午後一時過ぎ、昼食も取り終えてちょうどよい時間になったので、特別棟の三階へ向かう。
 二学期の初日からすでに部活動がはじまっていて、外からは運動部のかけ声、同じ特別棟からは吹奏楽部の演奏音などが耳に届く中、三階にあるとある部屋の前にたどり着く。
 扉を開けると、冷房の冷気とともに独特の甘い香りが漂ってきた…これは、紅茶の香りね。
「あら、ごきげんよう、草鹿さん」「…こんにちは」
「はい、こんにちは」
 その部屋で出迎えてくれた二人の、ずいぶんとよく似た容姿の二人の少女と会釈を交わす。
 よく似た容姿なのは当たり前、そのお二人は双子の姉妹……だけれども、雰囲気は二人正反対。
「きたか、副会長。ま、座って紅茶でも楽しむといい」
 椅子に腰掛け優雅にお茶を楽しんでいた人にうながされ、私も席につく。
 鋭い視線の上に眼鏡をかけ、長い髪に抜群なスタイルとずいぶん大人びた雰囲気を出すその人は高等部三年の鷹司摩耶先輩で、高等部の生徒会長。
「…どうぞ」
 紅茶の注がれたカップを私の前に差し出すもの静かな雰囲気の人は、やはり三年で生徒会書記を務める秋月桔梗先輩。
「姉さん、それじゃ私たちもお茶を楽しみましょ?」
 そんなことを言って席につく、桔梗先輩に似た容姿ながらもこちらは明るい雰囲気をした人は、生徒会会計を務める秋月菊花さん。
「やっぱり、姉さんの淹れるお茶はおいしい…彩菜さんはどうですか?」
「はい、私もおいしいと思います」
 その部屋、生徒会室にいる四人でのんびり紅茶を楽しむ。
 …いや、別にお茶を楽しむためにここにきたわけじゃないんだけど、まだ人が揃っていない。
「あれっ、もう全員揃ってたんだ、はやいなぁ」
 私がやってきて二十分くらい過ぎた頃に生徒会室へ入ってきたのは南雲さん。
「きたか、副会長。ま、座って紅茶を飲むといい」
「あっ、ありがとうございます」
 …まぁ、全員揃っても結局まずはお茶の時間になるのだけれど。
 ちなみに、南雲さんも私と同じで生徒会副会長…だから、副会長って呼ばれるとどちらのことなのかよく解らなくなるときがあるわ。
「ん〜、おいし。桔梗先輩、もう一杯…」
「…そろそろ、今日の会合をはじめませんか?」
 隣の席でのんきな声をあげる南雲さんをさえぎる。
 ちょっと不満げな顔を向けられたけれど、子供じゃないんだから…。
「…ふむ、そうだな。では、今日の生徒会役員会合をはじめよう」
 カップを置く会長の声は相変わらず鋭く、場に程よい緊張感をもたらす。
 そんな会長は頭脳明晰、容姿端麗、しかもこの学園の理事長を務める鷹司家の若き当主でもあるという非の打ち所のない完璧な人で、まさに会長にふさわしい…っていうか、理事長でもあるんだから、とんでもないわね。
 秋月先輩もお二人ともその会長のメイドをしている、なんていう話もあるし、何ていうか…別世界ね。
「わざわざ二学期の初日に集まってもらったのは他でもない、今日は私が生徒会会長を退いた後の体制について話し合おうと思う」
「えぇっ、会長、辞めちゃうんですかっ?」
 南雲さんが驚きの声をあげるけど、三年生の会長がこのあたりの時期でその座を退くのは当たり前じゃない…とは、言い切れない面が確かにあった。
 何しろ会長は高等部進学と同時にその地位に就いたし、もう会長っていったらこの人、ってイメージが固まってるもの。
 後任となる人はやりづらいでしょうね…って、嫌な予感がする。
「私が退任するにあたり、無論桔梗と菊花も同時に役員を退くので、次期生徒会長は現副会長である彩菜か優子のいずれかから選ぼうと思うのだが…」
「それはもちろん彩菜が適任だと思います。私と違ってしっかりしてますし、立派に生徒会長をしてくれると思います」
 …あぁ、やっぱりそうなるのね。
 そりゃ確かに南雲さんでは色々と不安だけれども…。
「そうだな、彩菜はそれでいいか?」
「…はい、他に立候補者がおらず、そして皆さんが納得するのでしたら」
 正直、鷹司先輩の後任っていうのは荷が重過ぎて、また高等部からの途中入学者である、そしてお嬢さまでもない私がなるのはあまり気が進まないけれど、誰かがしなければならないものだものね。
 そう、誰かが…だから、他になりたいって人がいれば、その人がなればいいと思うわ。

