず、っていうことでモニタのスイッチを入れて再生です。
「えっ、何か映った…何がはじまるのよ?」
「今からアニメを二話…五十分くらい流しますから、まずはそれを観てみてください、です」
 私も椅子へ腰かけて、のんびりアニメを観る体勢に入りました。

「…とまぁ、今みたいなアニメで登場人物の声を演じてた人が声優さん、ってわけです」
 魔法少女なアニメDVDを二話観まして、それが終わったところでそう言って締めくくりました。
「へぇ…すごいわね。まるで作中の登場人物が普通にしゃべってるみたいにしか感じられなかったけど、あれを演じてる人がいるのね」
 一緒に作品を観た冴草さんは素直に感心してくれまして、声優好きとしては嬉しいです。
「あんなことする人を目指してるだなんて、すごいじゃない」
「はぅ、そんなこと…目指してるっていっても、実際になるのはとっても狭き門なんですよ?」
「ふぅん、そんなものなの?」
「はいです、だから日々この他に誰も使ってないスタジオで声優になるための練習をしてる、ってわけです。解ってもらえましたか?」
「まぁね、解ったわよ」
 ふぅ、ずいぶん時間がかかっちゃいましたけど、ようやく納得してもらえました。
 それに、元の知識が全くなかったためか変な偏見とかもなくって一安心です。
「解ってもらえてよかったです…と、今日はもう時間も遅くなっちゃいましたし、帰りましょうか」
 壁にかかった時計へ目をやると、もう結構いい時間…今日の料理当番はあまねさんですから一安心ですけど、でもあんまり帰りが遅くなるのもよくありません。
「あによ、そんな…って、もうそんな時間なのね。あんまり心配かけてもいけないし、まぁ今日はそうしてあげるわよ」
 今日は、って言葉がちょっと引っかかりましたけど、とにかくお互いに椅子から立ち上がって帰り支度…と。
「あ、そうだ。ねぇ、その前にこの機械の使いかた、教えなさいよね?」
「…ふぇ? DVDデッキのこと、ですか…そんなものの使いかたを知って、どうするつもりですか?」
「まぁ、いいからいいから、さっさと教えなさい」
 はぅ、あんまりいい予感はしないんですけど、操作方法なんて簡単なものですし、それににらまれるとちょっと逆らえませんでしたから、軽く教えてあげました。
 その冴草さんは常識的なところがちょっと抜けてる感じがありますけど、頭が悪いっていうわけじゃなくって、むしろその逆みたいで、操作方法なんて半分も説明しないうちに残りは全部自分で理解しちゃいました。
「外はもうすっかり真っ暗ね…あの中にいると全然解んなかったわ」
 二人でスタジオの外へ出ると彼女の言葉のとおりで、廊下の窓から見える空は星の瞬く夜空に包まれていました。
 その廊下は照明が灯されているものの、スタジオへ入る前は吹奏楽部が練習していた音楽室ももう誰もいなくって、それどころか特別棟全体から人の気配がせず静まり返ってます。
 私が帰る頃の時間帯はいつもだいたいこんな感じですから、特に珍しくもありません。
「へぇ、夜の学校ってこんな感じなのね。ちょっと色々回ってみたいかも…って、べ、別にそんなことしないわよっ?」
 と、こんな光景すら珍しいって感じる人がいましたけど、そんな恥ずかしそうにしなくってもいいのに。
 あ、スタジオの鍵は…まぁ、冴草さんはかけてても普通に開けちゃうみたいですし、もう別にこのままでいいですか。
 そんなどこか不思議な子と校舎を後にして、桜の花も散りかけな、でもその分街灯に照らされた桜吹雪が一段ときれいな並木道を歩いていきます。
 そういえば、こうして夜の並木道を誰かと一緒に下校するのは久し振りですよね…。
「…あ、私は学生寮ですから、こっちになります」
「あ、そうなの? 学生寮ってのも気になるけど、とにかく私はこっちだから」
 相手が寮生じゃないのも同じで、学生寮へと分岐している道で足を止めました。
 …まぁ同じなのはそれだけで、その頃はほわほわした雰囲気の先輩、今日はツンツンした雰囲気の後輩が相手なんですけど。
「その、冴草さん、今日のことなんですけど…」
「誰にも言うな、でしょ? ま、しょうがないから黙っておいてあげるわよ」
「は、はいです、ありがとうございます」
 他の人には言えない秘密を持っちゃった、っていうのも同じですか…いえ、秘密を知られたのはわたしだけですけど。
「じゃあ、これで失礼しますぅ」
「ええ、じゃあね」
 念を押したところで別れの挨拶をして、お互い別々の帰路へつきます…って、何だか私が後輩みたいになってるんですけど、もう。
 はぅ、今日は昨日以上に色々あって疲れちゃいました…けど、そんなに悪い気分ってわけじゃありません。
 あのことについて誰にも言わないって彼女が約束してくれたことに安心してる…それもありますけど、やっぱり私の夢を否定されなかったことと、アニメに興味を持ってもらえたってことが嬉しかったのかもです。


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