色々心を乱されてしまったけれど、紅茶を口にし何とか落ち着き、会合をはじめた。
「さて、今日の会合は…」
「彩菜のライブをどうするか、だね」
 …うっ、その話、まだ生きていたの?
「その様なものは却下よ。別の企画を考えましょう」
「う〜ん、彩菜が歌えないのならいいよ。下手な人の歌を聴いても、別に楽しくないし」
 あら、南雲さんにしては聞き分けがよい…たすかるわ。
「で、実際にはどうなの? 彩菜って歌えるのかな…あんまりイメージわかないんだけど」
「私の歌なんて、人に聴かせられるものでは…」
「はい、彩菜さんの歌声は聴く人全てを魅了してしまうほど素敵なものですわ」
 私の返事を遮るかの様にそんなことを言ってしまう美月さん。
「ワーォ、ソンナニなのデースカ」「それはぜひ聴いてみたいよ〜」「そこまで言うなんて…じゃあ、もう決まりだね」 「な…ま、待ちなさいっ!」
 思わず声を荒げてしまった…って、またこの展開なの?
「彩菜さん、そんなに心配することはありませんわ」
 そして、やはりというか…また彼女に説得されてしまう。
「い、いや、けれど、私は今まで美月さんや妹のためだけに歌うことはあっても、そんな、大人数の前でだなんて、経験もないし…」
 演劇ならばまだ美月さんや他の人もいるけれど、私一人のライブだなんて…しかも、学園祭のメインイベントでしょう?
 南雲さんの言う通り、私が歌うなんてイメージは皆持っていないでしょうし、だからこそより注目を集めてしまいそうだし…。
「や、やはり、無理よ…」
「大丈夫ですわ…私も、一緒に出ますから」
「…えっ?」
 私の手をそっと握りながら、意外な一言が発せられた。
「私が、彩菜さんの歌の伴奏をいたしますわ。これなら、どうですか?」
「えっ、美月さん、貴女…その様なこと、できたの?」
 じっとこちらを見つめる彼女、微笑みながらうなずくけれど、美月さんの演奏にあわせて歌う、か…。
 かつて、妹のピアノに合わせて歌ったときのことが脳裏をよぎる…妹の演奏が見事だったということもあるけれど、素敵な一体感を味わえた。
 美月さんとも、あの様な感覚を共有できるのかしら…。
「彩菜さん…いい、ですか?」
「…ええ、解ったわ」
 見つめあう私たち…自然とうなずいてしまっていた。
「うんうん、じゃあ決まりだけど…見せ付けてくれるね、二人とも」「本当にラブラブデース」「きゃ〜、きゃ〜っ」
「あ、貴女たち、人をからかわないでいただけるかしら…!」
 二人の世界に入ってしまっていた私を、冷やかしの言葉が呼び戻してきた…ま、全く、恥ずかしい。
「…そのライブ、私たちにもお手伝いさせていただけませんか?」
 と、賑々しい中、ここにいる誰のものでもない声が聞こえてきたので、皆しゃべるのをやめてきょろきょろしてしまう。
「美月さん、今の声…」「あっ、いらしたみたいですわね…」
 それが聞き覚えのある声だったので、私たちは顔を見合わせてから扉へ目を向けた。

