第二章

「あっ、おはようございます」
「ええ、おはよう」
 ―九月も中旬を過ぎ、まだ暑さも残る朝に並木道にて登校中の生徒たちを見送っていく。
 もちろん何も言わず通り過ぎていく人がいたりと、それは普段と変わらない光景…なのだけれど、少しだけ変化もあった。
「おはようございます、副会長…じゃなくって、会長」
「…ええ、おはよう」
 昨日から、私のことを会長と呼ぶ人が多くなった。

 昨日は講堂にて認証式があり、私は高等部の新しい生徒会長に任命された。
 同時に他の生徒会役員も正式に決まって、前会長の鷹司先輩たちは退任…っていっても、鷹司先輩は理事長なのだから、これからももっと高みからこの学園の運営に関わっていくでしょうけれど。
 カリスマ的な存在感を誇っていた前会長の後任、しかも私自身が色々とこの学園においては異質な存在であるのだから荷が重過ぎて少し気も重くなるけれど、しっかりしなくては。
 放課後は、さっそく新メンバーによる初の会合…資料などは昨日まとめたし、準備は万端ね。
 その日は日直と重なるというあまり幸先のよくない出だしだったけれど、とにかく日直の業務をさっさと終わらせて生徒会室へ入った。
「待たせたわね…と、あら?」
 中へ入るともう他のみんなはきていたのだけれども、なぜか部屋の端に集まっていた。
「あっ、彩菜、困ったよ〜」
 私に気づいた南雲さんが確かに困ったという表情で歩み寄ってきた。
「困った、って…どうしたの?」
「うん、それがね、今までずっと桔梗先輩が淹れてくれてたから、紅茶の淹れかたがよく解らないんだよ〜」
 …えっ?
 真顔で何を言うのかと思ったら…呆れたわ。
「紅茶がないと、何か問題?」
「そりゃ問題だよ。今まで会合の前にはお茶会してたんだし、それがなくなったらリラックスできないよ」
 …貴女はいつもリラックスしているでしょう。
「あぁ、おいしい紅茶とお菓子という至福の時間が…」
「…なくても問題ないわね。さっそく会合をはじめるから、全員座りなさい」
「えぇ〜、そんなぁ…」
 ものすごく不満げな声をあげられたけど、気にせず席につく。
 全く、お茶会なんて、生徒会の仕事とは全く関係ないでしょう。
「では、今日の会合をはじめましょう」
 渋々といった様子な南雲さんも含め全員が席についたところで、今まで鷹司先輩が仕切っていた会合を私が仕切りはじめる…ちょっと新鮮ね。
「新メンバーでの会合は今日がはじめてだけれど、さっそく今日から働いてもらうわ…よいかしら?」
「うん、大丈夫だよ〜」「ハイデース」「お手柔らかにね?」
 約一名情けない返事が混ざってたけど、気にしない。
「では今日は、来月に開催される体育祭及び、十一月に開催される学園祭について話し合います。まずは、体育祭だけど…」
「…チョット待ってクダサーイ」
 かなり片言な日本語でさえぎられてしまった。
「どうかしたの、ヴァルアーニャさん?」
「オーゥ、私のコトはラティーナと呼んでクダサーイ」
 明らかに日本人じゃないしゃべりかたをするのは、長い金髪をポニーテールにした、ものすごく肌の白い美少女…新しい生徒会会計となった、高等部一年のラティーナ・ヴァルアーニャさんだ。
 お察しの通り彼女は日本人ではなく、今年北欧からやってきた留学生。
「そう…で、ラティーナさん、どうかしたのかしら?」
「ハーイ、ソノ二つはドンナお祭りナンデース? 日本ノお祭り、楽シミデース」
 …はぁ、やっぱり私が危惧した通りじゃない。
 外国人にしては日本語が上手で、そして元気で明るいのはいいのだけど、そこまで日本の学校への知識がなかったら生徒会の仕事は厳しいでしょう。
 だから彼女一人が立候補したとき、私は止めたというのに…。
「…南雲さん、彼女に説明してあげてもらえるかしら?」
「えと、うん、解ったよ。えっとね…」
 やさしく説明するのなら、私よりも彼女のほうがよいでしょう。
「…ナルホドデース! 運動会とフェスティバルデスネ〜」
 解説の結果納得の声が上がったけれど、運動会は知っているのね…。
「…さて、ともかく、体育祭のほうはすでに一学期の時点でほぼ内容が固められているので、新役員は手元の資料を見て、何か質問があればどうぞ」
 全員が机に置かれた資料に目を通していく。
「う〜ん、ちょっといいかな〜?」
 ちょっと間延びした感じな声があがった。
「ええ、何かしら、藤枝さん?」
「うん、みーさが思うに、もうちょっと二人一組でペアを組む競技を増やしたほうがいいと思うんだよ〜」
 小学生にも見えてしまう低い身長やかわいらしい声、それに自分のことを「みーさ」なんて呼んでいる彼女は新しく生徒会書記となった、高等部二年の藤枝美紗さん。
 彼女は文芸部の部長も務めているため、書記には適任なのかもしれない。
「あら、それはなぜかしら?」
「うん、そのほうが百合な展開が増えそうだし…きゃ〜、きゃ〜っ」
 …藤枝さんが壊れた?
「落ち着きなさい…そもそも、それはどういう意味?」「百合…お花デスカ?」
「えっ、会長さんにラティーナさん、百合を知らないの〜?」「ラティーナさんはとにかく、彩菜も知らないなんて」
 そんなことを言われても、知らないものは知らないわ…常識なの?
 そういえば藤枝さんは天然百合少女、と呼ばれていた気もするけれど…いえ、やはり解らないわ。
「それじゃ、会長さんにはあとでみーさの書いた百合な物語を見せてあげるよ〜」
「それならいっそ彩菜を主役にしたお話を書いてみたら? ツンデレだし…って、デレ期はまだないか」
「オーゥ、会長さん、ツンデレさんデシタカー」
 …は?
 何を言っているの、この人たちは…私のことを言っているみたいだけれど、全くついていけない。
「う〜ん、でも会長さんはまだお相手がいないし、物語は書けないよ〜」
「…貴女たち、何の話をしているの。きちんと説明しなさい」
 意味の解らないところで自分の話題をされると気分が悪い。
「あっ、ソウデシタ〜、私ニモ百合の意味を教エテクダサーイ」
「う〜ん、えっと、ガールズラブ、って言えば解るかな〜?」
「あっ、ナルホドデース、ソレデシタラ解りマース。美紗さんはソンナお話を書くのデスカ、スゴイデース」
「そ、そんなことないよ〜」
 ラティーナさんは納得したものの私にはまだよく解らない…んだけど、あまりいい感じのものではなさそう。
「…関係のない話は、そのくらいにしておいていただけるかしら?」
 なので、厳しめの語調で皆を黙らせる。
「ともかく、その様な意味不明の理由で競技を変更するなど、考えられないわ」
 藤枝さんはしゅんとするけれど、甘やかすわけにはいかないわ。
「他に意見がなければ、体育祭のほうはこのままの予定で実施します。よいかしら?」
 全員意見なし、と…決まりね。
 けれど、こんなメンバーで生徒会を運営していけるのかしら…不安になってきたわ。
 せめて、一人でもまともな人がいれば…いえ、それは私のせい。
 南雲さんは新メンバーとして藤枝さんを連れてきた…けれど、私は結局誰もつれてくることができず、役員が一人欠員となってしまう、という結果となったのだから。


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