終章

「今日は夏梛ちゃんが帰ってきますから…何事もなく、元気な姿で会えますように…」
 ―季節は確実に流れ、髪をなびく風に清々しさを感じる様になった中、私はあの神社で大切な人の無事を願います。
 やっぱりあの子は東京などでのお仕事になることが多々あって、私がこちらでお留守番のときには毎日ここへお参りする…これが習慣になっています。
「あっ、今日もきてるね、アサミーナちゃん。かなさまがいないからって、泣いてない? 泣きたいなら、私の胸の中で泣いてもいいよ?」
 と、お参りを終えて私へ声をかけてくるのは、巫女さんの装束を身にまとった朱星さん。
「もう、そんなことありません…大丈夫ですよ?」
 うん、少しの間でまたすぐに会えるのですし、それに電話やメールで連絡を取り合ってもいますし、何より私たちは強い想いで結ばれているんですから、さみしくない…といえば嘘になりますけれど、我慢はできます。
「そっか、やっぱり大好きな子の胸の中じゃないと泣けないのかな。アサミーナちゃんがかなさまに泣きついてるとこ、私も見たかったなぁ」
「わっ、そ、それは、えっと…!」
 悪戯っぽい笑顔を浮かべる朱星さんの言葉に、私は赤くなっちゃいました。
 そう、あの日…街中で私が夏梛ちゃんに泣きついちゃったところはやっぱり少なからぬ人たちに見られていて、さらに場所が声優の養成所の前だったことから私たちのことを知っている生徒さんもいて、そういった人たちから話が広まっちゃったみたいなんです。
「そんなに恥ずかしがらなくってもいいじゃない…それだけ二人の仲がいいっていうことなんだし。これからもお幸せにね」
 あの光景は様々な憶測を呼んだみたいですけれど、その後の私たちのお仕事での様子から、ラブラブな証の一つとして受け取ってもらえたみたいです。
「はい、ありがとうございます」
 ですから、私も笑顔でうなずき返すのでした。

「あっ、アサミーナちゃん、いらっしゃい。いつものと、お昼ごはんでいいかしら」
「こんにちは、美亜さん…はい、よろしくお願いします」
 お昼前には落ち着いた雰囲気の喫茶店へ行って、そこの店員さん…藤枝美亜さんに笑顔で迎えていただきました。
 かつて夏梛ちゃんのラジオ番組で紹介された愛称…「アサミーナ」や「かなさま」といったものはもうすっかり定着したみたいで、そう呼んでくる人がずいぶん増えました。
「先日の『きゃんぱにらじお』も聴かせてもらったわ。アサミーナちゃん、相変わらずかわいかったわよ?」
 夏梛ちゃんのいない日はここでお昼ごはんを取ることが多くって、そのときは美亜さんとお話ししながらになります。
 やっぱり他のお客さんの姿はないんですけど、それは私みたいな百合なお話を聞ける人がくる際には美亜さんにはそれが解って、他のお客さんがこない様にしている、というのですけれど…色々不思議です。
 もっとも、それがいつものことになっていますから、そう気にはなりません…けれど。
「そ、そんな、前回も放送の進行に詰まったりしちゃいましたし、そんなことないと思うんですけど…」
「そんなことないわ、アサミーナちゃんの魅力が出ていてよかったし…それに、リスナーさんからの評判もいいんでしょう?」
「は、はい、それは一応そうなんですけど…」
 私たちが話しているのは、例の…夏梛ちゃんへ泣きついてしまった原因となったwebラジオのこと。
 私はあれを失敗だって思ったんですけど、美亜さんの言葉通り初回の放送から評判はよくって…私にはちょっと信じられないんですけど、でもあの子の言葉通りだったということになるんでしょうか。
「うふふっ、だったら、もっと自信持っていいと思うわよ?」
 でも、そう言われてもなかなかそういう気持ちにはなれないのでした…。
「かなさまは、今日の午後に帰ってくるのかしら」
「はい、これからwebラジオの収録があるんですけど、その後に会うことになっているんです」
「そう、それはよかった…でも、今日のアサミーナちゃんはいつも以上に嬉しそうだし、またお泊りのデートでもするのかしら」
 あっ、やっぱり解っちゃうみたい…美亜さんになら、言ってもいいでしょうか。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、数日後に夏梛ちゃんと学園祭ライブをすることになっているんです…私立明翠女学園で」
「…あら? それって、私たちの母校ね」
 そうなんです、ついこの間まで通っていた学校へこの様なかたちで、しかも大切な人を連れて戻ることになったんです。
「あっ、美亜さん、妹さんに言ったりしないでくださいね? 一応、サプライズゲスト、という扱いになっていますから」
「ええ、解ったわ。でも、お二人のライブが見られるなんて…私も、今年は母校の学園祭へ行ってみようかしら」
 あの学校には、美亜さんの妹さんの藤枝美紗さんなど、私がお世話になった人がいますし、懐かしくなってきました…ライブが終わった後にでも、会うことができれば嬉しいです。

 午後はwebラジオ収録のため、事務所へやってきます…もう何度か収録を行って公開もされているとはいえ、緊張してしまいます。
「あっ、麻美ちゃん、こんにちは。その様子だと今からwebラジオの収録かな…そんな緊張しないで、これでも食べてリラックスして、ね?」
 そんな様子で廊下を歩く私に声をかけてきたのは、事務所の先輩の山城さん…私へ歩み寄ってくると、お菓子を差し出してきます。
「あっ、えと、ありがとうございます、山城さん」
「むぅ〜っ…もう、麻美ちゃん? 私のことは『センパイ』って呼んでほしいなぁ」
「あ…えと、ごめんなさい、山城センパイ」
「うん、よろしいっ。サクサクサク…」
 お菓子を食べながら微笑む山城さ…山城センパイの姿に、緊張感が少しずつほぐれていきます。
 思えば、webラジオをはじめて収録した直後、山城センパイには失礼な態度を取ってしまったのでした…けれど彼女はそれを気にしてないと言ってくださった上、むしろ心配してくださったり、本当にいい人です。
「サクサク…あっ、そういえば前に受けたオーディション、合格したんだって?」
「あっ、はい、これも山城センパイのおかげです…ありがとうございました」
 ここで話題に出たのは、以前センパイと一緒に探したオーディションのこと。
「ううん、麻美ちゃんの実力だよ。ゲームもあるんだっけ…主人公の声に選べるらしいし、買ってみちゃおうかな」
「わっ、それは、あまり無理はしないほうが…!」
「そうかな…とにかく、おめでと。それに、収録も頑張って…っと、それじゃ、私は里緒菜ちゃんの様子でも見に行こうかな」
 そんなことを言って山城センパイは歩き去り、私もいよいよ収録です。
 うん、今日も何とか、聴いてくださる皆さんのためにも頑張らないと。


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