「では、今日はここまでです。皆さん、明日も元気にお会いしましょう…ごきげんよう」
 …ふぅ、やっと放課後になったけれど、何だか疲れたわ。
 お昼休みも、結局一緒に学食へ行くことになってしまったし…。
「彩菜さん、お疲れ様でした。今日はもうお帰りですか?」
 隣の席に座る白波さんが微笑みを浮かべて声をかけてくるけれど、誰のせいで疲れていると思っているのかしら、もう。
「あの、もしよろしければ、一緒に帰りませんか?」
 しかも、また疲れが増してしまう様なことを言われてしまった。
「…悪いけれど、私は行くところがあるから」
「あ、でしたら、そこまで一緒に…」
「…いえ、結構よ」
 すっと立ち上がって、彼女へ目を向けることなく扉へ向かった。
「あっ、待って…きゃっ」
 …って、彼女の声が小さな悲鳴に変わった?
 さすがに気になったので足を止めて後ろを振り向くと、彼女は見事に転んでしまっていた。
「い、痛いです…」
 泣き言を言いながらもその場にゆっくり立ち上がっている…大丈夫そうだけれど、よく見ると左ひざをすりむいてしまっていた。
「まぁ、どうしたんですの、あれ?」「草鹿さんが編入生をいじめていらっしゃるんじゃないの?」
 何をこそこそ…聞こえているし、転んだのは彼女自身のせいでしょうに。
「そ、そんな、彩菜さんは何も…」
 白波さんにもそれが聞こえていて、何か余計なことを言おうとしてしまっている…いけないわね。
「…貴女、こちらへいらっしゃい」
「えっ、あ、彩菜さんっ?」
 変なことを言われて面倒なことになってはたまらない…彼女へ歩み寄るとそのまま手を取って教室の外へ引っ張り出した。
「貴女ね、余計なことは言わなくてもよいの…解った?」
「で、でも、彩菜さんは何も悪くありませんのに、皆さんが…」
 廊下で手を放しつつ声をかけたけれど、この子は…私なんて、いくら悪く言われようが、関係ないでしょうに。
「…ともかく、保健室へ行くわ。ついていらっしゃい」
「あ…はいっ」
 どうして、そんな嬉しそうな声をあげるのよ…。

「さ、そこに座りなさい…傷の手当をしましょう」
 特別棟の一階にある保健室、ひざをすりむいている白波さんを椅子へ座らせた。
 本当は保健の先生に任せたいところなのだけれど、あいにく今のこの場には私と彼女の二人しかいないので仕方がない。
「あっ、そ、そんな、このくらい、絆創膏を貼っておけば…」
「その様に油断をしていると、痛い目を見るわ…と、もうすでに痛い思いはしていたわね」
「そうですね…ありがとうございます」
 少し笑いながら椅子へ座る彼女…さて、私は消毒液などを用意しましょう。
「あ、あの、彩菜さんは、クラスの皆さんと、仲がお悪いのですか?」
 私の背に、おそるおそるといった感じで声がかかってきた。
「…別に、私は一人でいたいだけ」
 その結果クラスのみんなによい感情をいだかれていない、ということでしょう。
 以前はそれでも南雲さんが声をかけてきたけれど、あの日以来それもなくなって…。
「どうして、そんなさみしいことを…」
 …なのに、この子はどうして私に付きまとおうとしてくるのかしら。
「関係ないでしょう、そんなこと」
「ご、ごめんなさい…」
 沈黙…気まずい空気が流れるけれど、私は気にせず必要なものを揃え、彼女の前にある椅子へ腰かけた。
「少し痛むでしょうけれど、我慢なさい」
「は、はい…っ」
 淡々と傷口の消毒を行う私…彼女のほうも痛みに耐えている様だ。
「あの、先ほど、彩菜さんはご用事があるとおっしゃっておられましたけれど…」
 と、消毒を終えたところでまた話を振られてしまった。
「部活か何かを、されていらっしゃるのですか?」
「…そんなところね」
 そうか、彼女はまだ私が生徒会長だということを知らないのね。
「彩菜さんの部活…う〜ん、合唱部とかですか?」
「…な、ど、どうしてそうなるの?」
 いきなり私の隠しているものを言い当てられたかの様な気持ちになり、どきっとしてしまった。
「あっ、もしかして当たっちゃいましたか?」
「い、いえ、全く見当外れな答えだったから驚いたのよ…どうして、その様なものが出てきたの?」
「えっ、彩菜さん、お歌がお上手そうでしたので…」
「…その様なこと、はじめて言われたわ。ともかく、私は歌など歌ったりはしない」
 少なくとも、人前では…ね。
 それに、そもそもこの学園には合唱部などないわ。
「そ、そう、なのですか…」
 妙にしゅんとされてしまったけれど、何だというのかしら…。
「…さ、手当ては終わったわ。今日はもう帰りなさい」
「あ、ありがとうございます」
 椅子から立ち上がりながらほっとする…これで、ようやく彼女から解放されるものね。
「けれど、その…彩菜さんの部活、見学させていただいてもよろしいですか?」
 なのに、彼女は立ち上がりながらその様なことを言ってきたわ。
「何を言って…悪いけれど、私は部活へ行くわけではないから」
「それでも、お願いします…それで、もしよろしければ、学園の案内もしていただけると、嬉しいです…」
「…どうして、私がその様なことを」
「ダメ…ですか?」
 うるんだ目でじっと見つめられてしまった。
「…す、好きにしたら、よいでしょう?」
 これまでそんな目で見つめられたことなどなかったから、少しうろたえてしまって…とっさにそんな返事をしてしまっていた。
 …って、な、好きにさせていいはずないでしょう?
「あ、ありがとうございます。では、ご一緒させていただきますわ」
 はっとしたときにはすでに遅く、彼女は満面の笑顔…くっ、してやられたわ。
「やっぱり、彩菜さんはおやさしいです」
「…な、お、おかしなことを言っていないで、案内をしてもらいたいのならば、はやくついてきなさい」
 私がやさしいだなんて、勘違いもいいところよ…そんなこと、はじめて言われたわ。


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