白波さんの態度が少し不思議だったけれども、彼女の考えが解らなくなるのはいつものことなので、それ以上は気にしない。
「はい、それでは、今年の学園祭でのクラスの出し物を考えたいと思います」
 クラス委員の子が教壇の上に立ってそんなことを言う通り、今日の最後の授業はそれを決めるためのホームルーム。
「まずは皆さんのご意見を募りたいと思いますけれど、いきなりでは出ないかと思いますし、まずは考える時間を作ります」
 相変わらず、このクラス委員は要領が悪いわ…今日この時間にこの議題でホームルームを開くことはすでに皆知っていたのだから、それまでに考えておいてもらえばよいのよ。
 そうは思うけれど別に私は関係ないので口には出さず、クラスメイトたちが色々話しはじめる中、窓の外へ目を向け…。
「あの、彩菜さん…」
 …ようとしても、やはり隣にいる白波さんが声をかけてくるのね。
「…どうかしたの?」
 もうそんなことにすっかり慣れてしまって、鋭い視線を向けながらも返事をした。
「はい、クラスでの出し物、彩菜さんは何か考えていらっしゃいますか?」
「…いえ、特には」
 こういったこと、別にどうでもよいもの。
「そういう貴女は、何か考えがあるのかしら?」
「う〜ん、そうですね…やっぱり、オーソドックスにメイドカフェなどでしょうか」
「…は?」
「あの、どうかなさいましたか?」
「…い、いえ、何でもないわ」
 つい間の抜けた声が出てしまったけれど、まさか彼女の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
 といっても、私は彼女の何を知っていると言うのかしら…。
「う〜ん、けれど、ただのメイドカフェでは深みがないでしょうか」
 …って、白波さんのことなんて、別に何も知る必要なんてないわ。
「…知らないわ、そんなこと」
 つい彼女から目を背け、窓の外へ視線を向けてしまう。
「そう、ですか…?」
 それを最後に静かになったので気になって視線を向けてみると、何だか真剣に悩んでいる様子。
 全く、そう考える問題でもないでしょうに、静かにしておきましょうか…って、元々声をかける理由は全くないわ。
「皆さん、考えてくださったでしょうか?」
 ずいぶん時間がたってから、ようやくクラス委員の子が声を上げた。
「では、これから紙を配りますので、そこにやりたい企画を一つ書いて提出してください。一番希望の多かったものを、クラスの出し物にします」
 って、またずいぶんと無駄の多い決めかたね…と、やはり私には関係ないからよいわ。
 そう、関係ないことは関係ないのだけれども、それでもやはり一枚の紙が私へも配られてきた。
 紙は配られてきても、特に意見はない…さて、どうしようかしら。
「あの、彩菜さん…」
 また、隣の席から声がかかってきた。
「もしよろしければ、私と同じものを書いていただけませんか?」
 そう言う彼女、すでにメイドカフェと書かれた紙を見せてくるけれど、どうして私がその様なものを…。
「これになったら、彩菜さんのメイド服姿が見られますわ…うふふっ、とっても素敵そうです」
「な、あ、貴女…っ」
 危うく大きな声を上げそうになったけれど、それにしても、全く何を考えて…!
「…悪いけれど、私は私の意見で出させていただく」
「そう、ですか…」
 そんなにしゅんとされても、こればかりは無理。
 といって特に何も考えていなかったのだけれども、大して、特に当日手間もかからないもの…ということでプラネタリウムにしておいた。
 そうして紙が回収されたところで、放課後を告げるチャイムが鳴った。
「あ…このまま学園祭の出し物を決めていきますので、ご協力お願いします」
 クラス委員はそう言うけれど、私は一人席を立った。
「えっ、あ、彩菜さん…?」
「悪いけれど、私は生徒会の仕事があるから、これで失礼するわ」
 今日は書類整理をする、ということは当初から決めていたことだし、それに…この場に私がいてもいなくても、そう変わらないでしょう。
 戸惑う白波さん、そしてざわめくクラスメイトたちを尻目に、私は教室を後にした。

