今日の会合はその後学園祭についての話へ移り、メインイベントを一週間後までに各々考えてくる、ということでまとまって散会。
「あっ、会長さん、それにラティーナさんも、待ってよ〜」
 外が薄暗くなる中後片付けも終えて生徒会室を後にしようとしたところで、美紗さんが駆け寄ってきた。
 それにしても、藤枝さんは本当に小さい…私、それにラティーナさんも百七十センチくらいとやや高めなこともあるけれど、本当に同じ高校生なのかと思ってしまうわ。
「お二人にみーさの書いた物語を読んでもらおうと思ったんだよ〜。今からいいかな〜?」
 どうして突然そんな…と、先ほどの体育祭の話のときにその様なことを言っていたか。
「悪いけれど、私は…」「ハーイ、ゼヒ読ンデミタイデース」
「うん、よかった〜。はい、それじゃこれだよ〜…新作だから、優子ちゃんも読んでみてよ〜」
「わぁ、本当? それは楽しみ…ありがとっ」
 断ろうとした私の声はかき消されてしまって、美紗さんが鞄の中から取り出した本が全員に配られた。
「…はぁ、全く、仕方ないわね」
 本を読むこと自体は嫌いではないし、席に戻って読んであげることにした。
 手にした本は薄めながら装丁はしっかりしている…他の二人が受け取ったものも全く同じものみたいだし、どうやって作ったのかしら。
 文芸部の活動はあまり把握していないのだけれども、なかなかすごいのかもしれないわ。
 表紙を見ると、かわいらしい感じの、けれどなかなか上手なイラストで二人の…片方は男にも見えたけれど、この学園の制服を着ているから、二人の少女のイラストね?
 では、この学園が舞台なのかしら…。

 藤枝さんが渡してきた、彼女が書いたという本の中は、イラストつきの小説だった。
 さすが文芸部部長ということで文章は問題なかったのだけれど…全て読み終えると、頭痛をこらえる様に本を閉じていた。
「あっ、会長さん、もう読み終わったんだ〜。どうだったかな〜?」
 それに気づいた藤枝さんがすかさず声をかけてきた…ちなみに、他の二人はまだ読んでいた。
「どうだったも何も、これは一体何…?」
 頭や胸の痛みをこらえながら訊ねる。
「何って、みーさの書いた百合な物語だよ〜」
「…貴女が書いた、などということは解っているわ。私が訊ねているのは、結局百合とは何か…いえ、それ以前に、どうして実在の生徒が主人公で、しかもあの様なことをしているの、ということっ」
「わっ、わわわ〜?」「えっ、あ、彩菜?」「ド、ドウシタンデース?」
 思わず立ち上がって声を荒げてしまった…それほど、私の心は苛立っていた。
 私の読んだ、つまり藤枝さんが書いた物語、それは高等部一年に実在する生徒、浅井智さんという子を主人公にしたものだった。
 浅井さんはとてもボーイッシュな雰囲気をした長身の子で、入学式の際は私も男と間違え怪しい人として呼び止めてしまった…物語の冒頭はそのシーンではじまり、つまり私も登場したわけだけれど、そのことで苛立っているわけではない。
 物語は浅井さんがこの学園で朝倉あゆみさんという同級生の少女と出会い、恋をして、最終的に結ばれる…つまりは女性同士の恋愛を描いたものだったの。
「会長さん、ガールズラブ、ツマリ百合トハ女の子同士の恋愛のコトを言うんデスヨ〜」
「なっ…何ですってっ?」
「わわわ、もしかして会長さんは、女の子同士の恋はおかしい、って考えちゃう人だったかな〜?」
「…そんなことないわっ」
 思わず強い声をあげてしまって、驚かれてしまった。
 …まさか、そんなことを指しているとは思わなかったけれど、落ち着きなさい、私。
「そんなことは、ないけれども…その様なこと、そう簡単に扱ってよいテーマではないでしょう」
「そ、そうかな〜?」
「そうよ、ましては実在する生徒をモデルにするなど、この当人たちが知ったら…」
「あっ、智さんとあゆみちゃんにはもう見せて、恥ずかしがってたけど喜んでもらえたよ〜」
 …えっ、喜んだなんて、ではその二人は本当にこの物語の様に…と、いうの?
「うんうん、そうだよ、みーさちゃんの物語に書いてもらったカップルは、みんな喜んでるみたいだよ?」
「ワーォ、私もイツカ書いてもらいたいデース」
 な、何よそれ…この学園には、物語にするほどたくさんのそういう人たちがいるとでもいうの?
「みんなが幸せになってくれたら、みーさも嬉しいよ〜」
「…ふざけないで。世の中、そんなに全員がうまくいくはずないでしょうっ?」
 気づいたら、藤枝さんをにらみつけて声を荒げてしまっていた。
 …くっ、気持ちが抑えられない…。
「とにかく、こんな物語、二度と私に見せないでいただける? では、お先に失礼するわ」
 苛立つ気持ちを何とか抑えて、皆が固まっている中、私は生徒会室を後にした。

