私が石川先輩に恋してた？
あまりに唐突な、今まで考えもしなかったことに私の頭の中は混乱して、お昼ごはんを食べた後はお二人のお茶会のお誘いを遠慮して一人になりました。
いえ、もし何事もなくっても午後は一人になって同じ場所へ向かう予定でしたからあまり変わらないといえばそうなんですけど、とにかく足を踏み入れたのは学食と教室棟との間に建つ特別棟です。
ここは実験室や調理室など様々な教室の入っている建物で、中でも一番よく使われているのはやっぱり三階の図書室でしょうか。
でも私はその手前、二階へとやってきます…ここは音楽室などのある階ですけど、新学期初日からは吹奏楽部も練習はしていないみたいで、人の気配もなく静かなものです。
そんな音楽室をさらに過ぎた先、廊下の片隅のとっても目立たない場所に窓もない扉がひっそりとあるんですけど、私の目的地はそこ……誰もいないってことは解ってるんですけど、でも去年一年間そこで二人もの人に会っていて油断はできなくって、ゆっくり扉を開けてみました。
その先の空間は真っ暗…うん、大丈夫みたいですし、中へ入って扉を閉じておきます。
「えっと、明かりを…っと」
窓一つなく完全に密閉された闇の世界になっちゃったわけですけど、もう何度もここへきている私は慣れた感じで扉のすぐそばにあったスイッチを押しました。
明かりに照らされ見えるのは、やや狭い閉鎖的な空間…中心に据えられているあまり大きくないテーブルと二つの椅子だけでもこの空間の結構な面積を占めちゃってますから、その狭さはなかなかのものです。
でも、ここを狭くしてる一番の理由は、周囲に色々置かれている機器のため…モニタやら立派な音響機器やら本当に様々なものがあって、ちょっと圧迫感を覚えちゃいます。
テーブルの上にはマイクが二つ立てかけてあったりと一見して放送室にも見えますけど、もちろんこんな人のいない、しかも余計な機材まで多々あるのが放送室なわけはなくって、ここはスタジオ、それも主に録音のほうを行うスタジオなんです。
この学校、特に高等部は色々なものが整備されてるんですけど、まさかこんな場所まであるなんて、私もここをはじめて見つけたときはびっくりしちゃいましたっけ。
そう、ここは普通の生徒は存在を知らない場所…目立たないところにある、しかも窓もなくって教室名とかも表記されていない様な場所ですし当然といえばそうなんですけど、でも私にとっては好都合です。
だって、人のこない、しかも防音もしっかりしてて設備も整った最高の環境で毎日練習ができるんですから、夢を目指すにはかなりプラスです。
そう思ったのは私だけじゃなくって、もう一人…やっぱり偶然ここを見つけ、そして同じ夢を持って同じ目的でここを使ってたんですから、すごい偶然です。
その人とはここを見つけてからもしばらく…去年の夏休みまでは直接顔を合わすことはありませんでしたっけ…ここを利用する時間帯が違いましたから。
まぁ、それでも誰か、私にかなり近しい趣味の人がここを使っていて、もしかしたら目的も全く同じなのかも、とは感じてましたけど。
「まぁ、こんなことになってますし、当たり前なんですけど」
椅子へ腰かけながらテーブルの上へ目をやると、そこにはマイクの他に数冊の雑誌が積まれていました。
さらに、小さな棚の中には十本以上のDVDソフトや何枚かのCDが収められたりもしています…ちなみにDVDは全てアニメ作品のもので、CDのほうはといえば声優さんのラジオCDなどです。
雑誌も主にアニメや声優さん関係のものなんですけど、これらはけっして私が持ち込んだものじゃなくって、私がはじめてここにきたときにはもうすでにこんなことになっていたんです。
つまり、私より前からここを使っていらした人、石川麻美先輩が持ち込んだもの…あのかたがアニメ好きってことが解り、そしてまぁ私も好きなんですけど、でもただ好きだからって理由だけでこんなものをわざわざ学校に持ってきたわけじゃないですよ？
これらは石川先輩、それに私が夢で目指して練習するための参考資料の様なもので、そしてあのかたがご卒業された際に私も夢を叶えられる様にってプレゼントしてくださったものなのですから、別にいいんです。
そう、私が目指し、石川先輩が叶えられた夢というのは、声優さんになる、というもの…。
「先輩が出演されるゲームはいつ発売でしたっけ…はぅ、楽しみです」
あのかたはご卒業前に受けられたゲームの出演声優オーディションに合格されまして、その作品でのデビューが決まってるんです。
「先輩、今頃何をされていらっしゃるんでしょう…？」
…って、私はまたあのかたについて考えてしまってました。
でも、これが恋だなんて…意識したことなんてありませんでしたけど、どうなんでしょう…？
確かに石川先輩は素敵な人で、そして夢を叶えられてとっても憧れちゃいますし、いい感情を持ってるのは間違いありませんけど…う〜ん。
「…いえ、そんなことを考えるより、まず練習あるのみですっ」
石川先輩は夢を目指して一直線のかたで、誰かに恋するとか、そういう別のことは思ってもいなかったみたいに見えました…それくらいじゃないと声優になるなんて難しい夢を叶えられるわけないですし、私も頑張らなきゃ。
「うん、そうですよね…いずれ、石川先輩と同じ舞台に立てる様に、です」
自分の心にそう言い聞かせながら立ち上がり、発声練習の前に深呼吸をして息と気持ちを整えるのでした。
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