体育館なども過ぎた先に、私たちの目的地があった。
 校舎などから離れた、小さな建物…そこがそうなのだそう。
 中から音楽が漏れてきているけれど、音楽室…というわけでは、ないわよね。
「美月さん、ここは?」
「うん、ここはスタジオなんや」
 スタジオ…そういえば、私の学校にもあったわね。
 ただ、あれはラジオなどの収録スタジオといった趣の部屋だったけれど、ここは少し違いそう。
「やっぱここにおったみたいやし、さっそく入ろっか」
「え、ええ、そうね」
 生徒会室で一度肩透かしを受け、それにここへくるまでに色々案内をしてもらってずいぶん緊張もほぐれたこともあって、扉を開けた彼女と一緒に中へ入らせてもらった。
「あっ、やっぱりみんなここにおったんや…こんにちは」「その、失礼します…」
 部屋にはやはり数人の少女たちの姿があったから、入口で足を止めた私はそのまま頭を下げた。
「あっ、美月さん、それに…」「先日の、明翠女学園の生徒会長さん」
 私たちを見て皆さんそれまでしていらした作業の手を止めたけれど、何人かのかたは私も見覚えがある。
「こんにちは、私立明翠女学園生徒会長の草鹿彩菜と申します。今日は、燈星学園の皆さまへご挨拶に伺いました」
 とはいえ初対面のかたがたもおり、きちんと自己紹介をしておく。
「あっ、そんな、ご丁寧にわざわざ…」
 そんなことをおっしゃるのは先日もいらした東雲叶さん。
「さっそくきてくださるなんて嬉しいです」「うん、そうだね…ありがとう」
 陽南環さん、それに鳳玲さんもいらっしゃいます…と、その皆さんはただいらしただけでなくって、それぞれ楽器を手にされたりしていたの。
 先日うかがった通り、東雲さんはお琴に鳳さんはギターか…陽南さんはマスタリング担当、と言っていらしたわね。
 けれど、先ほどまで聴こえていた音楽といい、これは…。
「美月さん、これは…皆さんここでバンドの活動をしていらっしゃるのかしら」
「あっ、うん、あやちゃん。放課後、特に用事のないときはこのスタジオを使って練習してるんや」
 なるほど、バンドを組んでいることは先日聞いていたけれど、学校内にこうしてスタジオがあることまでは想像していなかったわ…学校内だとしても音楽室くらいだと思っていたから。
「あっ、この人が生徒会のみんなが会ってきた、明翠女学園の生徒会長さんかぁ」
 と、先日はいらっしゃらなかった子が声を上げるけれど、そういえば生徒会役員でない人もバンドのメンバーにいらして学園祭の際には一緒に参加したい、と言われていたわよね。
「はじめまして、私は加賀美らぴすっていいます。担当はギターだよ」
 元気いっぱいの女の子が自己紹介をしてくれる。
「えと…牧、東麻…」
 恥ずかしそうに名乗ってくれるのは、ツインテールをしたかわいらしい、そして大人しそうな女の子。
「あずにゃんはキーボード担当やけど、声も素敵なんよ」
 無口らしいその子に代わって美月さんが紹介をしてくれたけれど、それにその子は顔を赤くしてしまった。
 でも、その呼びかたはどこかで耳にしたことがある様な…確か南雲さんか藤枝さんが何かのコミックを手にしながら口にしていた気がしたのだけれど、まぁ気にするほどのことでもないでしょう。
「で、あずにゃん大好きな私は葵八千流といいます。一応ボーカルが得意ですけど、学園祭の際は草鹿さんにお任せしますね」
「え…そんな、よいの?」
 やはりきちんとしたボーカル担当の人がいらしたみたいで、でもあっさりそんなことを言われてしまったので少し戸惑ってしまう。
「大丈夫です、私たちのバンドはたいていインスト曲中心ですし、裏方のお仕事も十分できますもの」
 でも、見事なスタイルをされたその人は穏やかにそう言ってくるし、本当に気にしていなさそう。
 私としては、一人で歌うよりも他の人も歌ってくれたほうが気楽になれたかもしれないのだけれども…。
「はいはーい、最後は私だね。小石川岬、マスタリング担当だけどたまにキーボードもするよ」
 少し背の低い、そして元気な女の子が自己紹介をしてくれて、これで全員紹介をしてくれたみたい。
 さすがにバンドを組んでいらっしゃるだけあって、パートも揃っているわね…これは、私の学校の生徒会役員は出番がなさそうだけれども、やっぱり共同開催なのだし何かをさせたいものね。
 ま、そのあたりのことはまたおいおい…両校の全員が揃ったときに考えればいいか。
 ちなみに、全員高等部の生徒かと思いきや、加賀美さんや牧さん、小石川さんは中等部の生徒だという…生徒会役員の鳳さんまでそうだというのには少し驚いたけれども、中東部でバンド活動をしていらっしゃるなんて、すごいわね。
「そや、みんなおることやし、あやちゃんもきてくれてるし、一回あやちゃんの歌と演奏を合わせてみよっか」
 さすがに本番まで合わせないのは厳しいし、それもよいか…と、けれど何か違和感がある。
「あ…そういえば、鴬谷さんの姿がないわ」
「あっ、ほんまや、あーやちゃんがおらへん…どしたんよ?」
 そう、燈星学園の生徒会長で当然バンドのメンバーでもあるはずの鴬谷菖蒲さんの姿がこの場には見当たらなかったの。
「あーやちゃんなら出かけたよ?」「そうそう、運命の人に会いにいくって…あんなうきうきした様子、はじめて見たかも」
 元気な二人の子がそんなことを言ってきたけれど…運命の人?
「…どういうことかしら?」「ちょっと、うちには解らんよ…」
 美月さんと二人、顔を見合わせてしまうけれど…鴬谷さんにその様な人がいらしたのね。
 美月さんすら知らなかったみたいだけれども、ともあれそういうことならば…幸せになっていただきたいものね。