「…よかった、誰もいないわ」
 もう暗くなった廊下を明かりもつけずに向かった先、そこは特別棟の二階、音楽室の隣にある小さなスタジオ…扉を開いて少しほっとしつつ、中へ入って一人の世界を作る。
 ここは窓もなく防音も完璧、そして利用する人の姿も少なくとも私が見た限りでは誰もいないという、一人になるにはうってつけの場所。
 校舎内の見回りをしていたときに偶然見つけた場所だけれど、まさかこの様なかたちで利用することになるとは、思ってもみなかった。
「何なのよ…藤枝さんも、南雲さんも、ラティーナさんも…」
 ここなら大丈夫…何とか抑えていた気持ちを吐き出す。
「あんな物語を読んで楽しんだり、書いたりするなんて…何を考えているのよ」
 百合だなんていって、女性同士の恋愛を、しかも実際にあったことを基にして…そう、実際にあったことを基にするなんて…!
「もう忘れることができたと思ったのに…また、思い出してしまったじゃない…」
 苦しくなってきた胸を、そっと手で抑える…。
 かつて、私にはピアノの上手な妹がいた…私は、その妹のピアノに合わせて歌を歌うのが、好きだったわ。
 その妹をあのことで失った後、ときどき一人で歌っていた…そんな私の歌を、笑顔で聴いてくれた少女。
『あやちゃんの歌、素敵やなぁ…大好きやで』
 あの子の声が脳裏に浮かぶ…。
 あのとき、私が彼女に抱いていた想い、今なら解る…あれは、私の初恋。
「でも、結局すぐに会えなくなったじゃない…」
 そう、被害者ぶるみたいで嫌だけれど、それでも…ずっと一緒にいられる関係なんて、あり得ないのよ。
 女性同士の恋愛だってそう、簡単に認められるものではないのよ…。
「あの子は、私の気持ちに気づいたから、去ってしまったのかもしれないのよ…」
 胸が締め付けられるように痛い…涙まで、あふれてきてしまう…。
「もう…そんな昔のこと、はやく忘れなさい…!」
 胸を抑えながら、自分に言い聞かせる。
 そう、藤枝さんたちが何と言おうと、誰もが大切な人と一緒になれるわけがないのよ。
 あんなつらい思いをするくらいならば、私は大切な人などいらない…あんなつらい思い、もうしたくないし、もう誰にもさせたくない。
 音色を重ね合わせてくれる人なんていらない…私の歌など、人に聞かせる様なものではないわ。

「あっ、彩菜、おかえり〜」
 心を何とか落ち着けて部屋へ戻ると、南雲さんが先に帰ってきていた。
「ちょっと遅かったけど、大丈夫? えっと、さっきのこともあるし、心配したんだよ?」
「…私のことなんて、心配しなくてもよいでしょう?」
「えっ、彩菜?」
「だから、私のことは放っておいてと、そう言っているの。解った?」
 冷たくそう言い放って、私は彼女に背を向けた。
 人との馴れ合いなんて、私には必要ない…私は、一人でいればそれでよいのだから。
 そうすれば、誰も傷つかないし、私だって傷つくことはないわ。


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