いつもと同じ学園での一日。
けれど、私の心の中はこれまでとは違って…心に余裕ができた気がする。
それはやはり、これまで一緒になることなどできるはずがないと考えていた大切な人と、一緒になれたからかしら。
今までにない、あたたかな気持ち…私のその変化は、周囲から見ても解ったらしい。
「あら、草鹿さん…今日は素敵な笑顔です。草鹿さんの笑顔、はじめて見た気がいたしますけれど、これからも毎日見せてくださいね」
だからといって、朝のホームルームで、皆の前でそんなことを言う必要はないでしょう、アヤフィール先生…ものすごく恥ずかしいのだけど。
「彩菜さんでしたら大丈夫ですわ…ねっ?」
しかも、美月さんもそんなこと言いながら微笑みかけてきて…。
「え、えっと、そ、そんなこと…た、多分、大丈夫かと…」
あまりの恥ずかしさに、顔を真っ赤にしながら意味不明な返事をしてしまうのだった。
「全く、あんな恥ずかしいことを人前ではっきり言うなんて、何を考えているのかしら」
「けれど、彩菜さんの笑顔は本当に素敵だと思います」
「み、美月さんも、あの様な話に乗らなくてもよいのよ?」
ホームルーム後の休み時間、私と美月さんの二人で先ほどのことについて話していた…と、そのとき、私の机の前に立つ人が一人…。
「…南雲さん? 何か、ご用?」
そう、それは南雲さんだったのだけれど、私へ近づいてくるなんて珍しい…また何か文句を言われるのかしら。
「えっと…か、会長さん? 昨日は部屋に戻ってこなかったけど、どうしたの?」
「え…べ、別に、何でも…」
わざわざ説明することでもないし、適当にはぐらかしましょう。
「あっ、はい、彩菜さん、昨日は私のお部屋で、それに一緒のベッドでお休みしたんですわ」
「…って、み、美月さんっ?」
な、何もそこまで言う必要はないでしょう…!
「えっ、それってつまり…彩菜と白波さんって…」
「はい、お付き合いさせていただいておりますわ」
瞬間、教室が歓声に包まれた…いつの間にか、クラス中がこちらを注目してきてしまっていたの。
「み、美月さんっ?」
ずいぶん落ち着いた様子の彼女に対し、私は顔を真っ赤にしながら思わず立ち上がってしまった。
だって、そうでしょう…クラスの皆の前で、わざわざあんなこと…!
「えっ、彩菜さん、もしかして…違いましたか?」
「い、いえ、それは…ち、違わないけれども…!」
美月さんにうるんだ目で上目遣いに見つめられて、私はさらに赤くなってしまった。
「…彩菜ぁ!」
「な…あ、危ないわね、何をするのっ?」
しかも突然南雲さんが私に飛び掛ってきたし…久しぶりのことで油断していたけれど、寸前のところで手を出して彼女の頭を抑え防げたわ。
「もう、彩菜ってばずっと澄ましてたから傍から見てて心配だったけど、ちゃんと白波さんの気持ちに応えてあげてたんだね……よかったよ」
抑えつけられてもめげない彼女、久し振りに私へ向けた笑顔でそんなことを言ってくる。
「な、何がよかったのよ」
「いや、だって、白波さんが彩菜のこと好きなのは誰が見ても解ったのに、彩菜ってばずっとツン状態で誰も近づけまいって気配出してたでしょ…私でも声かけられないほどの雰囲気なんだもん。白波さんがかわいそうだったから、今度の学園祭の演劇で二人に主役させて一緒にさせてあげようって考えてたのに、そんな必要なかったみたいだね」
「えっと…演劇は、美月さんから立候補をしたのではなかったのかしら?」
「うん、そうだよ。白波さんは彩菜と何とか一緒になりたいんだなぁ、ってそう感じて反対しなかったんだよ」
ふぅん、嫌がらせの気持ちはなかった、と…ま、別にいいわ。
「それと…えっと、ごめん、彩菜。学園祭のイベントのことで、向きになっちゃって…」
と、神妙な面持ちで頭を下げられてしまった。
「あ、そんな、いいのよ…というより、こちらこそ向きになってしまって、悪かったわ」
今にして思えば、あそこまで言い争ったりした自分も情けないもの…このタイミングで謝ることができて、少しすっきりしたわ。
「うん…それじゃ学園祭のほう、一緒に頑張ろっ」
「…ま、生徒会役員として、きちんと働いてもらうわ」
「もう、そこはお手柔らかにお願いするよ」
う〜ん、また少し馴れ馴れしくなったわ…静かだった今までの関係のほうがよかったのかも、と少しだけ考えてしまう。
「あぁ、そういえば、その…わ、私と美月さんとを一緒にするために演劇の主役に据えたのならば、もうその必要はないわよね。だから、主役は別の人に…」
「それはダメだよ。もう、その配役で申請も出したし」
でも、その書類はまだ生徒会では受理をしていないから握りつぶすことも…。
「彩菜さん、一緒に…頑張りましょうね」
「うっ…そ、そうね」
あぁ、やはり美月さんに微笑まれると弱い…断って彼女に悲しい顔をさせたくもないし、もう覚悟するしかないか。
「ともかくおめでと、彩菜、それに白波さんっ」
「うふふっ、おめでとうございます、ですわ」「これで会長さんもやわらかくなってくださいそうですし、クラス一同で祝福をいたします」
って、な、何なの、クラスのみんなが揃いも揃って騒いだりして…!
「あら、もう授業ははじまっていますのに…けれど、これは確かにお祝いが必要かもしれません…」
しかも、教室へ入ってきたアヤフィール先生もただ微笑みながら見ているだけだし…そんな的外れなことを言っていないで、はやく止めなさい…!
朝の一件…クラスメイトたちの前で二人の交際を認めたということは、瞬く間に高等部中へ広まってしまった。
「あら、草鹿さん、貴女意外とやるのね」「今までただ真面目なだけの子かと思っていたけれど、見直したわ」
教室移動の際にはすれ違った上級生にそんなことを言われてしまった。
「あ、あの、先輩、おめでとうございます…!」「お二人の幸せ、お祈りしてます…」
昼休み、学食で食事をしていると、今度は後輩たちがそんなことを言って恥ずかしそうに走り去っていった。
一緒にいる美月さんは微笑んでいるけれど、こちらは向こう以上に恥ずかしいわ、全く。
「ふ、仲睦まじい様子だな、二人とも」「本当、羨ましい…ね、姉さん?」「…うん」
そして、食事が終わる頃に歩み寄ってきたのは、鷹司先輩と秋月先輩だった。
「あっ、摩耶さん、それに菊花さんと桔梗さん、こんにちは。はい、これも摩耶さんのおかげです…ありがとうございました」
「いや、礼などはよいさ。これで会長も、これまでよりさらに励んでくれるだろうしな」
美月さん、素の状態だったら本当に鷹司先輩のことを「まーやちゃん」なんて呼ぶのかしら…と、それは別にどうでもよいわ。
「あの、鷹司先輩、本当にありがとうございました。私たちがこうしていられるのも、先輩のおかげです」
そう、鷹司先輩が美月さんへの特例を認めていなければ、今がどうなっていたのか解らないものね…。
「ふ、別に構わないさ…それより、二人とも幸せにな」
「は、はい…!」「もちろんですわ」
私たちのしっかりとした返事を聞いて、先輩は秋月先輩を引き連れて颯爽と去っていったのだった。
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