第一章

「う〜ん、ちょうど桜の花も満開です」
 ―朝、部屋のカーテンを開けたその先に広がる光景に、私は思わず呟き声をあげちゃいました。
 二階にあるこの部屋の窓の外は澄み渡る青空、その下には一面の桜色な世界が広がるだけ…ちょっと、夢の中みたいな光景ですよね。
 本当に、この時期になるとここからの眺めは素晴らしくって、並のお花見ポイントなんて目じゃありません。
 気温もあたたかそうですし、窓を開けて…。
「あ…松永さん、その、窓は…」
「はわっ、そうでしたね、ごめんなさい、あまねさん」
 と、後ろからかかってきた声にはっとして、開けようとしていた窓から手を離し、声のしたほうへ目をやります。
「う、ううん、こっちこそ、ごめんね…?」
 部屋にはベッドが二つあって、そのうちの片方のベッドの端に座って髪を結っていた子がちょっと弱々しい声を上げます。
「いえいえ、そんな、花粉症はどうしようもないですし、謝らなくってもいいですよ?」
「う、うん…」
 本当にその子が悪いってわけじゃないのに申し訳なさそうな顔をするのは、西あまねさん。
 眼鏡をかけて髪を三つ編みにしたその外見どおり…って人を外見で判断するのはあんまり好きじゃありませんけど、とにかく読書が好きな大人しい女の子です。
「あ…今日は、私が食事当番だっけ…。ちょっと、待ってて…?」
「はいです、時間に余裕はありますし、急がなくってもいいですよ?」
 私の言葉にうなずいてキッチンへ姿を消したあまねさんは私の同級生であり、またこの高等部学生寮でのルームメイトでもあります。
 二人部屋になっている高等部の学生寮は将来のことを考えてか一部屋一部屋にキッチンが備え付けられていて、朝食と夕食は自分たちで作ることになっています。
 ですから、私たちは毎日交代で食事を作っているわけです…高等部になってちょうど今日で一年たちますし、その実力もそこそこのものになってきていると思います。

 私の通うこの学校は、私立明翠女学園。
 かなり古い歴史を持つこの学校はお嬢さま学校として、それになかなかの難関校として有名。
 あ、私は実家がそこそこの資産家っていうこともあって、初等部の頃からずっと一貫してここに通ってます。
 ですから、中等部や高等部からの途中入学よりは全然大変じゃなかったでしょうか…そのあたりは本当にごくわずかな人数しか入ることのできない狭き門ですから。
 そんな学園は全寮制というわけではありませんけれど、半数くらいの生徒が私みたいに学生寮に入って生活をしています…ちなみに、学生寮は初等部に中等部、高等部と分かれてますよ。
 学生寮も学園の敷地内にあるんですけど、その学園の敷地っていうのがとっても広くって、さらにそのほとんどが桜の木で埋め尽くされてるわけです。
 ですからこの季節、学生寮を出て校舎へ向かうまでの並木道は満開の桜が咲き誇っていて見事なもの……そんな並木道を同じく学生寮から登校する他の生徒たちと一緒に歩いていきますと、やがて学園の中心に建つ大きくて立派な講堂が見えてきますけど、その周囲がちょっと賑やかです。
「新入生の子たち、だね…」
 一緒に登校するあまねさんがつぶやきましたけど、今日は私たちにとっては始業式ながら新一年生にとっては入学式なんでしたっけ。
 賑々しい声をあげるのは主に初等部の新一年生たち…まだまだ小さいですし、それにこの場所も新鮮に感じられると思いますし、しょうがないですよね。
 一方、中等部や高等部の新一年生たちは落ち着いたものです…外部からの入学生なんて数えるほどでほとんどは下から上がってきただけですから、これもしょうがないですよね。
 そんな新入生たちの集う講堂ではこれから初等部から高等部まで合同の入学式が行われまして、その後その他の学年の始業式が行われます…ほぼ全校生徒が入れるなんて広い講堂ですけど、生徒の数自体がそれほど多くありませんから大丈夫みたいです。
「さてと、私たちはまず校舎に行かなくっちゃいけませんね」
 始業式は後ですから、まずは普通に教室へ行かないと、です。
 学園の敷地の中央に位置する講堂からは大きく東西南北へ四つの並木道が伸びていて、そのうち南へのびるものは正門や学生寮、東西へはそれぞれ初等部と中等部に通じてますから、私が向かうのは当然北へのびる道です。
 そこをまっすぐ歩いていきますとやがて歴史を感じさせる木造校舎、高等部の教室棟が見えてくるんですけど、昇降口のあたりに人だかりができてます?
 この学校の子たちは良くも悪くもお嬢さまな子が多いですからああいう人だかりを作ることはあんまりないんですけど、何でしょう。
 気になって歩み寄ってみますと、何かが貼り出されてるのが見えて…あ、そういうことですね。
「今年のクラスの割り振りでしたか…これは、見ていかなきゃ困りますね」
 ということで二年生のクラスから自分の名前を探しますけど、一学年につき二クラスしかない学校ですからすぐ見つかりました。
「え、えと、松永さん、一緒のクラスだね…?」
「ふぇ、あまねさんも二組でしたか…はいです、今年もよろしくお願いします」
「う、うん…」
 一緒に貼り紙を見たあまねさんがほっとしてますけど、彼女とも同じクラスになることが多いです…って、二クラスしかありませんから当たり前なんですけど。
 あまねさんは大人しくって引っ込み思案な性格ですからちょっとお友達が少ないみたいですから、ルームメイトの私と同じクラスだと安心できるみたいです。
 初等部からずっとここに通っているのに、そんな…って言いたいところですけど、そういえば石川先輩も似た様な性格でお友達もほとんどいらっしゃらなかったといいましたっけ。
 そんな石川先輩、今頃はどうしてるんでしょう…。
「…松永さん、どうしたの? はやく、教室に行かなきゃ…」
「あっ、そ、そうですね、行きましょう」


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