第三章

 ―いつの間にか暑さもなくなり、涼しさが感じられる様になった十月。
 体育祭も終わって、次に迎えるのは学園祭…だけれど、その前に中間考査が控えている。
 普段の授業をきちんと受けていれば問題ないと思うから特に試験勉強などはせず、寮の自室へ戻っても普通に本を読んだりして過ごしている。
 そうして夜も更け、そろそろ眠ろうかと思って本を閉じたのとほぼ同時に部屋の扉の開く音がして南雲さんが入ってきたけれど、私は視線を向けることをせず、一方の彼女も何も言わない。
 もう、プライベートでは一切口をきかない関係…そこまで、私たちの関係は冷え切っていた。
 夕食なども彼女は別の部屋で他の寮生たちと一緒に食べていて、この部屋にいることはほとんどなくなった。
 今日も、別の部屋で試験勉強でもしていたのでしょう…ま、関係ないし、以前の様に私に頼られることもなくなったから楽になったわ。

 余計なことにわずらわされずにすんで無事中間考査も終わって。
 試験が終わって気の抜けてしまった生徒もいるかもしれないから、今朝は並木道に立ってみることにした。
「お姉ちゃん、おはようございます」「いつもご苦労様です」
「ええ、おはよう」
 やや色づきはじめた葉も見られる並木道、初等部の生徒たちは変わらず無邪気に声をかけてくるけれど、高等部の生徒などは私の姿を見ると緊張した面持ちで通り過ぎていく。
 …ま、気を抜かず、あのくらい緊張感を持ってくれていれば、大丈夫かしらね。
「あっ、会長さん、オハヨウゴザイマース」
「…ええ」
 ラティーナさんは朝から元気ね…それに私が冷たい人だと解っているはずなのにきちんと挨拶をしてきたりといい子なのだけれど、深く関わろうとは思わない。
「おはようございます、草鹿さん」
「…おはようございます、先生」
 ラティーナさんが通り過ぎてすぐ声をかけてきたのは、制服姿であったら生徒にしか絶対に見えないアヤフィール先生だったのだけれど、なぜか私のそばへ歩み寄ってきて足を止めた。
「…あの、どうなさいましたか?」
「草鹿さん、最近表情がかたいです。生徒たちが怖がってしまいますよ?」
 …表情がそうなのは、昔からだと思うのだけれど。
「やっぱり笑顔が一番ですから、あまり気を張りすぎずに…ね?」
 やさしくその様なことを言われても、いつかの学食でのときの様に余計なお世話としか思えない。
 それに、笑顔だなんて…もう、どうすれば笑顔になれるのかなど、忘れてしまった。
「…ところで先生、そちらの人は?」
 私と同じ制服を着た、けれど見たことのない少女が先生の隣に立っているのに気づいた。
 しかも、私のことをちらちらと見て気にしている様子…何かしら。
「あっ、この子は…うふふっ、後のお楽しみです。また教室で、お会いしましょう」
 そう言い残し、先生は少女とともに歩き去ってしまった。

 その少女は一体何なのか…それは、すぐに判明した。
「皆さん、今日からこのクラスに編入生の子が入ることになりましたので紹介します」
 朝のホームルーム、教壇に立つ先生がそう言って教室へ招き入れたのが、先ほどの少女だった。
「はじめまして、白波美月と申します。皆さん、よろしくお願いいたします」
 …美月?
 その名前は、私にとって、特別な名前…。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4/5

物語topへ戻る