「さて…今日はこのくらいかしら」
 一人きりの生徒会室、二時間ほど書類の整理を行ったところで軽くのびをした。
 今日は会合があるわけではないので私以外は誰もこず、遠くから部活動の声などが聞こえてくるくらいでとても静か。
 おかげで書類整理もはかどり、思っていたよりもはやく全てを終えることができた…最近の放課後は白波さんへ部活案内をしてあげたりと、なかなか時間が取れなかったものね。
 あれだけ案内をさせておきながら、結局彼女はどの部活にも入らない様子…全く、これでは私の苦労は何だったのかしら。
 けれど、その彼女も今はそばにいない…思えば、彼女が編入してきてからこれまでの間、ほぼずっと私についてまわってきていたから、学園内でこれだけの時間離れたのは、もしかするとはじめてかしら。
 私はこうした時間を望んでいた…はずなのに、なぜか心が晴れない。
「もう帰っている…わよね」
 私ももう帰るだけ…なのに、足は自然と教室棟の二階に向かっていた。
 私が教室を出て、もう二時間になる…さすがに廊下にも人の姿はない。
 けれど、二階へ上がって私のクラスへ近づくにつれ、人の話し声が聞こえる様になってきた。
 声の漏れているのは、やはりというか私のクラス…呆れた、こんな時間になってもまだ残っていたなんて。
 しかも、どうやらほぼ全員残っていそうな気配ね…そんな中、今までずっと私のそばにばかりいたあの子は、大丈夫なのかしら…。
 どうしても気になってしまって、つい扉の向こう側に対し聞き耳を立ててしまった。
「…では、主要な役割分担はこんな感じでいきたいと思います」
 聞こえたのはクラス委員の子の声…出し物の次の段階を決めていた、というところか。
「白波さん、大変だと思うけど、よろしくね」
「は、はい、頑張ります」
 と、これは南雲さんと白波さんの声だけど、何を言っているの?
「それにしても、白波さんはどうしていつも会長さんなんかと一緒にいるの?」「あぁ、それは私も気になります」「あんな人と一緒にいて、つらくありませんの?」
 私がいないと思って、ずいぶんと好き勝手なことを言ってくれているわね。
 けれど、彼女みたいな子が私などと一緒にいたら、あの様に不思議がられても仕方ないわ。
 そうよ、私よりも、今みたいに他のみんなと一緒にいたほうが、白波さんのためになる。
 私もずっとそう思ってきたこと…なのに、何故こんなに胸が痛むの?

 あれ以上聞き耳を立てるのがいたたまれなくなってしまい、逃げる様にその場を後にした。
「はぁ、はぁ…」
 息を切らせ駆け込んだのは、特別棟にある小さなスタジオの中。
 窓もない小さな空間だけど、外の音は届かず、中の音は漏れない、一人になるには最適の場所。
「私…私、どうしたというの?」
 息切れを何とか落ち着かせようとするけれど、心が全く落ち着かないからダメ…。
 心が落ち着かない理由…あの子のせい、というのは解っているわ。
 でも、どうしてあの子のことを考えると胸が痛むのか、それが解らないわ…。
 いえ、本当は解っているけれど、解りたくない…あえて目を逸らしているだけなのかもしれない。
『草鹿先輩は、あの編入生のかたとお付き合いをしていらっしゃるのですか?』
 ふと脳裏に浮かんだのは、今日のお昼休みに私へ告白をしてきた後輩の一言。
 もちろん実際にはそんなことはない…けれど、あれだけ毎日一緒にいると、そう見えてしまう人もいるみたい。
 もう二度と大切な人など作らない、そう決めた私にそんなことあり得ないのに。
「そう、あり得ない…なのに…!」
 今、あの子のことを思うと、胸が痛む…そばにいないほうが自然なことだというのに。
 この気持ちは、もしかして本当にあの子に対して…。
「…いえ、そんなこと、あり得ないわ」
 私が恋なんて、するはずがない…けれど、毎日構っているうちに情が移りはじめてしまった、くらいのことはあるかもしれない。
 そう、これはそれだけのことなのだから、きちんと距離を置く様にすれば問題ないわ。
「…くっ、どうして、そう思うだけで胸が痛くなるの?」
 そうするのが私のため、それに彼女のためでもあるでしょう…?
 痛みの収まらない胸へ手を重ね、大きく深呼吸しながら、ゆっくり目を閉じる…。
 気持ちは全く落ち着かないけれど、ここは私しかいない空間…全てを吐き出してしまえばいい。
 だから、私は歌を歌った…久し振りの歌は、想いも何もかも吐き出すため、とても力を込めてしまう。
 涙まで、あふれてしまって…けれど、これでもう大丈夫、よね。


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