「本当に、どういうつもりなのかしら…会って、しっかり理由を詰問しなくてはいけないわ」
ということで、ラティーナさんにその松永いちごという生徒の情報を得た私は、会合をそこで切り上げてその生徒を探すことにした。
「ラティーナさんの話では、特に部活などには所属していないそうね…果たしてまだいるかしら」
「けれど、放課後に音楽室のあたりでたまに見かける、ということですわ」
「ええ、だからこうして…って、貴女、どうしてついてきているの?」
さも当たり前といった様子で白波さんが私の隣を歩いていた。
「はい、私も気になってしまって…」
「貴女が気にすることなど何一つとしてないでしょう、あの様な悪戯」
「悪戯…そう、なのでしょうか?」
「そうに決まっているわ。そうでないのならば…」
私が歌声を聴かせたのは、あの二人だけ…他の人が私と歌とを連想づけるはずがないわ。
だから悪戯しか考えられないけれど、ともかくその真意を確かめるためにその音楽室前の廊下へとやってきた。
「今日は、吹奏楽部の練習はないみたいですね…」
彼女の言うとおり音楽室の中はとても静かで人の気配は感じられず、廊下にも人の姿はない。
「このあたりで放課後に見かける、とおっしゃっても、吹奏楽部員じゃないのでしたら、一体…?」
確かによく解らないし、見かけることがあるからといっていつもこんな廊下をうろついているはずもない、か。
「仕方ないわ、明日…は休みだから、週明けに一年生の教室へ行くことにしましょう」
学生寮にいる生徒ならばそちらを探すのも手だけれど、それが一番確実か。
「はい、では今日は帰りましょう」
そうして白波さんとともにその場を後にしようとしたのだけれど、そういえばまだ見ていない場所があったわ。
あの様なところに人がいるとは思えないけれど、一応…ということで、帰る前にその場所へ通じる扉へ歩み寄り、開いてみた。
「あ〜あ〜…って、は、はわわわっ!?」
「えっ…な、何?」
扉の先、小さなスタジオには一人の少女の姿があった…しかも何か変な声をあげていたかと思うと叫ばれてしまったので、誰もいないと思っていた私も驚いてしまった。
「は、はわわわ、か、会長さんっ? こ、こんなとこに、どうして…!」
ものすごく慌てふためいているのは、明らかに年下に見える小柄でかわいらしい雰囲気の生徒だった。
「それはこちらの台詞。貴女こそ、この様な場所で何を…」
「…わぁ、こんなお部屋があったのですね。今まで、全く気づきませんでしたわ」
私の言葉は続いてスタジオに入ってきた白波さんにさえぎられてしまったけれど、その彼女の言葉どおり、廊下の果てにひっそり存在し普段使われる機会も全くないこの部屋なんて、一般生徒はまず存在を知らない。
てっきり、こんなところを使っているのは私だけかと…って、まさか。
「…貴女、松永いちごさん、かしら?」
「あっ、は、はい、そうですけど…」
「ならば、どうして私がここへきたのか、解るのではないかしら…私は、貴女を探してここへきたのよ」
「あっ、もしかしなくても、歌姫コンテストのことですか?」
どうやら、この生徒があれを書いたというので間違いなさそうね。
「…そうよ。貴女、どうして私の名など書いたのかしら…私と貴女とは、面識などもないはずでしょう?」
見たところ、陰険な嫌がらせをする子には見えないのだけれど、本当に何だというの?
「その、えっと…会長さんの歌声があまりに素敵で、それでつい…」
「…な? あ、貴女、私の歌声など、どこで耳にしたというの?」
「は、はぅ、えっと、ここで…」
あぁ、まさか、あのときか…ここにいる子、ということで嫌な予感はしていたのだけれども…。
「あ、あの、彩菜さんがここで…歌っていたしたんですか?」
「そ、その様なことを言っても、私がここへきたときには、いつも誰もいなかったはずよ?」
身を隠す様な場所もないこの部屋に人がいて、気づかないはずがない。
「はぅ、その、そっちの扉の奥は録音機材などの倉庫になってて、あの日は練習を終えてそこの片づけをしてたんですけど、そんなとき誰かがやってきて歌を歌いはじめたんです。こっそりのぞいてみると、間違いなく会長さんで…」
倉庫のことは気にも留めていなかったけれど、そちら側は防音ではなかったのか…。
「はぅ、あんな素敵な歌声、はじめて聴きました…ぜひ、コンテストに出場してください!」
深々と頭を下げられたけれど…そんな、困るわ。
「…あの様な歌声、人に聴かせられるものではないわ。貴女がその様に感じたのは、ただの気のせいよ」
「で、でも…」
「でも、ではない。私がこう言っているのだから、あのことは忘れてしまいなさい」
本当に、あの様な想いを吐き出すためだけに歌ったものなんて、人に聴かせられるものではないわ。
あの少女、松永いちごさんは声優を目指しているらしく、人には内緒で日々あの場所で練習をしていたという。
そんな彼女の秘密を黙っておく代わりに私の歌のことも黙っていてもらう、ということにして私は彼女と別れた。
「はぁ…」
戻ってきた生徒会室…すでに日が傾き、そして南雲さんたちもすでにいないその場所で、私はため息をつきながら椅子へ座り込んだ。
まさか、たった一度だけのことを人に聞かれてしまっていたとは、運が悪い。
けれど、その少女は口止めをしたし、あとはイベントを正式に中止とすれば、もう何の問題もない。
「あの、彩菜さん…」
と、私のそばに立つ、そして松永さんと別れてから今までずっと黙っていた白波さんが口を開いた。
「貴女も、先ほどのことは忘れてしまいなさい。よいわね?」
「そんな、私も彩菜さんの歌声を、聴いてみたいですわ」
「何を言って…松永さんが耳にしたのは、いわば幻聴の類。私は、人に聴かせられる様な歌声は持ち合わせていない」
「…どうして、ですか?」
今までにも、白波さんは悲しそうな表情を見せたことはあった。
それはそうでしょう…ひどいことばかり言う私のそばにいて、つらくないわけがない。
「どうして、彩菜さんは歌わなくなってしまわれたのですか…?」
けれど、今の彼女は、今までのどんなときよりもはるかに悲しそうな表情をしていた。
「どうして、心を閉ざしてしまわれるのですか…?」
「…貴女には、関係ない」
そんな表情を見せているのがつらくって、私は目を逸らす…けれど。
「やはり、過去のことがあるから…?」
「…な、あ、貴女っ」
その一言に、私は彼女をにらみつけてしまった。
「あ、貴女に何が解るというのっ? 私の過去など、知るはずもないくせにっ」
さらには思わず立ち上がって声を荒げてしまった。
触れられたくない過去…それを、何も知らない子が触れようとしたのだから仕方ないでしょう?
「彩菜、さん…」
けれど、そんな私を前に、あの子は悲しそうな、泣きそうな顔で見つめてくる。
「…くっ!」
その目で見つめられるのがいたたまれなくなって…私は生徒会室から逃げ出す様に飛び出してしまった。
―どうして、あの子はあんなに悲しい目で私を見たの?
どうして、私の歌を聴きたいと…私のそばなどにいるの?
私のことを好き、だから…?
けれど、それは何故なの…私は、人に想われることなど何もしていないのに。
人を想う気持ちも、歌声も…全て、捨ててしまったはずなのに。
そのはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いの?
どうして、涙が止まらないのよ…?
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