 鴬谷さんはいないけれど、せっかくなので皆さんとセッションをしていくことにした。
 とはいえまずは皆さんだけでの演奏を聴かせていただくことにしたのだけれど…やはり、さすがに見事なものだった。
 ドラムを演奏する美月さん、というのもこれまでちょっと想像できなかったのだけれど、とても素敵で…。
 それはよかったのだけれど、こんな皆さんに見合うだけの歌を、私が歌えるのか…このあたりが不安になってきてしまった。
 とにかく、不安な気持ちはあるけれども、歌を合わせてみることに…。
「あっ、そや、あやちゃんの歌うのって、いつも歌ってくれてるあれやんな?」
「え、ええ、そうね、そうしたいけれども…」
「それなら、ちゃんと楽譜にしてうちらも演奏の練習せんと」
「…あ」
 そ、そうよね、いきなり知らない曲を演奏するなんて、いくら何でも無茶なことね…。

 結局、私と皆さんとのセッションはなくなって、きちんと楽譜を作って学園祭までに演奏できる様にしておく、ということになった。
 さらに、近いうちに両校のライブ参加者が集ってパートを決め、その後は何日か集まって合同で練習をすることにもなったけれど…美月さんの提案で、私の歌と合わせるのは本番で、ということになった。
「…大丈夫かしら」
 日も暮れはじめた頃、スタジオを出た私はついそんなことを呟いてしまった」
「大丈夫やって、うちもみんなも頑張るもん」
 と、一緒に外へ出た美月さんがそう言ってきた…心配なのは皆さんではなく私の歌のほうなのだけれども、私の希望曲にしてもらってしまったのだし、私も頑張らなければならないか。
「そう、ね…けれど、本番まで歌を合わせないなんて、どうしてそんなことを言ったの?」
「だって、あやちゃんの素敵な歌声、みんなには当日までお楽しみにしといてもらいたかったんやもん」
 そ、そう、そういえば演劇の練習のほうもそんなことになっていた様な…皆さんの期待が高まってしまいそうだけれども、何とか期待に添える様にしなければ。
「ほらほら、あやちゃん、これからみんなと一緒にごはん食べに行くよ…あやちゃんとみんなとがもっと仲良くなってくれたら、嬉しいな」
 笑顔の美月さん、そう言うと私の手を取り、先にスタジオを出ていた皆さんへ歩み寄っていくの。
 こうして大人数で外食とか、やはり経験のないことだけれども…美月さんが一緒だし、皆さんも美月さんのご友人なのだから、大丈夫。
 そうね、いずれは鴬谷さんや私の学校の生徒会のみんなも呼んでこういう機会を作ることができたら、よいかもしれないわね…。


    -fin-

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