第六章

「あやちゃん、幸せになろな…」
「ええ、美月さん…」
 ―長い間夢見、そして叶わないと思って諦めていたこと。
 私の、初恋。
 それが叶った今、私はこれまでにないくらい穏やかな気持ちに包まれていた。

「んっ…」
 ―目が覚めると、かすかに雀たちのさえずりが耳に届いた。
 朝、か…って、では、さっきまでの幸せは、夢…?
「そ、そんな…!」
 思わず慌てて起き上がる…けれど。
「…えっと、どこかしら、ここ…」
 私の目に入ったのは、普段生活をしている学生寮とは明らかに違う、見覚えのない部屋だった。
 これはどうしたことかしら…今まで横になっていた、整頓された部屋に一つしかないベッドの端に腰かけて昨日のことを思い出してみる。
 昨日は、想い出の場所のそばにある神社で白波さんが天羽美月さんだと解り、そして…私の、ファーストキスを…。
「…っ!」
 思わず高鳴る胸を抑えて…とにかく、それから二人でお弁当を食べて、二人の想い出の場所で私が歌を歌ったのだったわ。
 美月さん、涙をあふれさせて喜んでくれて…私も涙ぐんでしまったわ。
 それから、美月さんが生活をしているという、燈星学園の学生寮へ行ってみることになって、その日はそのまま…美月さんの部屋で、泊まることにしたのだった…。
「そ、そうだった、ここは…美月さんの、部屋ね」
 全てを思い出す頃には、自分で顔が真っ赤になってしまっているのが解った。
 だって、昨日はこのベッドで二人一緒に休んだのだし、今の私が着ているのも、彼女が貸してくれた…つまり彼女のパジャマなのだもの。
 …い、いけない、熱くなってきてしまった…か、顔を洗いましょう。
「って、そういえば、美月さんは…?」
 ベッドには私しかいないし、部屋には他の人の姿がない…と、とある方向から物音が聞こえたの。

 燈星学園女子寮。
 その建物自体は私の入っている明翠女学園の学生寮よりずっと小さいけれどそれは収容人数からの関係に過ぎず、一部屋一部屋にはワンルームマンションの様に一通りのものが揃っている。
「あ…お、おはよう、美月さん」
「あっ、あやちゃん、おはよっ。よう眠れたかな?」
 もちろんキッチンもあって、そこへやってきた私の問いかけに笑顔で振り向くのは、エプロン姿の美月さんだった。
 昔の記憶、それに昨日は髪を下ろしていたけれど、今はラティーナさんと同じくポニーテールにしている。
 よかった、これは幻ではない…夢みたいな光景だけれど、大丈夫。
「え、ええ、おかげさまで…けれど、私も起こしてくれればよかったのに」
 彼女があまりにまぶしくってどきどきするけれど、つとめて冷静に…。
「う〜ん、あやちゃんの寝顔があんまりにもかわいらしかったから、起こせへんかったんよ」
「な、な…!」
 見る見るうちに自分の顔が真っ赤に染まっていくのが解る。
「でも、やっぱこうやって起きとるあやちゃんのほうが、もっとかわいいかな」
「な、な、何を言って…み、美月さんのほうが、どう見てもかわいいわ…!」
「そうかな、ありがとな。でも、やっぱりあやちゃんには敵わへんよ」
 こ、こんな状況で、冷静にいられるわけがないじゃない…!
「と、ともかく、朝食の準備ならば、私も手伝うわ」
「あっ、ううん、ここはうちに任せといて。あやちゃんはのんびり待っとってな」
 う〜ん、私の手料理も食べてもらいたいのだけれど、昨夜は二人一緒に作ったし、今朝は出遅れたということでまた次ね。
「いっこ、にこ、さんこ…」
 微笑ましい様子でたまごを数えたりする美月さんを、私はテーブルのそばの椅子に座ってのんびり見守る。
 この私に、こんなにも穏やかで幸せな朝がくるなんて、思ってもみなかったわね…。
 その朝を彩る、美月さんの作ってくれた朝食はオムライス…もちろん、とってもおいしかった。
 それを食べ終わったら、登校をしなければならないのだけれども…。
「そういえば、美月さんはこれからどうするの? 明翠女学園へは私のために一時的に編入しただけだというし、やはり燈星学園へ戻るの?」
 今の美月さんは、特例中の特例であの学園へきている…一緒の学校へ通えないのはさみしいけれど、こればかりは仕方のないこと…。
「えっと、ううん、学園祭が終わるまでは、あっちに通うつもりなんよ」
「えっ、本当に?」
 それだけの間だけでも、一緒に学校へ通えるのならばとっても嬉しい。
「けれど、燈星学園のほうはいいの? 美月さん、そちらの生徒会役員だそうだけれど…」
「うん、大丈夫や…あやちゃんと一緒に、舞台に立たへんとあかんしな」
 …あ、あぁ、そういえばそんなものもあったわね。
「頑張ろな、あやちゃん」
「…ええ、そうね」
 どんな大変そうなことでも、美月さんと一緒ならば大丈夫、そんな気がするわ。

 朝食を終えて、二人とも制服へ着替える。
 先ほどの話の通りなので、美月さんも私と同じ制服を身にまとう…けれど。
「えっと、美月さん、その格好は…白波さん?」
 そう、彼女は髪をおさげにして眼鏡をかけた、白波美月さんの格好になったの。
「一応、今までずっとこちらであの学園には通ってきましたから、最後までこちらで通したいと思いますわ」
 髪を整え口を開いた彼女の口調はすでにおしとやかな白波さんのもので、全然違った雰囲気。
 でも、あれだけ想い続けた人なのは確かなのだから、できれば彼女から正体を明かす前に気づきたかったものね…。
「では参りましょう、彩菜さん?」
「ええ…って、そうやって口調を変えたりするの、大変ではないの? そうなら、無理はしなくってもいいわよ?」
「いえ、大丈夫ですわ。眼鏡をかけることで、気持ちの切り替えができますから」
 すごいわね…学園祭の演劇は心配いらない、といったところかしら。


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