そんなわけで、私はいつも放課後とか休日を利用して、あのスタジオで声優になるための練習をしているわけです。
 先日まであった春休みの間も、ほとんどの寮生が実家などへ行ってしまう中、私は残って練習してました…まぁ、これはあんまり実家に帰りたくない、って理由もあったんですけど。
「…ふぅ、今日はこんなところにしておきましょう」
 一緒にここで練習してた石川先輩が夢を叶えたっていうこともあって、練習もしっかり…スタジオを出る頃にはすっかり夜になってました。
 ひと気のない校舎を後にして、夜桜もきれいな並木道も抜けて学生寮へ帰ります。
「あっ、松永さん、今お帰りですか…新学期初日だからっていって、遊び歩いていてはいけませんよ?」
「むぅ、そういうわけじゃないんですけど…一応気をつけます」
 廊下とかですれ違う子とそんな言葉を交わしたりしますけど、昨日から学生寮にも賑やかさが戻ってきてます。
 そして、ところどころの部屋の中からは、ほのかにおいしそうな香りも漏れてきてまして…うぅ、おなかがすいてきちゃいました。
「ただいま…はぅ、いいにおいです」
 自分の部屋へ戻ってきたときにそれが一段と強くなっちゃいましたから、扉を閉じながら思わずそんな声を上げちゃいました。
「あ…松永さん、おかえりなさい。お食事の準備、ちょうど終わったところです」
「わぁ、ありがとうございます。じゃあ、さっそくいただいちゃいましょう」
 部屋ではすでにルームメイトのあまねさんが夜ごはんを作ってくれていて、それがもうテーブルの上に並んでましたから、軽く手だけ洗ってそのまま椅子についちゃいます。
「わ…松永さん、着替えなくっていいの…?」
「そんなのお食事の後でいいです…いただきます」
 練習をした後はやっぱりおなかがすきますし、ちょっとこの誘惑には勝てません…はぅ、おいしいです。  …って、これはあくまで今日はあまねさんが食事当番だからで、私が当番のときにはちゃんとはやめに帰ってきてごはんを作ってますよ?
 ごはんを食べ終えたら、あとはのんびりした時間…お風呂もきちんと一部屋ごとについてますから、今日はまず私が先に入らせてもらっちゃいます。
 お風呂で身体をあっためると眠くなっちゃって、パジャマに着替えるとそのままベッドへ横になりそうになっちゃいますけど、いけません、まだすることがあるんです。
 あまねさんがお風呂に行って一人きりになった中、私は部屋に備え付けられた、でもあまねさんはほとんど観ないのでほとんど私が使っているテレビをつけます。
「さてと、ちゃんと録画は…されてますね」
 テレビと一緒に起動した録画機器は私が持ち込んだもので、これに深夜放送されているアニメの中から内容ですとか出演声優さんが好きだったりするものを録画して、翌日こうして観てるわけです。
 でも四月はクールが変わって新作ばかりですからチェックも大変です…深夜に直接観ればいいのかもですけど、それはさすがにちょっと眠いですよね。
「…あ、松永さん、また何か、観てるの…?」
「はいです…と、お邪魔でしたら消しますから言ってください、です」
「ううん、気にしなくっても…」
 お風呂から上がってきたあまねさんはそう言うと本を片手にベッドへ腰かけ、そのまま読書をはじめました。
 普段そうして本を読んで過ごすことの多い彼女は眠る時間がややはやいですから、あんまり夜遅くまでテレビをつけてると迷惑になっちゃいますよね。
 そういうこともあって、こうして録画で…それに、私が眠る時間のちょうどすぐ前には声優さんのラジオ番組をしていることがありますし、やっぱりそっちのほうが優先ですから。
 いつかは石川先輩のラジオ番組なんて聴けるでしょうか…って、私がそうなれる様にしなきゃ、ですよね。
 それにしても…ちらりとあまねさんのほうを見てみますと、彼女は私の観てるアニメのことなんて全く気にすることなく本を読んでます。
 邪魔になってないならそれでいいんですけど、でも…全然興味ないのかなって思うとちょっと複雑な気分です。

