第六章(五小節)

 ―先日の生徒会会合にて、学園祭において明翠女学園と燈星学園の生徒会役員を中心としたメンバーによるライブを開催することに決まった。
 ボーカルを務めるのは私、明翠女学園の生徒会長、草鹿彩菜…大人数の前で歌ったことなんてもちろんないから不安だけれども、それはきっと大丈夫。
 一緒の舞台に、あの子も上がってくれるのだから。

「おはようございます、会長さん」
「ええ、おはよう」
 そんなことのあった翌朝の登校時間、並木道に立って道ゆく生徒たちをチェックしていく。
 ただ、通り過ぎていく生徒たち、特に高等部の人たちの視線が先日までとはずいぶん変わった、そんな気が…いえ、こうして立っている私の心境も、先日までとはずいぶんと違ったものとなっているけれども。
 私がこうして立っているのだって、服装などのチェックというのは単なる口実で、真意は別のところにあるのだから。
 少しだけ逸る心を抑えながら、歩いていく生徒たちを見守る…けれど、その中にとある子の姿を見つけた瞬間、一気に胸が高鳴ってきてしまった。
「あっ、あやちゃ…いえ、彩菜さん、おはようございます」
 一方のその子…髪を編み眼鏡をかけた美月さんも、私の姿を見つけると嬉しそうにこちらへ歩み寄ってきた。
「ええ、美月さん、おはよう」
 胸の高鳴りを抑え、何とか平静を装い微笑みかける…全く、たった半日会えなかっただけなのにそれがこんなにさみしく、そしてこうして会えることが嬉しく感じるなんて、ね。
「彩菜さん、今朝も立つご予定だったのですね…少し遅くなってしまいましたけれど、私も一緒に立ちますわ」
「…いえ、いいわ」
 隣に立とうとする彼女を制止すると、不思議そうな表情をされてしまう。
「その、ここに立っていたのは…貴女にはやく会いたかったからなの。だから、もう教室へ行きましょう」
 や、やはりこうして理由を口にすると少し恥ずかしい…彼女から顔を逸らし、並木道を校舎へと歩こうと…。
「あっ…はい、ありがとうございます、彩菜さん。では、一緒に参りましょう」
 と、美月さんは素早く私の隣へ並ぶと、そのまま…腕を組んできた?
「えっ…み、美月さん?」
「こうしたほうが、あたたかいですわ」
 驚く私に対し彼女は微笑んできたけれど、周囲の視線が…いえ、もう別にいいか。
 私たちの関係は周知の事実となっているみたいだし、それに…このほうが、私も嬉しいもの。
 私のクラスメイト、そして正式ではないものの生徒会役員となっている、そして何より…私の大切な人である少女、美月さん。
 ただ、本来の彼女、天羽美月さんは燈星学園の生徒であり、こちらへ「白波美月」さんとしてきているのは一時的なことにすぎなくって、学園祭が終われば彼女はまた燈星学園へ戻ることになる…いえ、学校で会えなくなるのは確かにさみしいけれど、私たちの絆はそのくらいのことでは切れないから、心配ない。
 けれど、こうなるとやっぱり気になることがあって…。
「美月さん、今日は放課後に燈星学園へ行こうかと考えているのだけれど、どうかしら」
 昼休み、食事をしながら、一緒にいる彼女にそんな声をかけていた。
 ちなみに昼食、普段は学食で取っているのだけれども、今日は美月さんがお弁当を作ってきてくれたので、中庭…木々に包まれた、他に誰もいない中、二人きりでそれを食べている。
「えっ、燈星学園へ、ですか? 少し突然な気もしますけれど、どうしたのですか?」
 私と二人きりだけれど、それでも彼女は「白波美月」さんとしての態度…やっぱり本来の彼女とは別人に見えるし、現に私は言われるまで全く気付かなかったわけで、すごい演技力ね。
「ええ、燈星学園とは学園祭を共同開催することになったでしょう。それに、先日は鴬谷さんたち燈星学園の生徒会のかたがたが挨拶にいらしてくださったのだから、今度はこちらから伺おうと思って」