「は、はわわ、会長さん、それに副会長さんも…!」
 会合が終わった後、私と美月さんは二人であの場所…小さなスタジオへ向かったの。
 扉を開けると、もう外は薄暗い時間になっているというのに、人の姿…突然現れた私たちに驚いていた。
「こんにちは、松永さん」「今日も発声練習でしょうか…えらいですわ」
「は、はぅ、そ、そんなこと…そ、それより、先輩たちはこんなところにいらして、どうしたんですか?」
 顔を赤くしているかわいらしい雰囲気の少女は、松永いちごさん…そう、あんなことになった原因を作った生徒。
「はっ、も、もしかして、先日の歌姫コンテストのことについてですか?」
「ええ、そうなるかしら…ね、美月さん?」「はい」
「は、はわわわわっ、せ、先輩の了解を得ずに推薦書を出したのは確かにやりすぎでした…で、ですから、ごめんなさいですぅ!」
 私たちが叱りにきたものと思ったらしく、あたふたと頭を下げられてしまった。
「うふふっ、大丈夫ですわ…彩菜さん、皆さんの前で歌を歌うことになりましたから」
「…ふぇっ? そ、それ、本当ですか?」
「はい、本当ですわ。ね、彩菜さん?」「え、ええ、そうね」
「…わぁ、それはすごいですっ。先輩の歌声、今からとっても楽しみですっ」
 私たちの言葉を聞いて、松永さんは表情をきらきらさせているけれど、そんなに楽しみにされても困る。
 とにかく、私たちがここへやってきたのはもちろん彼女をどうこうするためではなく、その日のために歌の練習をしようと思ったから。
 ほら、私は美月さんと離れ離れになっていた数年間、まともに歌ったことがなかったから…昨日森で歌った際に美月さんは上手と言ってくれたし、また目の前の少女も先日の私の歌を褒めてくれたけれど、そんな状態なのだからしっかり練習しなくては聴く人に対し失礼でしょう。
「わぁ、それでしたら、私も練習する先輩の歌声、聴いててもいいですか?」
「いえ、それは…」「うふふっ、それは本番までのお楽しみ、ということにしておいていただけないでしょうか」
「はぅ、ちょっと残念ですけど…解りました。じゃあ、今日はこの場を先輩にお貸しします」
「ええ、悪いわね」
 松永さんが聞き分けのよい人でよかったわ。
「あっ、松永さん、ちょっと待ってください」
「…ふぇ?」
 と、スタジオを後にしようとした松永さんを美月さんが呼び止めた…何かしら?

「…よかったのかしら。ほとんど関わりのなかった松永さんに、あの様なことをお願いして」
「快く引き受けてくださいましたし、よかったんじゃないでしょうか…それに、松永さんの目指すもののことを考えると、こういう経験も役に立つかと思いますわ」
 松永さんが去って二人きりとなったスタジオにてそんな会話を交わす私たち。
 そう、美月さんは彼女へあるお願いをしたのだけれども、そんなことまで考えてのことだったのね…確かに、普通の生徒にはそう簡単にお願いできないことだけれども、彼女なら…。
「それに、人数は一人でも多いほうが、彩菜さんも心強いのではありませんか?」
「そう、ね…けれど、私は美月さんがいてくれれば、それが一番心強いわ」
「まぁ、そんな…ありがとうございます」
 お互いに微笑み合う…のだけれども、ふと美月さんの表情がこわばった。
「…美月さん?」
「ごめんな、あやちゃん。何か、うちが押し切る感じでライブすることになってもうて…大丈夫やった?」
 眼鏡を外し、じっと見つめられる。
 そう、ね…不安な気持ちはまだあるけれど、それでも首を横へ振った。
「ええ、大丈夫よ」
「…ほんまに?」
「ええ。美月さんと一緒のステージに立つことは演劇でもできるけれど、美月さんの奏でる音色に乗せて歌えるなんて、さらに素敵なこと…今からとても楽しみよ」
「そっか…うん、ありがとな? けど、うちの奏でる音色なんて、あやちゃんの妹さんのものなんかとは比較にならへんから、あんま期待しいひんといてな」
「ふふっ、私は美月さんと一緒に何かできる、というだけで嬉しいのよ」
「うん、うちもや…」
 また微笑み合う二人…そのまま、どちらからともなくそっと抱き合う。
「あやちゃん…一緒に、頑張ろな」
「ええ、美月さん…一緒に、ね」
 美月さんのぬくもりを感じる…大丈夫、大好きなこの子の笑顔があれば、私は頑張れる。


    (第6章・完/終章へ)

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