第7.2章

 ―燈星学園との合同で行った学園祭も無事に終わり。
 あちらの生徒会の皆さんとの合同ライブで私のこれから進みたい道が見えたけれど、それで私の日常に急激な変化が訪れるわけでもない。
「…さて、では行きましょうか」
 学園祭の翌々日…昨日は休日だったわけだけれども今日からまた普通に授業があるので、朝の準備を終えた私は自室を後にした。
 学生寮を出、まだ人の姿のない並木道を歩いて講堂のあたりへ向かうけれども…一昨日は、あの場所でたくさんの人を前にして歌ったのよね…。
 何だか今思うと夢の様な出来事だけれど、悪い気分ではない…と、別に先日のことを思い返すためにここへきたのではないわ。
 生徒会役員としての日課として、並木道の脇に立って登校する生徒を見守る…毎日行うわけではないけれども、今日は休み明けだものね。
 少しはやめにやってきたのではじめは人の姿もなかったのだけれども、時間がたつと少しずつ登校する生徒たちの姿が現れる。
「…あっ、おはようございます、会長」「ごきげんよう」
「ええ、おはよう」
 その生徒たちが私へ挨拶をしてくるけれど、彼女たちがそうする様になったのはつい最近のこと。
 以前は皆、私のことは避け気味だったのだけれど、こうなったのはやっぱり…。
「会長さん、おはようございます。先日の歌、とっても素敵でした」
「ええ、おはよう…って、そ、そう? あ、ありがとう…」
 と、今日はさらにその様なことを言ってくる子も少なからずいて、さすがに戸惑ってしまった。
 先日のライブの後、あの子たちにもそういったことを言ってもらえて、だから私はあの様な決意をしたわけなのだけれども…こうも道行く人にその様なことを言われると、さすがに恥ずかしい。
 これも今までの日常に訪れた小さな変化の一つなのかもしれないけれども、私にとって一番の変化はやっぱり…あのこと。
 そう、先日までならば、こうしてここに立っていると…いえ、こんなことを考えていても仕方がない。
「…あっ、彩菜〜っ」
 と、ため息をつきそうになりながらも、だいぶ人通りも減ってきたので私もここを去ろうとしたとき、正門側から私の名を呼びながら駆け寄ってくる子の姿が見えた。
「彩菜ぁ…っと、ととっ。もう、よけなくってもいいし、それにそもそも起こしてくれてもいいじゃない」
「全く…知らないわ、そんなこと」
 今度はしっかりため息をついてしまったけれど、抱きつこうと駆け寄ってきたのを避けられて少し不満げなのは学生寮で私と同室な南雲さん。
「もう、そんなとこは相変わらずなんだから。せっかく、あのライブでみんなの彩菜を見る目がさらに変わったっていうのに…あっ、でも無闇に抱きついたら美月さんに悪いからやめとこうかな」
「…ええ、そうしてもらえるとありがたいわ」
 美月さん…その名を耳にして、何とも言えない気持ちになってしまった。
 私が変わったというのならば、その一番の原因はその子にあるわけなのだけれども…。
「…彩菜、もしかしてさみしくなっちゃった?」
「な…そ、そんなわけないでしょう? ほら、そろそろ行かないと遅刻になるし、はやく行くわよ?」
 南雲さんの言葉を否定して校舎へ向かうけれど…正直に言えば、彼女の言うとおり。

 ―あの日、私のクラスへやってきた編入生、白波美月さん。
 彼女は、私の初恋の相手…天羽美月さんであって、私だけでなく、彼女もまた私のことを想ってくれていたというの。
 そして、私と美月さんの想いは通じ合って…だから、本来ならば彼女のことでさみしい気持ちになることなんてないはずだったのだけれども、今の私はその彼女のことでその様な気持ちになってしまっていた。
 教室へ入り、自分の席へつく…そしてふと隣を見ても、そこにはもう、つい先日までの彼女の姿はない。
 そう、先日の学園祭の日を最後に、美月さんは燈星学園へ帰ってしまったの…。
 彼女は元々そちらの学校の生徒、しかも生徒会役員であり、こちらへきていたのは特例…しかも私のためだったのだから仕方ないといえばそうなるのだけれども、やはりさみしく感じてしまう。
 …全く、つい最近までずっとさみしいなんて感情は忘れていたはずなのに、不思議なものね。

