―はじめて彼女と出会ったのは、中学校一年生の、ちょうど今と同じ時期だった。
 あの頃の私は妹を失ったこと、それに母への不信から人を避ける様になっていて、ひと気のない図書館で本を読むなどして過ごしていた。
 その様なある日、偶然見つけた町外れのひと気のない神社…そこはとても静かな場所であり、誰もくるはずのない場所に見えた。
 だから、そのそばの森の中で、妹と過ごした日々を思い出しつつ一人歌を歌ってみたのだけれど…。
「わぁ、すごい上手やなぁ…こんな素敵な歌声、はじめて聴いたで」
 歌い終えたところで不意に拍手が、そしてさらにそんな声が聞こえたかと思うと、一人の少女が私の前に現れたの。
 私と同じくらいの年齢の、でも私とは正反対で明るい雰囲気をまとった少女…。
「そ、そんなこと、ない…!」
 まさか人に聞かれているとは思わなかったので、恥ずかしさのあまりその日はその場から逃げ出してしまった。
 翌日、放課後に再び同じ場所へ行ってみると…。
「あっ、よかった、今日もきてくれたんや。うち、どうしてもまたあなたの歌を聴きたくって…ええかな?」
 そこにはまた、その少女の姿があった。
 正直に言って乗り気ではなかった…けれど、彼女の笑顔を見るとなぜか断れなくなってしまったの。
 私にその様な笑顔を向ける人なんて、他にはいなかったかもしれないから…。
 少女の名は天羽美月といって、先日はたまたまあの神社へやってきたところ、偶然にも森の中へ入っていく私の姿を見て、ついてきてしまったというの。
 それから毎日、私たちは午後のひとときにその森の中で会い、私の歌を聴いてもらっていた。
「あやちゃんの歌声、日に日にさらにきれいになってってる気がするなぁ」
「そう、かな…だとしたら、美月さんのおかげかな」
「へ? でも、うちは何もしとらへんよ?」
「そんなことないわよ…ふふっ」
 妹がいなくなってから、はじめてだったわ…普通に笑顔になれたのも、それに歌を聴かせたいって人ができたのも。
「うちも、あやちゃんの歌に合わせて何か演奏できる様になろうかなぁ? 一緒に何かできたら、とっても素敵やし…あやちゃんはどう思う?」
「そうね…その気持ちだけでも嬉しいけれど、そうなったらもっと嬉しいかも」
 でも、本当はそんなことを言ってくれなくっても、そばにいてくれるだけでも嬉しかった。
 日々、美月さんの明るさに惹かれていっている自分の気持ちに気づいていた…私は女の子に恋を、初恋をしてしまったんだ、って意識したわ。
 女の子が女の子に恋をするなんておかしいと思った…そしてそれが知れると二人の関係が壊れるのではないかとも思って、何とか想いを抑えようとした。
 けれど想いは募る一方で、十二月を迎えたある日、私はついに告白をしようと決心して、いつもの森で彼女がやってくるのを待ったけれど…その日、彼女は出会ってからはじめて姿を見せなかった。
 翌日も、また翌日も…四日待っても、彼女は姿を見せなかった。
 もしかして私の想いに気づいた美月さんはそれを拒絶したのでは…そう思って私は絶望し、それ以降部屋に閉じこもってしまった。
 さらに冬休み、今思えば不登校となってしまった私を心配してのことだったのでしょうけれど引越しが決まってしまい、私はその町から遠く離れた場所へ行ってしまった。
 それにより、美月さんと会う機会は永遠に失われてしまったわけで…大切な人などもう二度と作らない、そう決心するに至った。
 それでもどこか諦めきれない部分があり、私が高校進学の際にあの学園を選んだのも、もちろんあれらの理由が大きかったものの、あの場所が近いから…もしかしたらまた会えるのではないか、そういう気持ちもかすかにはあった。
 もっとも、進学後一度だけあの場所へ行った際、もちろんあの子は現れず胸が痛くなるばかりだったので、以降今まで再びそこを訪れることもなく、彼女のこともなるべく忘れようとしたのだった。

 ―そう、あの日突然消えてしまい、それ以降一度も会うことはなかった。
 もはや再び会うことなんてないでしょうと、そう考えていた少女が、まさに今、私の目の前に立っていた。
 しかも、ついさっきまでは名前が同じなだけの、全くの別人だったはずなのに…。
「み、美月さん…天羽美月さん、なの?」
 信じられない光景に、まだ頭が混乱している…これは夢や幻覚などなのではないか、とさえ思ってしまう。
「うん、そうや…久し振り、それにごめんな、あやちゃん…」
 でも、私の目の前で涙ぐんでいるのは、成長はしているけれど、やっぱりあの子にしか、そして現実にしか思えないの…。
「ど、どういうことなのか、さっぱり解らないわ…どうして、白波さんが…」
「う、うん、そのことも、今から話すから…あやちゃん、聞いてくれる…?」
