お昼休みももうすぐ終わりの時間を迎えようとする中、教室の扉が勢いよく開け放たれた。
 それに驚いたクラスメイトたちの視線が一斉に扉のほうへ集中していくけれど、そこにいたのは私で、私はそんな視線を気にせず、とある生徒へと歩み寄る。
「ちょっと、貴女、どういうつもりなのかしら?」
「…きゃんっ」
 私が怒鳴り込んだのは、自分の席で本を読んでいたクラス委員の子…突然のことにびくついているけれど、そんなこと知らないわ。
「どうして私が、クラスの演劇で主役をすることになっているのよっ!」
 そう、私が怒っている理由はこれ…さっきの白波さんとの話でそうだと聞かされた瞬間、思わず屋上を飛び出してこうして文句を言いにきたというわけ。
 端役程度ならば甘んじて受けないこともないけれど、いくら何でもこれは…。
「は、はぅ、そ、それは…」
「…何? はっきり言いなさい」
 気の弱いクラス委員の子はこちらの剣幕にたじたじとなってしまっている。
「会長さんってば、いきなりどうしたんですか?」「そうですよ、そんな怒鳴り込んで」
 その代わり、南雲さんや他のクラスメイトたちが遠巻きながら声をかけてきた。
「配役の文句を言うのなら、昨日のホームルームのときにお願いしたかったよ」「いなかったということは、どんな役になっても文句はない、ということだったんじゃないんですの?」
 やっぱり多勢に無勢といったところか…そばでおろおろしているクラス委員の子ではこんな子たちは抑えられないでしょうし、また抑える義理もないわよね。
「いない人へその様な大役を与えるなんて、このクラスの生徒たちはそんなにやる気がないのかしら?」
 ま、実際は私への嫌がらせといったところなのでしょうけれど、同じこと。
「な、何ですってっ?」
 やはり図星だったみたいで、みんな色めきたつ…と思いきや。
「か、会長さん、ちゃんと話を聞いてないみたいだね」「そ、そうよ、これは私たちの意見じゃなくって、あの子の推薦があったからなのよ?」
 …あの子からの、って…まさか。
「はぁ、はぁ…彩菜さん、いきなり走り出さないでください…」
 ちょうどそのとき、息を切らせながら白波さんが教室へ戻ってきた。
「あっ、白波さん、会長さんに…」
「…貴女ね、どういうつもりなの?」
 南雲さんが声を上げるのをさえぎるかの様に私が彼女へ詰め寄った。
「えっ、どういうって…?」
「貴女が、私を演劇の主役に推薦したそうね? これはどういう嫌がらせなのかしら?」
 昨日の放課後のうちに南雲さんたちと仲良くなって、それで私を陥れようと…とか、そういうことだったりしないわよね?
 口には出さないけれど、でも昨日の立ち聞き話を思うと、あり得ないことではないものね…。
「えっ、嫌がらせだなんて、そんな…私は、彩菜さんがふさわしいと思っただけですわ」
「…?」
「それに、私もヒロイン役になりましたから…一緒に、舞台へ上がりましょう?」
 こ、この子は…言っていることが無茶苦茶すぎて、返す言葉が見つからないわ。
 確か、演劇は藤枝さんの…ということは、私が白波さんとあの様なことを、芝居でとはいえするというの?
 そ、その様なこと、どうしてこの私がしなければならないと…!
「彩菜さん…ダメ、ですか?」
 うるんだ目でじっと見つめてくる彼女の言葉は、本心からのものだと解った。
 それに、そんな目で見つめられては……本来言うべき言葉が、出なくなってしまう。
「…私は、生徒会長としての仕事もあるから…」
 でも、何とか断ろうと、もっともらしいことを言う…けれど。
「そのことでしたら、私に考えがありますから…お願いします」
 考えとは何よ、全く…。
 けれど、先ほどよりさらにじっと、泣きそうな目で見つめられては…。
「…す、好きにしたら、いいでしょう」
 チャイムの鳴る直前、クラスメイトたちの注目する中でそう返事をすることしかできなくなっていた。

「…で、貴女が言っていた考えというのは、まさか?」
「はい、まさかではなくって、こういうことですわ」
 放課後、今日は生徒会の会合があるため生徒会室へやってきたのだけれども、当然の如く白波さんも一緒についてきた。
 そして、彼女からされた提案に、こちらとしてはそう声をあげるしか反応のしようがなかったわ。
「あの、彩菜さん…ダメ、ですか?」
 …うぅ、だから、そんなうるんだ目で見られると、弱いわ。
「…他の皆がよいというのであれば、私は構わないわ」
 やっぱり毅然とした態度を取ることができず、そんな逃げに走ってしまった。
 けれど、あの三人なら、あるいは反対意見を口にするかもしれない…。
「あ、ありがとうございますっ」
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、長机の会長席に座っている私のそばに立つ彼女、そんなやり取りを見守っていた、同じく所定の席へ座っている三人のほうを向く。
「あの、ラティーナさん、よろしいですか?」
「ハーイ、モチロン歓迎デース!」
 ま、ラティーナさんならばそうなっても仕方ないか。
「藤枝さんは、よろしいでしょうか?」
「あっ、うん、みーさもいいよ〜。だって…あっ、ううん、とにかくよろしくだよ〜」
 だって、何だというのかしら…。
「あの、では、南雲さんも、よろしいでしょうか…?」
「うん、私も別にいいと思うよ」
 えっ、あの南雲さんがずいぶんあっさり了承した…少し意外だけれど、でもよく考えたら特に反対する理由なんてないのか。
 ともかく、三人とも異論はなかったわけで…彼女、満面の笑顔でこちらへ向き直る。
「彩菜さん、私、副会長のお仕事頑張りますから、よろしくお願いいたします」
「…え、ええ、よろしく」
 な、何、今の…彼女の笑顔を見た瞬間、胸がどきっとしてしまった。
 これまで感じた様な痛みではなくって…い、いえ、これは気のせい、気のせいよ。


    (第4章・完/第5章へ)

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