美月さんともっと一緒にいたい…その気持ちが強くって、彼女の提案を受け入れた。
 その彼女の暮らす学生寮は電車で数駅先に行ったところにあるそうで、私たちは直接駅へ向かった。
 そこから電車に乗るわけだけれども、電車に乗るのもずいぶん久し振りの気がする…入学以来、休日も学園内で過ごしていたものね。
「あっ、そやった、夕ごはんはうちが作ろうと思うんやけど、ええかな?」
 と、目的地の駅で降りたところで、彼女がそうたずねてきた。
「えっ、それって、美月さんの手料理…ということ?」
「うん、そうやけど…あっ、嫌やったら、どっか外食とかで済ますけど…」
「そんな、嫌なわけないわ…美月さんの手料理が食べられるなら、とても嬉しいもの」
 今日のお昼に食べた、彼女が作ってくれたお弁当もとてもおいしかったものね。
「うん、よかったぁ…じゃあ、食材はあったと思うし、さっそく帰ろ?」
 嬉しそうに私の手を引く彼女はとてもかわいらしく見えて、少しどきどきしてしまった。

 美月さんに連れられて、彼女の本来通っている学校である燈星学園の学生寮へとやってきた。
 私の入っている明翠女学園の学生寮は学園の敷地内にあるのに対して、こちらは学校からは少し離れているという閑静な住宅地の一角にあり、建物もそう大きくはない。
「ただいま〜」
「…し、失礼します」
 正面入口から元気よく中へ入る彼女に続いて、私も入らせてもらうけれど…やはり緊張する。
 彼女は大丈夫だと言っているけれどやはり他校の学生寮なわけだし、それに他の人の家などへお邪魔するなんてこともなかったうえ、大切な人の…となると、なおさら。
「…って、あれっ、誰もおらへんな」
 と、入った先はラウンジの様なところだったのだけれど、明かりはついているものの人の姿はない。
「今日は休日なのだし、皆さん外出中なのかしら」
「そうかもしれへんなぁ…みんなにあやちゃんのことを紹介するんは、また今度かな」
「…え、ええ、そうね」
 ちょっと、そこまでの心の準備はできていなかったかもしれないし、誰もいなくって少しほっとしたわ。
「じゃああやちゃん、うちの部屋に行こ?」
「え、ええ」
 そうして案内されたのは、学生寮の二階…いよいよ美月さんの部屋へ入るかと思うと、緊張が増してくる。
「ここがうちの部屋なんやけど、あやちゃんがくるなんて考えとらへんかったから、ちょっと汚いかも…もしそやったら、ごめんな?」
 廊下に並ぶ扉たちの中の一つ、その前で足を止めた彼女はそう言いながら扉を開け、明かりをつけ中へ入っていった。
「お、お邪魔します…」
 続いて私も、ちょっと恐る恐るといった感じで部屋へ入らせてもらう。
「もう、そんなかたくならんでもええよ?」
「え、ええ、けれど、こうして誰かの部屋へ招かれるなんて、はじめてのことだから…」
「…そうなん? それなら、確かに緊張してもおかしくないかもしれへんなぁ…」
 やっぱり、この年齢にまでなってそんな経験一つないなんて、おかしいわよね…。
 美月さんは明るい性格だし、友人も多そう…こんな私をおかしく思い、そして嫌いになったり、なんてことは…。
「よしっ、さっそく夕ごはんを作ろっかな。あやちゃんはテレビでも観て、のんびり待っとってな」
 不安になってしまう私に対し、彼女はそう言うとキッチンらしき空間へと行ってしまった。
 ど、どうやら特に気にはしていないみたいね…それはほっとしたのだけれど、どうしようかしら…。
 ああは言われたけれど、普段からテレビなんてほとんど観ないし…そんなことを考えながら、自然と部屋の様子を眺めてしまう。
 私の入っている明翠女学園の学生寮は二人部屋になっているのだけれども、ここの学生寮は一人部屋なのね…ベッドも一つしかない。
 だから部屋の広さもあちらよりは少し狭いけれど、でも十分なもの…必要最低限のものしか持っていない私と違って、この部屋には彼女のものと思われる色々なものが見受けられ、さらにどきどきしてしまうけれども。
 少し、手にとってみたくもなるけれど…そ、そんなこと、勝手にしてはよくないわよね。
「でも…その、今日は、ここに泊まるのよね…」
 この空間に、美月さんと二人きりで一夜を過ごす…い、いけない、考えただけでどきどきしてしまう。
 そ、そうよ、普段だって南雲さんが一緒の部屋にいるのだし、そう緊張することではない…何とか心にそう言い聞かせようとしたけれど、やはり美月さんと南雲さんとでは全然存在が違うし、無理…。
 全く気持ちが落ち着かない私…その耳に、軽やかな歌声が届いたの。
 歌声、とはいっても鼻歌といったものだったのだけれども、これは…。

 耳に届いた歌声に惹かれる様に私は席を立ち、それが発せられているところへと引き寄せられていく。
 歌の聴こえる空間をのぞいてみるとそこは小さいながらもよくまとまったキッチン…そして、歌っているのはもちろん美月さん。
 料理をしながら軽やかに鼻歌を口ずさむ彼女はとても楽しそうで、また幸せそう。
 そんな彼女の姿を見ていると私も穏やかで幸せな気持ちになれて、さっきまでの緊張も自然と消えていったの。
「…えっ、あやちゃん? そんなとこで、どしたんよ?」
 と、私のことに気付いた美月さん、料理や鼻歌をやめて笑顔でこちらを向くの。
「あっ、ごめんなさい、邪魔をして…。その、美月さんの歌が耳に届いたから、気になって…ね」
「えっ、歌って…もしかして、さっきの鼻歌のこと? お料理してたら自然と口ずさんどったんやけど、何か恥ずかしいなぁ…」
 少し顔を赤らめ、明るく笑う彼女…それだけなのに、少し胸が高鳴ってしまう。
「さっきの歌、もしかして私が歌っている…?」
「あっ、うん、あやちゃんが昔いつも歌ってくれとった歌や…また聴けて、ほんまに嬉しかったなぁ」
「そんな…そうして口ずさんでくれているということは、美月さんも私の歌を忘れずにいてくれたのよね…こちらこそ、とても嬉しいわ」
「あやちゃんの歌声を忘れたりするわけあらへんよ。でも、やっぱりうちの歌声はあやちゃんには遠く及ばへんなぁ…聴かれたんはやっぱちょっと恥ずかしいかも」
「そんなことないわ…美月さんの歌声もとてもきれいなものだったし、それに…楽しく、明るい気持ちが伝わってきて、こちらまでそうした気持ちになれたもの」
「そ、そうかな…やっぱ、何か恥ずかしいなぁ」
 そう言って微笑む美月さんに、私も自然と微笑み返す。
「…わぁ、やっぱあやちゃんの笑顔はかわいいなぁ」
「って、な、何を言っているのっ?」
 彼女の笑顔のほうがずっと素敵なはずなのに、しかもかわいいなんて、あの様なことを言われたら…慌てるに決まっているわ。
 でも、笑顔、か…美月さんがいなければ二度と笑顔になることなんてなかったかもしれないし、これもやはり彼女のおかげね。


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