 そうなんです、私のまわりにはアニメとかが好き、っていう子がいません。
 やっぱりここはお嬢さま学校だからでしょうか…他人に趣味の強要はしたくありませんから無理に勧めたりはしませんけど、やっぱりちょっと残念です。
 そういう意味でも、石川先輩との出会いは嬉しいものでしたっけ…やっぱりあのかたもアニメとかが好きなだけじゃなくって、その好みまで結構似たものがありましたし。
 でも、その石川先輩はもうこの学校にはいませんし…。
「…はぅ、さみしいものです」
「あら、わたくしたちと一緒にいるのが、そんなにさみしいものなんですの?」
「…って、ふぇっ? は、はわわ、そ、そんなことないですよぅ?」
 あたふたしてしまう私に呆れた目を向けるのは同じテーブルについている冬華さん…一菜さんもいて少し困惑した様子です。
 新学期も数日が過ぎ、もう普通に午後の授業がはじまってるんですけど、その放課後に私たち三人でお茶をしにきていたんでした。
「ふぅん、やっぱりいちごはわたくしたちよりも強く誰かのことを想っていたわけですわね」「さみしい、なんてつぶやいちゃうってことは…そうですよね」
「はわわ、今のは別にそういう意味じゃなくって…!」
「そうして慌てるところが、図星だというのですわ」
「…はぅ」
 石川先輩に恋してたのかはともかく、会えなくってさみしいって感じてるのは確かですから何も言い返すことができませんでした。
 そう、色々さみしいのは間違いありませんけど、あんまりお二人とかに心配かけてもいけませんし、あれこれ思い悩むのはやめておかないと。
「えっと、元気出してね、いちごちゃん」「そうですわ、いちごは天然気味な元気さが取柄なんですから、そうじゃないとこちらの調子が狂いますわ…だから、しっかりしなさいよね」
「あ、ありがとうございます…って、誰が天然気味なんですっ?」
 もう、全く失礼しちゃいます…けど、励ましてくれる気持ちはありがたいですよね。
「ふふっ…さてと、わたくしたちはそろそろ部活へ行くといたしますわ」「うん、そうだね、冬ちゃん」
 そう言ってお二人は席を立ちますから、私も一緒に立ちました。
 ちなみに、冬華さんはテニス部に所属しているかなりの実力者、一菜さんはその部のマネージャをしてます。
「いちごもなかなか見所のある…いえ、普通に上手いんですからテニス部に入ればよろしいのに」「何にも入っていないのは、ちょっともったいない気がするかも…」
「う〜ん、といってももう二年生ですから今更入るのもあれですし、それに私は私ですることがありますから」
「すること、ねぇ…アニメとかゲームはほどほどにしときなさいよ」「あ、でも、いちごちゃん、夜まで学生寮に帰ってきてないっていうし、違うことしてるのかも…あんまりおかしなことしてちゃ、ダメだよ?」
「は、はぅ、はいですぅ」
 一緒に学食を後にしながらそんなこと言われちゃって、やっぱり声優になるための練習をしてます、とはちょっと言えないかもしれません。
「まぁいいですわ、部員は今日から一年生の部活見学がはじまるし…ま、よく解らないですけれどいちごも頑張りなさいな」「じゃ、またね、いちごちゃん」
 一応昇降口までお二人にお付き合いしてそこでお見送りしましたけど、一年生ですか…後輩になりますけど、中等部の頃ももちろん一学年下にいた皆さんですし、あまり変わりばえしなさそうです。
 ま、別にいいですし、私は私で頑張っていきましょう…ということで、昇降口からもときた道を戻っていったのでした。


    (第1章・完/第2章へ)

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