「『きゃんぱにらじお』、今日も聴いてくださってありがとうございます。パーソナリティは毎回おなじみの、桃井綾子役の石川麻美です…よろしくお願いします」
 事務所内の小さなスタジオに一人入って、webラジオの収録…毎回のことですけれど、リハーサルもなしに本番です。
 台本も一応あるものの中はいつもどおりのものだと思いますし…いずれにしても、自分なりに三十分という持ち時間を進行させなきゃいけません。
「毎回の放送のたびにお便りがたくさんきてて、本当にありがとうございます。もちろん、みんなきちんと読まさせてもらっています」
 うん、本当にたくさんきていて、中には厳しいご意見もありますけど、そうしたものもありがたいことです。
「よく、私が狙ってたどたどしい進行をしているんじゃないか、ってご質問をいただきますけど…はぅ、残念ながらあれが普通なんです」
 そして、そういうおろおろとした様子な私の進行がかわいい、とかそういうことで結構好評でもあるみたいなんです。
 台本があんな状態なのも、そうしたことを狙っていたというのでしょうか…私は本当に毎回とっても不安ですし、複雑な気持ちです。
 こうして話していると扉が開いたりする音が耳へ届くことがありますけれど、本番中にもスタッフさんの出入りがありますし、そんなことを気にしている余裕はありません。
 そうした出入りを除けば、ここにはずっと私一人…これは、はじめての収録から変わりません。
「お便りといえば、ゲストさんはこないのですか、なんてものもときどきいただきます。私も、夏梛ちゃ…う、ううん、ゲストさんがいらしたら、とっても心強いんですけど…」
 うん、これは本当に心からそう思います。
 あの子が一緒ならこんなにびくびくすることもないって思いますし、ただ純粋に嬉しい…。
「そんなそんなご要望にお応えして、今日は私…『Candy panic!』の主人公の佐倉響子役をさせてもらっています灯月夏梛がゲストでこさせてもらいました」
 と、不意にすぐ隣からそんな、今まさに思い浮かべていた子の声が届きました…?
「…えっ? あ、えと…か、夏梛、ちゃん…?」
「ですです、灯月夏梛です。麻美、私のこと、忘れちゃったんですか?」
 はっと隣を見ると、そこにはいつの間にか大好きなあの子の姿があったものですから…その夢みたいな状態に、固まってしまいます。
「…麻美? まさか、本当本当に私のことを忘れちゃった、なんて言いませんよね?」
 そんな状態になっちゃった私に、あの子はそう言ってきて…これ、夢じゃないんですよね?
「そっ、そんなこと、絶対あるわけないよっ。で、でも、どうして夏梛ちゃんがここに…わ、私、何にも聞いてないんだけど…!」
「全く全く、麻美ったら、本番中ですよ? まぁ、この間のお返しお返しです」
 それって、夏梛ちゃんのラジオ番組に私が出ちゃったことだよね…確かに今は立場が逆転しちゃってます。
「それにそれに、私は今回きちんとしたゲストできたんです…重大重大発表をするために」
「え、えっと…重大、発表?」
 はぅ、夏梛ちゃんがくることも、もちろんそんな発表も聞いていなくってあたふたしてしまいますけれど、何とか落ち着かなきゃ…!
「皆さんにご好評いただいたおかげで、『Candy panic!』がはやくもはやくも今冬に携帯ゲーム機へ移植移植されることになりました!」
「わ…」
 私が落ち着こうとしている間にあの子は重大発表をしちゃいましたけれど、それは確かに重大な…このwebラジオもそのためにはじまった、ということなのかな。
「このラジオではこれからこれからも随時そちらの情報をお届けしますから、楽しみ楽しみにしていてください」
 う〜ん、やっぱり夏梛ちゃんは私とは違ってしっかり進行しています…。
「でもでも、まずはまずはこちらを発表…ずいぶんずいぶんご要望の多かった綾子さんルートが今回追加追加になるみたいです。さらにさらに、初回版にはその綾子さんルートなドラマCDもついてくる予定になってますので、気になるかたは買ってくださいね?」
「…って、えっ? か、夏梛ちゃん、それって本当っ?」
 落ち着きかけたかと思ったらまたあたふたしちゃいましたけれど、だって、今のあの子の言葉って…幸せになってもらいたいって、でも諦めていた子が幸せになれる、っていうことなんですよね…!
 しかも、何気なくドラマCDも、なんて言っていますし、驚かないというのが難しいです。
「全く全く、こんなことで嘘をつくはずないですよ?」
「わぁ…夏梛ちゃんっ」
「…むぎゅっ! ちょっ、あ、麻美ったら、しゅ、収録中です…!」
「あっ、ご、ごめんね、夏梛ちゃん。とっても嬉しくって、つい…」
 思わずすぐ隣にいたあの子をぎゅってしちゃいましたけど、はっとしてゆっくり離します。
 そうです、今は皆さんに聴いていただくものの収録中なんです…何とか気持ちを抑えなきゃ。
「あの、皆さん、ありがとうございます。私自身、自分で演じていて綾子さんは絶対に響子さんのことが好きだって感じていましたけれど、それがこうしてかたちになったのも皆さんのおかげです」
 うん、このラジオにも綾子さんルートがほしい、っていうお便りは結構きていましたし、皆さんそう思ってくださっていたことが嬉しいです。
「わわっ、麻美、何も何も泣くことはないと思うんですけど…!」
 と、気づいたら自然と涙があふれちゃってましたけど、もちろんこれは嬉しいから…。
 綾子さんの想いが届くこと、それにそれを私の大好きな子の声で知ることができたこととか…。
「う、うん、夏梛ちゃん…綾子さんと響子さんも、私たちに負けないくらい幸せになるといいね」
「はわはわっ、あ、麻美ったら何を何を言ってるんです…! 他の他の登場人物のかたがたも、ですっ!」
 涙を拭って微笑みかける私に、あの子はちょっと慌てちゃいます。
 そんなかわいい彼女を見ていると、やっぱり緊張とかそういう気持ちより、幸せな想いのほうが大きくなってきます。
 いつか、この大好きな人と、こうしてラジオでも毎回一緒にやり取りできたら素敵です、とまで思ってしまいます。
「うふふっ、うん、そうだね、夏梛ちゃん。じゃあ、今日は最後までお付き合い、よろしくお願いします」
「で、ですです、こちらこそです」
 お互いに微笑み合って、一緒にラジオの進行…うん、今はこの時を大切にしなきゃ。
 夏梛ちゃんと一緒にいられる、そして一緒にお仕事できる幸せ…聴いてくださる皆さんにも届いちゃうでしょうか。
 私の、そして夏梛ちゃんの想いも二人一緒で、これからも変わらないんですから、それもいいですよね。
「…夏梛ちゃん、大好きっ」
 ですから、私は…大好きな人へ、満面の笑顔を向けるのでした。


    -fin-

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