幕前

 ―幼き日、大切な人と引き離された私…草鹿彩菜。
 それ以来、母に対しても、同級生などに対しても…誰に対しても、心を開くことはなかった。
 そんな私だから当然学校でも孤立してしまうけれど、別に構わないって思ってた。
 彼女、彼らと話していても心が晴れることはなかったし、一人のほうがまだまし、って感じてしまったもの。
 ただ、母との関係から家にあまりいたくなかったのだけれど、周囲との関係もそんなのだから、友人のところに遊びにいくなんてこともできなかった。
 学校が終わったら、町の図書館などで時間を過ごす日々…そんな私があの場所へ向かったのは、本当にただの偶然からのことだった。

 ―そう、あれは晩秋のこと。
 すっきりと晴れ、空気も多少冷たいものの暑さよりは寒さのほうがまだ大丈夫な私にはちょうどいいくらいで時間も有り余っていたから、放課後は散歩をすることにした。
 でも、あまり大きくないこの町の市街地を歩いていると同級生に会ったりしそうで、それは何となく嫌だった。
 だから、町の中心にあるとても大きな、そして私には縁のないお嬢さま学校を横目に通り過ぎ、そのまま住宅地を抜けて山々の見える町外れへ向かっていった。
 町外れに広がる田畑はもうすでに刈り入れも終わって少し殺風景…人の姿も車などの姿も見られない。
 その先に見える山々を包む木々も、ある木は葉を明るく色づかせ、またある木はすでに葉を散らしてしまっていた。
 さすがに山の中へ分け入るのはつらいし、そろそろ引き返そうかと思ったのだけれど、そんな私の目にあるものが留まった。
「あれは…石段?」
 木々の隙間からかすかに見えたそれは、近づいてみると確かに上へのびる石段。
「こんなところに、何かあるの?」
 そもそもこんなところへきたのははじめてなのだけれど、少し気になったし、それに階段があるなら行ってみてもいいかなって、軽い気持ちで石段を上ってみた。
 結構古びた感じの、そしてなかなか長かったそれを上り切った先…。
「…こんなとこに、神社がある」
 木々の中に開けた小さな空間には、小さな神社があったの。
 とっても静かで、厳かな場所…町外れに神社があるなんて聞いたこともなかったけど、このひと気のなさを見ると、ここは忘れ去られた場所なのかもしれないわね。
「…いつか、瑞葉に会えますように」
 こんな場所に御利益があるとは思えなかったけれど、それでも一応社殿の前に立って拝んでおいた。
「それにしても、本当に静かね…」
 境内の中心に立って目を閉じるけれど、風もほとんどない今日、耳にはほとんど何も届かない。
 どちらかといえば田舎な私の暮らす町でも多少の音は耳へ入ってくるものだから、ここまで静かなんてことは本当にそうないことよね…。
「誰もいない、静かな場所…か」
 ふと、これまではしようと思ってもできなかった、とあることをしたくなった。
 それは多少なりとも人のいる場所ではとてもできないことだったのだけれど、ここは確実に誰もいないでしょうし…。
「そう、ね…」
 でもさすがに木々の中に開けた空間でそれをする気にはならず、社を囲む森の中へ足を踏み入れた。
 かすかに日の光の差す森に不気味な雰囲気などはなく、むしろ神秘的なものを感じて、それがより私を久し振りの気持ちにさせていく。
 少し森の奥までやってきたところで足を止めると、目を閉じて大きく深呼吸…。
 それから、私は…その場でとある旋律を口ずさみはじめた。

 ―私には、ほんの少し歳の離れた妹がいた。
 その子はピアノの演奏が上手で、私は妹にせがまれ、演奏に合わせ歌を歌っていた。
 歌うこと自体、嫌いではなくって…でも、ある日を境に私は歌わなくなってしまった。
 それは、妹がいなくなってしまったから…悲しみのあまり、私は歌うことをやめてしまったの。
 それから今までまともに歌うことはなかった…授業などでも、音楽に限らずあまり目立たない様にしていたから。
 でも、偶然見つけた一人きりになれる場所、そこで不意に歌ってみたくなって…実際に、本当に久し振りに歌ってみた。
 久し振りに私の口から発せられた歌声は、やはりあの頃のことを思い出してしまい、物悲しさのあるものになってしまった…けれど、歌うこと自体はやっぱり嫌いではないみたい。
 もっとも、妹以外の人の前などで歌う気になんて、やっぱりならないけれど…そう、それなのに。
「わぁ、すごい上手やなぁ…こんな素敵な歌声、はじめて聴いたで」
 歌い終えたところで不意に拍手、さらにはそんな聞きなれない子の声が届いたの。
 あまりに不意なことに固まってしまった私の前に、森の中から一人の少女が姿を見せた。
 ま、まさかそんなところに人がいて、しかも歌を聴かれてしまっていたというの…?
「そっ、そんなことない…!」
 とっても恥ずかしくなってきてしまって…思わず逃げる様にして、その場から走り去ってしまったのだった。


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