「会長サン、元気がないデスケド、大丈夫デース?」
 結局何ともいえない気持ちのまま放課後を迎えてしまい、生徒会室でラティーナさんにそんな声をかけられてしまった。
「私は別に何ともないわ」
 見ただけでその様に感じられてしまうなんて、ひどいものね…しっかりしなくては。
「もう、本当はさみしいくせに…って、な、何でもないよ?」
 さらに南雲さんがにやつきながら何かを言おうとしたものの、私がにらみつけると言葉を詰まらせた。
「では、今日の会合をはじめるわ」
 またおかしなことを言われる前に、さっさと席についてそう声をかける。
 でも…そうか、もうこの場にもあの子の姿はないのね…。
 先日まで、私の力になりたいということで、生徒会の仕事を手伝ってくれた美月さん…。
「…会長サン、ドウシタンデース?」「はは〜ん、また美月さんのこと思い出して切なくなってたんでしょ?」
 …くっ、いけない、また私は…。
「そ、その様なこと、ないわ。ただ、もう美月さんがいない分、これからはこの人数で頑張っていかなくてはいけないわね、と思っただけのこと」
 副会長が一人欠員なので改めて募集をしてもよいのだけれど、果たして集るかしら…。
「だから、貴女たちにもしっかりしてもらわなければ…あら?」
 皆を見回してみたところで、あることに気がついた。
「そういえば、藤枝さんの姿が見えないけれど…」
 いつも賑々しく小さな女の子の姿がないことにようやく気づく。
「あっ、美紗さんデシタラ、大好きな人に会いにいくッテ、会長さんがくる少し前に出ていっちゃいマシタ〜」
「…な?」
 藤枝さんは、美月さんの通う学校の生徒会長さんとお付き合いをしていて、最近ときどきこういうことがあるのだけれども…全く。
「あっ、彩菜もあっちの学校に行きたい、って思ったでしょ。それなら遠慮しなくっても…」
「誰もそんなこと思っていないわ」
 この子は、あまり人を疲れさせることばかり言わないでもらいたいわ…。

 その日の会合は学園祭の反省などを少しして終わり、私は書類整理のために一人生徒会室に残った…のだけれども。
「…はぁ」
 一人になって気が緩んでしまったのか、自然とため息が出てしまった。
「私だって…それは、美月さんに会いにいきたいに決まっているじゃない」
 窓の外…日も傾いてきた外を見つめつつ、そう呟いてしまう。
 少し、藤枝さんの行動力が羨ましいわ…この学校は携帯電話の所有が禁止されているからメールというものもできないし電話も気軽にできないから、さみしさを埋めるには会うしかないというのに。
 学園祭が終わったら、美月さんは燈星学園へ帰る…それはもうかなり前から解っていたことで、覚悟もできていたはずなのに…。
「美月さん、会いたいわ…」
 いざ実際にこうなると、そんなことをつぶやいてしまって…ダメね、私って。
 でも、こんなことを思っていても仕方ないし、私もそろそろ帰ろうかしら…。
「…うん、うちもあやちゃんに会いたいよ」
 と、耳に届いたのは美月さんの声…。
 あぁ、まさか幻聴まで聴こえてしまうなんて…しっかりしないと。
「だから…会いにきたよ」
 まだ聴こえる…って、これは本当のあの子の、声?
 はっとして席を立ちつつ声のしたほうへ目を向けると、扉のそばには燈星学園の制服を着た、とっても見覚えのある人影…。
「えっ…美月、さん…? どう、して…」
「うん、だから、あやちゃんに会いたくって…迷惑、やった…?」
 少し不安げに私を見つめるのは、間違いなくずっと想っていた…。
「そんな…迷惑なはずないわ。私だって、貴女に会いたいと思っていたのだから…!」
「うん…あやちゃんっ」
 幻でないと解って一気に高鳴る気持ちを何とか抑えながら返事をする私に、彼女は素敵な笑顔になってこちらへ駆け寄り…そのまま抱きついてきたの。
 私ももちろん抱きとめて…二人きりの空間で、あつい口づけを交わした。

 ―突然、生徒会室に現れた美月さん。
 どうやら好きな人に会いに燈星学園へやってきた藤枝さんを見て、気持ちを抑えられなくなってこうしてきてしまったという。
「これからも別々の学校やのに、いきなりこんなことして…やっぱり、我慢が足りへんかな…?」
 夕日の差す二人きりの生徒会室…壁にもたれかかり、そして寄り添って座る美月さんが少し恥ずかしげにそんなことを言う。
「そうね…毎日こんなことをするのは、少し大変かしら」
「うぅ、や、やっぱそうかな…?」
「…なんて、私だって、ずっと貴女といたいのだから、その、我慢なんて…」
 こうしてきてくれたことも、とっても嬉しかったのだから…。
「…もう、あやちゃんはかわいいなぁ」
 真っ赤になってしまった私を、彼女がやさしくなでてくる…恥ずかしいけれど、悪い気分じゃない。
「こうやって毎日会うんは難しいかもしれへんけど…でも、会いたいのが我慢できへんくなったら、またこうやってきても、ええ…?」
「え、ええ、もちろん…その、私から会いに行くことも、あるかもしれないわ…」
「うん、ありがと。それに、休みの日はいっぱい、デートとかしよ…?」
「え、ええ…嬉しい…」
 気がついたら、私から彼女を抱きしめてしまっていた。
 いつでも会えるというわけではないけれども…でも、気持ちはもう離れることはない。
 だから、こうして一緒にいるときには、自分の想いに素直になっても…美月さんの前でなら、いいわよね…?
 だって、私はこんなに美月さんのことが…好きなのだから。
「美月さん…私の歌、聴いてくれる…?」
「あやちゃん…うん、もちろん。ありがとうな…?」
 二人きりの空間で、私は歌を歌う…彼女への想いを、これからの幸せへの祈りを乗せて。


    -fin-

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