第四章

 ―私の通う私立明翠女学園は、長い伝統を誇る小中高一貫型の女子校。
 ほとんどの生徒は初等部からずっと通い続けていて、中等部や高等部からは募集枠がわずか十人前後となってしまう非常に狭き門。
 高等部から入学した私は、その時点で少々異端の部類に入るかもしれない。
 さらに、私の使っている例の特例、成績上位を維持すれば学費等全て免除という制度、あれを利用しているなんていう生徒も他にはいないかもしれない。
 ここに通う生徒なんて皆お金には困っていないお嬢さまなのだからわざわざそんなことする必要ない…また、そうでない人はそんなリスクの高い方法は普通取らない。
 それをわざわざしているのだから、それだけで私は浮いた存在ということになるかしら。

「ごきげんよう」「ええ、ごきげんよう」
 朝、今日は並木道に立ったりしないで普通に登校…他の生徒たちが声を交わす中、私は無言で昇降口にて靴を履き替え…と、あら?
 上履き入れの中に一通の封筒が入っていたので、手に取ってみた。
 何の変哲もない封筒、とりあえず軽いから普通にあけてもよさそうだけれども、さて…。
「…まぁ、もしかしてラブレターですか?」
「って、なっ?」
 突然後ろから声をかけられたので、慌てて振り向いた。
「おはようございます、彩菜さん」
「え、ええ、おはよう…」
 そこにいたのは白波美月さん…ま、私に声をかける物好きは彼女くらいだと解ってはいるけれど、驚かせないでもらいたいわ。
「あの、彩菜さん、その手紙…」
「あぁ、これ? おそらく、貴女の思っている様なものではないわ」
 この様なところで話し込んでいては他の生徒の邪魔になるし、封筒を鞄へしまってさっと上履きへ履き替え昇降口を後にする。
「あっ、彩菜さん、待ってください」
 もう、そんな急いで後を追ってこなくてもよいというのに…。

「もう、ひどいです、彩菜さん。置いていかなくっても…」
「…知らないわ、そんなこと」
 教室で席につきつつ言葉を受け流すけれど、彼女が編入してきてもう一週間か…様子は相変わらずとしか言い様がないわ。
「あの、ところで彩菜さん…」
 本当に、今日も懲りずに声をかけてきて…。
「先ほどのお手紙、ラブレターではないのですか?」
 しかも、まだその様なことを気にしていたの…。
「ええ、おそらくね」
「えっ、おそらくって、中を見ていないのですか? それなのに、どうしてそんなことが解ると…」
 ま、それはこれまでの経験から、ほぼ確実に嫌がらせの類でしょう。
「よく解りませんけれど、中を読まないなんて、差出人のかたに失礼かと思いますわ…」
 そうかしら、少なくとも嫌がらせの類のものならば、むしろ相手のほうが失礼かと思うのだけれども。
「そこまで言うのであれば、貴女が読んでみなさい」
 鞄の中から先ほどの封筒をすっと取り出して彼女へ差し出した。
「えっ、そ、そんな、彩菜さん宛のものを私が見るなんて、できませんわ…!」
「私が構わない、と言っている」
 本当に読まなければ相手に対し失礼となるかどうか、自分の目で確かめてみるといいわ。
「わ、解りました、それでは…失礼いたしますわ」
 遠慮がちに封筒を開いて、中に入っていた手紙に目を通す彼女。
「わっ、こ、これは…あ、彩菜さん、お昼休みに講堂裏にきてください、とありますわ…!」
 ふぅん、呼び出しとは、久し振りね…ま、行くわけないけれども。
「そう…で、貴女はその手紙、読まなければ相手に失礼かと思ったかしら?」
「そんなこと…もちろんですわっ」
「…えっ?」
 ずいぶん力強い言葉に思わず顔を向けてしまうけれど、なぜか彼女の顔は赤くなっていた。
「どうしたと、いうのよ…?」
「いつもクールでかっこいい彩菜さんのことが、だなんて…やっぱり、見ているかたは見ているのですわ…」
「…な? あ、貴女、それを見せなさい」
 嫌な予感がしたので手紙を奪う様に手にして目を通してみたのだけれども…それは、どう読んでみても私へのラブレターだった。
 ま、まさかこちらだったとは…というか、この学園の人からならば同じ女の子からだと思うのだけれど、こんなことがあるというの?
「やっぱり、女子校でもこんなことがあるのですね…」
「な、何を言って…こ、この様なもの、忘れてしまいなさい」
 そこでチャイムが鳴ったのでまさにチャイムに救われたかたちとなったけれど、参ったわ。
 けれど、もしも私が思っていた様な内容であれば、また彼女がいらない心配などをしたでしょうし、これでよかったのかもしれない…いや、絶対によくないわ。

「…ごちそうさま」「ごちそうさまでした」
 お昼休み…学食の端のほうの席で私、それに向かい側に座る白波さんとが同時に箸を置いた。
 そう、結局あの日以来毎日この子と一緒に昼食を取ってしまっている。
 というより、学校にいる間はほとんどずっと私について回ってきているのではないかしら。
 本当、困ったことよね…と、いつもならばここで微笑みを浮かべ声をかけられるのに、今日の彼女は少しうつむいてしまっていた。
「…貴女、どうかしたの?」
 関係ない…はずなのだけれども、少し気になって声をかけてしまう。
「あ、あの、彩菜さん…これから、講堂の裏へ行かれるのですか?」
 そのあたりを散歩するのも悪くない…と、彼女がたずねているのはあのことか。
「いえ、行かないけれど」
「えっ、ど、どうしてですか? 朝のお手紙…」
「あぁ、行ったところで私の返事は決まっている。なら、行かなくても同じでしょう」
 結果、私へ手紙を出した人は私が冷たい人だと解って、おかしな幻想も崩れるでしょうから…そもそも、あの手紙が悪戯である可能性だって十分ある。
「そ、そんな、どうか行ってあげてください。どんなお返事でも、こないかたを待ち続けることほどにつらくはないと、私は思いますから…」
 こない人を、待ち続ける…。
「…解ったわ。仕方ないので、行ってきましょう」
 そのつらさを持ち出されると私もつらくなり、そう言ってしまうのだった。

「あっ、彩菜さん、お帰りなさい…その、お手紙のかたは、いらっしゃいましたか?」
「…ええ」
 事を終え教室の席へ戻ると、すかさず隣の席に座る白波さんが声をかけてきた。
「あの、それで、どう…いえ、何でもありませんわ…」
 なかなか遠慮なく物事をたずねてくる彼女も、さすがにそこまで遠慮を知らなかったわけではなかったみたい。
 そうね、これは貴女とは全く関係のない、私の問題なのだから…って、どうして私は潤んだ目で見つめられているのかしら。
「…きちんと会って、お断りをしてきた。それで、よいでしょう?」
「あ…は、はい」
 あぁ、私はまた…なぜかしら、この子にあんな目で見つめられると、弱いわ。
 しかも、なぜそこまでほっとした表情を見せてくるのかしら、全く…。
 ともかく、こんな私のことを好き、と言ってくる子がいたのには、驚き…悪戯というわけではなさそうだったわ、あれは。
 私が全てに冷たくしている理由は、大切な人などを作らないためだというのに…。


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