序章

 ―春は別れの季節。
初等部からずっと同じ学校に通い続けて、さらにずっと寮生活を送っていても、やっぱり何かしらの別れはあるものです。
 でも、今まで経験してきた中でも、今年のお別れは一番さみしいかもしれません…だって、その人は私にとってよき理解者であり、同じ夢を目指す仲間であり、そして今では憧れの人なんですから。
 今日は、そんなあのかたの高等部卒業式…いくらここまでずっと同じ学校だったとしても、さすがにここから先はみんな色々と異なる道を歩んでいきます。
 ましては、あのかたは私と共通の夢を一歩先に叶えてのご卒業なんですから、本当にすごいですよね。
「もう、一緒に練習することもないんですよね…」
 その卒業式も終わった放課後、私は一人小さな部屋にある椅子に座ってそう呟きます。
 高等部の特別棟校舎の片隅にある、ほとんど誰も存在を知らない小さな部屋…ここは私とそのかたとの、想い出の場所でもあるんです。
 目を閉じれば浮かぶ、今までの練習の日々…っていっても、私は主に放課後だったのに対してあのかたはお昼休みを使って練習してましたから、一緒に練習をする機会は案外なくって休日などくらいでしたけれども。
「…はぅ、さすがにきませんよね」
 一緒に過ごした時間もそう多くないんですから、わざわざ卒業式の後にこちらにいらっしゃることなんてありませんよね。
 やっぱり校門とかへお見送りへ行ったほうがよかったでしょうか…って、私がここへきたのは別にそういう意味じゃなくって、ただ普段どおり練習をしにきただけなんですから。
 そうそう、ですからはやく練習しましょう。
「あっ、こんにちは、松永さん。きて、くれていたんですね」
「はっ、はわわっ」
 立ち上がったと同時に部屋の扉が開いて声がかかってきたものですからびくっとしちゃいましたけど、この声、それに扉から中へ入ってきたのは…!
「って、い、石川先輩、ご卒業おめでとうございますっ」
「うん、ありがとう」
 あたふたしちゃいながらも何とか声をかける私に対して穏やかに微笑む、私と同じ制服に身を包んだその女の人こそ、私とともにここで練習をしてきた人…私より二学年上で今日をもってこの学校を卒業される石川麻美先輩です。
 石川先輩はなぜか影が薄く存在感のない人だったりするんですけど、そうはいっても長くてきれいな髪に清楚で穏やかな顔立ち、それにスタイルもよくって普通にかなりの美人さんです。
「松永さんは、今日も練習ですか? 毎日お疲れさま」
 そうおっしゃりながらゆっくり椅子へ腰かける先輩ですけど、声もやっぱりきれいで…だからこそ夢を叶えられたわけですけど。
 あ、ちなみに私、松永いちごは髪の長さこそ先輩と較べてやや短い程度ですけど背も少し低くって、美人だと言われることはないながらかわいいって言われることは…まぁつまり、ちょっと子供っぽいっていうことになるかもしれませんけど、気にしないでおきましょう。
「そんな、石川先輩だって毎日…」
 私も腰かけつつ声をかけますけど…そうでした。
「先輩がここで練習することも、もうないんですよね…」
「そう、だね…新しい生活にはやく慣れたいから、明日にはもう向かっちゃいますから…」
 あぁ、もうやっぱり先輩はご卒業されてしまわれるんですね…ちょっとさみしくなっちゃいますけど、落ち込んでちゃいけません。
「絶対、私もなってみせますから、待っててくださいねっ」
「うん、待っていますね」
 そうです、私も夢を叶えて先輩と同じ舞台に立てる様にしないと、です。
 かつてここで一緒に練習をした私たちが、いつの日にかまた一緒にお仕事をするときがくる…その日がくる様に頑張らなくっちゃ。
「じゃあ先輩、頑張ってくださいね…ゲームが出たら、買いますから」
「うん、ありがとう。松永さんも、頑張ってね」
 ですから、お互いに笑顔で握手を交わし、そして去りゆく先輩を見送ったのでした。

 ―春は別れとともに、出会いの季節ともいいましたっけ。
 でも、そっちは特に訪れたりはしないかなって、そう思ってました…あ、いえ、そんなこと思いつきもしませんでした。


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