「あっ、彩菜さん、おはようございます」
 翌朝、教室へ入り席へつく私に対し、隣の席にすでに座っていた白波さんが笑顔で声をかけてきた。
 最近では見慣れた、いつもの光景…だけれども、私は何も返事をすることなく視線を窓の外へ向けた。
「昨日は一緒に帰れなくって、残念でしたわ…生徒会室へ、行ったのですけれども…」
 …その昨日、私は決めたのよ。
「私に…話しかけないで、いただけるかしら」
「えっ…彩菜、さん?」
 視線を窓の外へ向けたままの一言に彼女は言葉を失うけれど、私はそれ以上何も言わない。
 そう、私はもう白波さんと距離を置くと、かたく心に決めたの。
「あの、彩菜さん、どうなされたのですか?」
 だから、その様なさみしげな声を上げられても…知らないのだから。

 もう、白波さんとしゃべったりしない…そう決めたし、朝にはそう伝えた。
「あの、彩菜さん…」
 なのに、休み時間になると声をかけてきたりと、人の言ったことが全く解っていない。
 それを避ける様に、私は休み時間のたびに教室を空ける様になっていた…昼休みも、チャイムが鳴って彼女が何か行動を起こす前に教室を後にして、ある場所へ向かった。
 三階建ての教室棟、その三階からさらに上へ続く階段を上ってその先、屋上へ出た。
 誰の姿もなく、ただ静かに風のみが吹きぬけるその場所で、今日の休み時間は時間を潰していたわ。
「全く、これで昼食は抜きね…」
 つぶやきながら、一応設置されている転落防止用の金網の前へ腰かけた。
 空を見上げると、少し白い雲があるくらいのいい天気…それほど寒くもなく、日光浴をするにはいいかもしれない。
 でも、明日にはまた学食へ行きたいものね…多少おなかがすいてしまうわ。
 そもそも、こうしてこそこそ逃げているというのも情けない話だけれども、あの子とてこの調子でいけば、明日くらいには私と話をするのを諦めてくれるのではないかしら。
 それで私も、今までの静かな日々に戻ることができる…か。
 また少し感じはじめた胸の痛み…それを抑える様に手を胸へ重ねつつ目を閉じた。
 耳へ届くのは、ただ風の音…このまま、心を落ち着けて…。
 そう思ったのに、その静寂は突然響いた扉の開く音によって破られてしまった。
「な、何?」
 あまりに不意のことだったのでびくっとしてしまいながら目を覚まし、開いた扉、つまり階段からこの屋上へ通じる扉へ目をやるのだけれども…。
「な…」
 そこにあった人影に思わず逃げようとしてしまうのだけれども、逃げ場などないわね…。
「あっ、彩菜さん、こんなところにいらっしゃったのですね…探しましたわ」
 ほっとした表情を浮かべながらこちらへ歩み寄る人影に、思わずため息をついてしまう。
「貴女…こんなところへ、何をしに?」
「ですから、彩菜さんを探しにきたのですわ。そうおっしゃる彩菜さんこそ、何をなさって…屋上は、立入禁止の場所のはずですわ」
 彼女の言うとおりここは立入禁止…それだけに、こうして見つかることはないかと思っていたのに。
「お隣に座っても、いいですか?」
「…私にはもう話しかけないで、と言ったはずよ」
 けれど、そんな私の言葉は無視をされて隣へ座られてしまった。
「あ、貴女、人の言っていることが解らないの?」
「はい、解りませんわ…彩菜さんは、どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」
「それは、前にも言わなかったかしら…私は一人でいたいと思っているの。それに、私より他の皆といたほうが貴女のためにもなる、だからよ」
 ここまではっきり言えば、さすがに解るでしょう。
「そんなさみしいこと、おっしゃらないでください…私は、彩菜さんと仲良くなりたいんです」
「だから、それは何故っ?」
「…仲良くなるのに、理由なんていりますか?」
 思わず声を荒げてしまった私に対し、彼女は潤んだ目で見つめてくる。
 …やめて、そんな目で見ないで…。
その目で見つめられると、何も言えなくなってしまう…。
「あっ、これ、お昼ごはんです…一緒に、食べましょう?」
 目を逸らして黙っていると、おずおずとパンを差し出された。
 どうやらここへくる前に学食へ行って買ってきたみたいだけれど、あれだけ冷たくしておきながら、まだ私に近づいてくるなんて…。
「…いただくわ」
「あ…は、はい、いただきましょう」
 だから、どうしてそんな嬉しそうにするのよ、全く…朝の決心をこうも簡単に破ってしまう私も私だけれども。
「あの、そういえば、彩菜さんにお伝えしなければいけないことがあって…」
 胸の痛みを誤魔化すためにパンを食べることに集中していると、そんなことを言われた。
「…何、かしら?」
「はい、昨日クラスの皆さんで決めた学園祭のことについて、ご報告をしたくって…」
「あぁ、そのこと…昨日、決まったのね」
 ずいぶん遅くまで話し合っていたことは知っている…けれど、こっそり様子をうかがっていたなんて知られたくないし、またあのときのことを思い出すと胸が痛むのでもちろん触れない。
「はい、藤枝さんが書いた百合な物語を脚本にした演劇をすることになりまして…」
「…は?」
 この子まで百合という言葉の意味を知っているのかしら…と、問題はそこではなく、私のクラスは本当にそんなことをするというの?
 それって、生徒会の会合で私が却下をした藤枝さんの提案ではないの…本当にそんなものへの投票数が一番多かったのか疑問だけれど、決まったものは仕方ないか。
「それで、昨日のうちにどういった物語をするのか、配役なども決めたんです」
 ふぅん、それであんなに時間がかかってしまっていたわけ。
「そう、解ったわ。わざわざ報告をしてくれて、感謝をするわ」
「い、いえ、そんな…それで、配役のほうなのですけれども…」
「そこまで説明しなくてもいいわ」
 そんなもの、興味がないもの…とは、言っていられないことになったらしい。
「いえ、けれど、彩菜さんにも役が振られていらっしゃって…」
「…何ですって? 私に何をさせようというの?」
「は、はい、えっと…」


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