第五章

「あっ、おはようございます」
「…ええ、おはよう」
 ―朝、葉の色づきはじめた木々の下に立ち、登校する生徒たちを見送っていく。
 季節は移り変われども、それはずっと前からしている、変わらない習慣。
 けれど、今日はそんな習慣に、季節以外の変化があった。
「おはようございます、会長さん、それに副会長さん」
「…ええ、おはよう」「はい、おはようございます」
 私の隣に、もう一人の生徒会役員…といってもまだ正式にではなくて仮なのだけれども、ともかく二人で立っていたの。
「…全く、この様なこと、私一人でよいというのに」
「だって、これもお仕事ですから、私がお手伝いをして彩菜さんのご負担を減らさないと」
 言うまでもなくその仮役員とは白波さんなわけだけれど、この様なことを手伝われても、私が休まない限り結局立っているということに変わりはないのだから意味がないと思うわ。
 けれど、生徒会にまで入ってくるなんて、本当にこの子と学園で毎日一緒にいる気がする。
 もっと距離を置かなければならないというのに…なぜか、彼女に見つめられると強く言い返すことができない。
 しかも、ときどき不思議な感覚になることもあるけれど、これはあのときに似た…い、いえ、そんなこと、絶対にあり得ないのだから。
「どうしたのだ、副会…ではなくて、会長。ずいぶん顔が赤いぞ?」
「え…あっ、た、鷹司先輩、それに秋月先輩も、おはようございます…」
 いつの間にか前生徒会長の鷹司先輩が、秋月先輩がたを伴って私たちの前に立っていたわ。
「あ、本当です、彩菜さん、お顔が赤いです…もしかして、お風邪を召されてしまわれましたか?」
「な、何でもないわ、気のせいよ」
 全く、あの様なことを考えるなんて、我ながらどうかしていたわ。
 それにしても、やはり鷹司先輩は目立つわね…道行く生徒たちがみんな気にしていくわ。
「それはそうとあ…こほん、白波さん、うまくやっているみたいだな。まだ完全に、とはいっていないみたいだな…」
「ありがとうございます、これも摩耶さんのご協力のおかげですわ。あとは、私が勇気を出せればよいのですけれども…」
「ふむ、そうだな、私も応援している…ではな」
 そう言い残し先輩がたは颯爽と歩き去っていったけれど…何、今の会話は。
「…白波さん、鷹司先輩と知り合いだったの?」
「いえ、編入時に少しお世話になりまして…」
 そういえば、鷹司先輩はこの学園の理事長でもあるものね…編入生なんて本当に珍しい学校だし、挨拶をしていてもおかしくはないわ。
 けれど、それだけにしては、今のやり取りは意味深な感じがしたわ…いえ、意味は全く解らなかったのだけれども。
「ねぇ、白波さん…」
「はい、どうしましたか?」
「…いえ、何でもない」
 今の会話が何であれ、私には関係のないこと…そうでしょう?
「あの、彩菜さん…ちょっといいですか?」
 気持ちを落ち着けて仕事に集中しようとしていると、逆に声をかけられてしまった。
「もしよろしければ、私のこと…名前で呼んでいただけませんか?」
「…ずいぶん唐突な提案ね」
「けれど、ずっと前から思っていたことです…ダメ、ですか?」
 また、うるんだ目でじっと見つめられてしまう…。
「…貴女をどの様に呼ぼうが、私の勝手でしょう」
「そ…そう、ですか…」
 確かに私は貴女のその目に弱いし、その様にしゅんとされては胸も痛む…けれど、何と言われても、それは聞き入れられないわ。
 だって、貴女の名前は…単なる偶然だと解ってはいるのだけれども、それでも思い出さない様に、考えない様にしているのだから。

「そろそろ皆さん学園祭の準備を本格的にはじめるかと思いますけれど、くれぐれも怪我などには注意をして、ご無理はなさらないでくださいね」
 放課後前のホームルームで先生がそんなことを口にする通り、そろそろその準備のために時間を短縮したりする部活が出はじめる時期。
 それに合わせて生徒会としての仕事も増えてくるけれど、その様なことよりもずっと憂鬱になってしまうことがあるわ…。
「あの、では、クラスでの出し物の準備をしますので、担当の子やお時間の空いている子は残ってください」
 放課後を告げるチャイムが鳴ると同時にクラス委員の子が声をあげるけれど、私は気にせず席を立ち、教室を後にした。
「あっ、彩菜さん、待ってください」
 白波さんも少し慌てながら私の後を追って廊下へ出てきたわ。
「あ、あの、クラスの準備、お手伝いしなくてもいいのですか? 私たち、主役ですのに…」
 あぁ、それを言わないで…貴女に悪気がないのは解っているけれど、それでもため息が出てしまう。
「…だから、いいのよ。まだ台本だってできていないのだから」
「あっ、そうですね、まだ練習はできませんか…」
 もっとも、台本ができていても、練習などしたくはないけれども…。
「それに、今日は生徒会の会合の日でしょう。貴女がそれよりもクラスの準備を優先するというのであれば、私は止めないわ」
「あっ、いえ、私は生徒会室へ参りますわ。彩菜さんのお手伝いをすると、約束いたしましたから」
 全く、この子は…どうして、こんなにも健気なのかしら。


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