「そういうお考えでしたか…さすが彩菜さんですわ」
 …感心されてしまうと、何だか胸が痛むわね。
「…彩菜さん、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、えっと…」
「…何かありましたら、遠慮なくおっしゃってください、ね?」
 うっ、そうしてじっと見つめられると、隠し事なんてできなくなってしまう…。
「え、ええ…その、燈星学園へ行ってみようと思った理由なのだけれど、今言ったものの他にもあって…。その、美月さんの通っている学校なのだから、私も見てみたくなって…ね」
 他にも、というよりも、これが一番の理由になるわよね…大切な人の通っている学校がどの様なところなのか、見られるものならば見てみたいと思うのは自然なこと、よね?
 でもやっぱり少し恥ずかしい気がしてしまったのだけれど、そんな私の言葉を耳にした彼女はさらに笑顔になった。
「そういうことでしたら、大歓迎ですわ。今日特に予定がありませんのでしたら、放課後にさっそくご案内いたしますわ」
「え、ええ、ありがとう、美月さん」
「そんな、こちらこそありがとうございます…彩菜さんにきていただけるなんて、嬉しいですわ」
 美月さんも、私と同じ思い…自分の通う学校を大切な人に見てもらいたい、と思っていたのかしら。
 もしそうならば、なおさら嬉しいものね。
「では、放課後へ向けて、きちんとお食事をして元気をつけておかなくてはいけませんわ。はい、彩菜さん、あーん」
「え、えっと…あ、あーん…」
 すぐ隣に座る彼女がさらに身体を寄せ、私にお弁当を食べさせてくれる…いえ、彼女がどうしてもこうしたいと言うものだから…。
 彼女の作ってくれたお弁当はとてもおいしいし、こうしているととても幸せではあるけれど、とても他の人には見られたくはない…と、えっ、視線を感じる?
「…だ、誰かそこにいるのっ?」
「わわわ、気付かれちゃったよ〜」
 私の言葉に慌てて木陰から姿を見せたのは、高等部の生徒にしてはかなり小さな少女…藤枝、美紗さん?
「あ、貴女、その様なところで何をして…!」
 あんなところを見られたのが恥ずかしくって、顔が赤く染まっていってしまう。
「みーさの百合センサが強く反応したから見にきたんだけど、お二人だったんだね〜。いいもの見させてもらったよ〜…きゃ〜、きゃ〜っ」
 な、何よ、百合センサって…。
「これはやっぱり、一刻もはやくお二人の物語も書かなきゃだよ〜」
「な、待ちなさ…」
 止める間もなく、藤枝さんは元気に走り去ってしまった。
「私たちの物語…楽しみですわ」
 私は色々恥ずかしいというのに、美月さんは全く動じていない…こちらが恥ずかしがっているのがおかしく感じられるほどに。
「それにしても、安心いたしましたわ」
「…安心? 何がかしら」
「美紗さんのことですわ…先日、様子がおかしかったですから」
 あ…そう言われると確かに、今の藤枝さんはいつもの彼女だった。
 先日は結局生徒会室を飛び出した彼女を見つけられなかったのに…あれなら、心配はいらなさそうか。
「そういえば、あーやちゃ…菖蒲さんも、先日は帰りが遅かったのですけれど、何だか嬉しそうなご様子でしたわ」
 鴬谷さんというと、先日は藤枝さんを探しに行って…。
「鴬谷さんが、藤枝さんのことを元気づけてくださったりしたのかしら」
「私も詳しいことは聞けなかったのですけれど、きっとそういうことだと思いますわ」
 そういうことなら、鴬谷さんにお礼を言わなければならないわね…藤枝さんが取り乱した理由は解らないけれど、迷惑をかけたのは間違いないと思うし。


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