 この混乱した状況を理解するためにもうなずくしかなくって、それを見た彼女はまずどうして学園へ入り込んだのかについて説明をはじめた。
 彼女は燈星学園の生徒会役員の一人として、明翠女学園へ学園祭の共同開催を提案しにいった会長、鴬谷菖蒲さんから事の顛末の報告を聞き、そこで私の名を耳にして驚いたそう。
 そこで私に会うため、わざわざ鴬谷さんや鷹司先輩に事情を話し、変装をした上で「白波美月」という名で私のクラスに編入をしてきた…。
 そんな許可を与えてしまう鷹司先輩もどうかと思うのだけれど…。
「どうして、わざわざそんな面倒なことを…直接、私を訪ねてこれば…」
「だ、だって、昔会ったときにあやちゃんの名前しか聞いてなかったから、『草鹿彩菜』さんがほんまにあやちゃんなんか、あーやちゃんの話だけじゃ解らんくって…」
 「あーやちゃん」とは鴬谷さんのことらしいけれど、ともかくそういえば私は昔の美月さんに名前を聞かれたとき「彩菜」としか名乗らなかったわ…。
「それに、その…不安やったんや。突然姿を消してしもうたうちがまた突然現れて、あやちゃんがどう思うか…特にあーやちゃんやまーやちゃんから聞いた話やと、あやちゃん、心を閉ざしてしまっとるってことやったし…」
 ま、まーやちゃん…鷹司先輩をその様に呼ぶ人、はじめて見た…。
「それは、もしかしてうちのせいなんやないかって、うちが突然おらへん様になったからなんやないかって、そう思うと、うちが出て行ってもあやちゃんは怒って、さらに心を傷つけてしまうんやないかって、そう思ったんや…」
「だから、白波さんとして、私の心を開かせようと…?」
「うん…でも、あかへんかった。やっぱりあやちゃんは過去のことで、うちのことで苦しんどるっていうのが、そばにおって解ったから。だから、この場所で……白波美月やのうて、天羽美月として謝らなって、思たんや…」
 そこまで言うと、彼女は深々と頭を下げた。
「ほんまに、ほんまにごめんな、あやちゃん…! あやちゃんをこんな苦しめたうえ、だますみたいなことまでして…!」
「…そんな、いいのよ…いいのよ…」
 私の肩も、それに彼女の肩も、小さく震えている。
「私、美月さんに嫌われたのかと…私が美月さんを好きだという気持ちを知られてしまって、それで逃げられてしまったのかと思ってしまっていたけれど…」
 今の話を聞いて、それは私の勘違いだと解ったわ…それどころか、今でもこんなに想ってくれているなんて…。
「そ、そんなことないっ。うちこそ、あやちゃんに嫌われたんやないかと…!」
 ばっと顔を上げた彼女が、涙をためて私を見つめる。
「あ、貴女を嫌うだなんて…私は今でも美月さんのことが好き、愛しているのよっ!」
 思わず、とんでもないことを叫んでしまった。
「うちも、あやちゃんのこと、ずっと好きやったっ!」
 そんな私の叫びに負けないくらい、強い口調の…って、えっ?
「ごめん、ごめんな、あやちゃん、うち、あの日から風邪で寝込んでしもて…無理してでも会いに行っとれば、あやちゃんを苦しめへんですんだのにっ」
 えっ、し、しかもそうした理由だったと、いうの…?
「あ、謝るのは私のほうよ…そうとも知らず、あの後ここにこなくって…。風邪が治った後、ここで私のこと…待って、くれていたのよね…?」
 なのに私は、自分だけが苦しいと、美月さんの気持ちにまで思いが回らないまま、今まで…!
「それに、私、白波さんにあんなきつく当たってしまって、つらかったわよね…本当に、ごめんなさい…!」
「ううん、ええんよ、やっぱりあやちゃんはほんまはやさしい子やって、解っとったから…だから、そんな自分を責めんといて…?」
 そ、そんなやさしい言葉をかけられたら、もう気持ちが抑えられないじゃない…!
「え、ええ…美月さんっ」
「あやちゃん…!」
 二人同時に駆け出して…そのまま抱き合った。
「あやちゃん、もう離さへん…!」
「わ、私たち、これからも一緒にいられるの…?」
 大切な人とずっといられるわけがない…その今までの考えが浮かんでしまって、抱き合いながら不安げに彼女を見つめてしまった。
「当たり前や…うちとあやちゃんは、これからもずっと一緒やで。こんなにあやちゃんのこと、大好きなんやから…!」
「美月さん…ええ、ええ…! 私も、貴女のことが大好き…もう、離れないっ」
 これまで感じてきた、互いのさみしさ、距離…それを埋める様に、二人しっかり抱きあった。
 私と美月さんは、これからも一緒…。
 二人のその想いを重ね合わせる様に、目を閉じた私と美月はゆっくり唇を重ね合わせた。


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