 誰が会長になるにしても、三年生が三人抜けると役員が私と南雲さんだけになってしまう。
 だから、次期生徒会役員を新たに募ることになったから、今日はさっそくその立候補者を募るにあたっての色々な資料の作成などだ。
 会長は夏休みにおける部活動報告会へ出るので、秋月先輩がたを伴いそちらへ…こちらの業務は残った二人でする。
「ふぅ、もう疲れたよ…今日はこのくらいでいいんじゃない?」
 そんなことを言う南雲さんだけど、私の半分も仕事してないじゃない…。
「解ったわ、残りは私がしておくから、お疲れ様」
「もう、彩菜も終わればいいのに…まぁいいや。じゃ、先に帰って夕ごはん作ってるね」
 そうして彼女は呼び止める間もなくさっさと帰っていったけど…しまった、ちょっとこれは帰りたくなくなったわ。
 そのこともあり、また南雲さんがいないとかえって仕事がはかどったりして、一人で黙々と作業をこなしていくのだった。
「ふぅ、終了…っと」
 一息ついたところで窓の外を見ると、外はもう暗くなっていた。
 あ、もうこんな時間だったのね…どうりで、いつの間にか外がとても静かになっているはずね。
「さて、それじゃ…はぁ、帰るのは少し憂鬱ね」
 そんなことを言っても帰らなければならないのだけれども、それでもため息が出てしまう。

 さすがに二学期の初日となる今日は部活動などもはやく終わったみたいでもはや誰の姿も見えない校舎を後にして、街灯が等間隔に灯った並木道を歩いて帰路につく。
 暗い夜道は物騒だというけれど、学園の敷地内は部外者立入禁止になっているからそう心配ないわね。
 一方の学生寮のほうはもう食事の時間帯だから、廊下を歩いているといいにおいがただよってくるのだけれども…。
「…うっ、このにおいは…」
 明らかにそれらとは一線を画する様な強烈なにおいがどこからか漂ってくるのが解った。
 しかも、それは私が歩を進めるにつれより強く感じる様になってきて…その出所の解っている私はどんどん憂鬱になってきてしまう。
 …はぁ、やはりこうなっているか…。
「…ただいま」
 自分の部屋の扉を開けると、強烈なにおいが一気に襲いかかってきて思わずむせ返りそうになった。
 そう、においの発生源は私の部屋だったのだけれども、もちろん私は何もしておらず、全ての原因は…。
「あっ、彩菜、おかえり〜。遅かったね、もう夕ごはんは用意できてるよ?」
「え、ええ、そうみたいね…」
 部屋ではエプロン姿の南雲さんがテーブルの上に料理を並べていた。
 この学園の高等部学生寮には全ての部屋にバスやトイレだけでなくキッチンも備え付けられていて、生徒たちは学園の敷地内にあるお店で食材を購入して自炊することになっている。
 それは学生生活を終えるまでにしっかりとした生活能力を得られるようにという学園方針の一環として行われていることで、それ自体はよいことなのでしょうけれど…。
「それじゃ、さっそく食事にしよ? ほら彩菜、はやくはやく」
「…ええ」
 作ってくれた南雲さんには悪いけれど、気が重いわ…。
 これだから普段はなるべく自分で作ることにしているのだけれども、困ったわね…いえ、けっして彼女が料理下手というわけではないのよ?
「それじゃ、いただきま〜す」
「…い、いただきます」
 テーブルについて勢いよく食事をはじめる彼女に対し、私は目の前の料理を前に尻込みしてしまう。
 だって、今日の夕食の麻婆豆腐はもう真っ赤で、その見た目やにおいだけで想像を絶する辛さを持っていることが解るもの。
「ん〜、おいし。彩菜もはやく食べなよ」
 それを平然と口にしていく彼女にうながされ、仕方なく私も一口口にするけれど…。
「…っ!」
 や、やっぱりものすごく辛いじゃない…!
 しかも水も用意されていないし、空気は悪いし…私は水を用意して飲むのと同時に、冷房を切って窓を開けた。
「ちょっと彩菜、窓開けたら暑いよ」
「あ、暑いなら、こんな辛いものを夕食に出すのはやめなさい」
「え、全然辛くないでしょ、これ」
「…相変わらず、味覚が崩壊してるわね…」
 だから、学食も貴女とは一緒に行きたくないのよ…何でも辛くして、見ているこちらの食欲を削いでくれるのだから。

「ほら彩菜、夏休み中に出たこの新譜、聴いてみなよ」
「…遠慮するわ」
 何とか辛い食事もお風呂も終えたのだけど、口の中が痛くてあまりしゃべりたくない…。
「もう、彩菜にはこのよさが解らないのかなぁ。あ〜あ、学園にもこんな美声の持ち主、いないかな」
 ぶつぶつ言ってるけど、私が無視してベッドの上で持っていた本へ目を移すと、諦めて自分のベッドへ戻るとヘッドホンをつけて音楽を聴きだした。
 歌、ね…私は、聴くよりもむしろ…。
 …でも、私はもう…という以前に、こんなに口の中が痛いと、ちょっと無理ね…。


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