「あ、そういえば彩菜、それに白波さんも、永野さんが二人に用事があるから会合の前に寄ってね、私は先に行ってるから、じゃあね」
 放課後、南雲さんがそんなことを言って教室を出て行った。
 全く、すっかり馴れ馴れしくなってしまったわ…と、それよりも、永野さんとは誰だったかしら。
「永野さん、私と彩菜さんにご用とのことですけれど、どうかなさいましたか?」
 私が考えるよりもはやく美月さんが声をかけたのは、おとなしそうな雰囲気なクラス委員の子…そういえば彼女の苗字はそうだったかしらと思い出しつつ、美月さんについて彼女へ歩み寄った。
「は、はい、その、演劇の台本ができましたから、主役のお二人にお渡ししなくっちゃ、って…これです」
 それぞれ一冊ずつ薄めの冊子を手渡された。
「それで、練習のほうは、どうしますか? お二人とも、生徒会のお仕事でお忙しいと思いますし…」
 忙しいから降板…いえ、そんなことはもう言わないわよ、もう。
「あっ、でしたら、私と彩菜さんだけ個別で、でいいですか? 大丈夫ですわ、しっかり練習いたしますから」
 と、美月さんがそんな提案をし、私も彼女の言うことなので別に構わなかったのでそういうこととなったわ。
「衣装を作ったりする人も決まって準備がはじまったみたいですし、私たちも頑張りましょう、彩菜さん」
「ええ、そうね…しかし、どうしてあんな提案をしたのかしら?」
 台本を受け取って教室を後にした私たちだけれども、少し気になったことをたずねてみた。
「はい、本番まで彩菜さんの名演技を隠して、皆さんに驚いていただきたくって。あと、それまでは私一人だけで彩菜さんを独り占めしたかったからですわ」
「な、み、美月さん…!」
 もう、私は今まで一度も演劇などしたことないというのに、そんなプレッシャーを…というより、私を独り占めしたい、って…!
「うふふっ、彩菜さん、お顔が赤いですけれど、どうかなさいましたか?」
「な、何でもないわ…それよりも、もう他のみんなも待っているでしょうから、はやく生徒会室へ行きましょう」
 しかし、何か嫌な予感がするわ…。

「遅れてしまい、悪かったわね」「失礼いたしますわ」
 二人揃って生徒会室の中へ入る…と。
「あっ、キマシタヨ〜!」「わぁいっ、お二人とも、おめでとうだよ〜。きゃ〜、きゃ〜っ」
 まさに黄色い歓声とはこういうもののことを言うのかしら…賑やかな声が私たちへ向けられた。
「ふっふっふ、パーティの準備も万端だよ」
 すでに席についていた南雲さんの言葉通り、長机の上には人数分の紅茶だけではなく、お菓子まで並べられていた。
「うふふっ、おいしそうですわ」
 もう、美月さんは何をのんきなことを言っているのかしら。
「な、何を言っているの、貴方たちは。今日は通常の会合が予定されているだけのはずだけれど、何のパーティだというのかしら?」
「そんなの決まってるよ〜、会長さんと白波さんの、百合ップル成立記念パーティだよ〜」「そうそう、ついに彩菜にデレ期がきたんだし、ねっ」「コレはお祝いシナイトデース」
 な、何を言っているのかしら、この子たちは…百合ップルとか、デレ期とか、どういう意味?
 …い、いえ、考えれば解りそうな気がしてしまうけれど、解りたくないわ。
「わぁ、私たちにのために、そんな…わざわざありがとうございます」
「イエイエデース」
 み、美月さんもそんな素直に喜んで…恥ずかしかったりしないのかしら、もう。
「ほらほら、彩菜も白波さんも、立ってないで座って座って」
「…そ、そうね、とりあえず、席につきましょう」
 もう疲れてしまったもの…と、席までしっかり私のすぐ隣に美月さんが座る様にされていた。
「それにしても、会長さんと白波さんが一緒になるなんて…うんうん、思ったとおりだよ〜」
 一番賑々しいのは藤枝さん…ま、彼女はこの手の話が好きみたいだから…。
 けれど、騒いでいるだけならばよいのよ…そう、お願いだから、それだけで終わってくれないかしら。
「今度の新作は、会長さんと白波さんのお話を書かなきゃだよ〜。うんうん、頑張るよ〜」
「ワーォ、みーさちゃんの新作デースカ」「わぁ、それは楽しみだよ…完成したら、私にも読ませてね」
「…ま、待ちなさいっ」
 皆が盛り上がる中、思わず声を荒げて立ち上がってしまった。
「あ、貴女、私の物語を書くだなんて…そんなこと、私が許さないわっ」
 あぁ、もう、嫌な予感が見事に的中してしまったではないの…!
「えぇ〜、どうして〜?」「ソレは残念デース」「本当、みーさちゃんのお話はとっても素敵だし、それにこれはハッピーエンドになるのに、どうしてダメなの?」
「あ、貴女たちが何と言おうと、ダメなものはダメよ…美月さんも、そうでしょう?」
「…へ? うちは…こほん、私は、ぜひ書いてもらいたいと思いますわ」
「な…」
 のんびりお茶を飲みながらの彼女の言葉にこちらは声を失ってしまった。
「彩菜さんは、どうしてそんな嫌がるのですか? 藤枝さんが、せっかく私たちのために素敵な物語を書いてくださる、と言ってくださっておりますのに」
「うっ…」
 そ、そうよね、彼女の性格ならば、そう思うか…皆の視線が痛いわ。
「彩菜さん…?」
「そ、その様なこと…は、恥ずかしいからに、決まっているでしょう?」
 わずか一日もたたないうちに皆の注目を浴びたうえ、物語まで人に読まれることになったら…しかも、自分と好きな人とのことがそのまま書かれたものなのよ?
「あれっ、彩菜ってば意外と恥ずかしがりやなんだ…生徒会長なのに」「確かに意外デース」
 い、いや、生徒会長として人前に出るのとこれとでは、全く別問題でしょう…!
「もう、あやちゃ…彩菜さんったら、かわいいですわ…」
「えっ、美月さ…って、な、な…!」
 すっと席を立った美月さん、そのまま…私を抱きしめてきた?
「わぁ、わぁ〜…きゃ〜、きゃ〜っ」「ワーォ、ラブラブデース」
 また黄色い歓声が上がる…って!
「なっ、み、みみ美月さん、何を…!」
「…大丈夫やで、あやちゃん」
 慌てる私の耳元で、彼女がそっとささやく。
「何にも恥ずかしがることなんてあらへんよ…むしろ、うちとあやちゃんが想い合ってることをかたちにしてもらえるんやから、素敵なことやと思わへんかな?」
「そ、それは…」
 美月さんが望むなら、私は別に…それに、私の想いは確かなものだし、恥じることもないのだから、堂々としていればよいのかもしれないわね。
「うふふっ、彩菜さんも、みーさちゃんの物語を楽しみにしていらっしゃるそうですわ」
 私の心を読んだかの様に、美月さんはゆっくり離れながらそう言った。
 い、いや、まだ楽しみよりも不安のほうが大きいけれど、ね。
「わぁいっ、頑張るよ〜。あっ、いっそのこと、学園祭での会長さんのクラスの出し物、そのままお二人のお話にしたらいいかもだよ〜」
「なっ…そ、それはいくら何でもやりすぎでしょうっ?」


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