結局、私と夏梛ちゃんの二人は待ち合わせ場所でした公園へ戻ってきちゃいました。
 そこのいつものベンチへ座って…私は、今日の収録のことを彼女へ話します。
 本番中にはじめて開いた台本には企画のメインテーマ名しか書いてなくって、あとは全てアドリブでする様に指示されていたこと。
 それを見た瞬間に頭の中が真っ白になっちゃって、どうしたらいいのか解らなくなってしまって、そんな状態のまま収録を終えてしまった、ということ。
 そうした状態でしたから、とってもおろおろ、おどおどとしたものになってしまった、ということ…。
「はぅ、せっかくのラジオなのに、そんなことになっちゃって…やっぱり、情けないよね…」
 話しているうちにあのときの情景を思い出しちゃって、しゅんとなってきます。
 全ては私の実力不足からきていることですし、これじゃ夏梛ちゃんに怒られても仕方ないですよね…。
「麻美…麻美、そんな、落ち込まないでください」
「わ…」
 と、すぐ隣に座る夏梛ちゃん…私をやさしくなでてきます?
「はじめてはじめてのラジオ、しかもしかも一人きりでのものだったんですし、それにそれに誰だって失敗失敗はあります」
 正確にいえばラジオは二度めだったんだけど、あのときは夏梛ちゃんがいたから台本がなくっても大丈夫だったんだよね…。
「それにそれに、麻美は麻美なりに頑張ったんですよね? でしたらでしたら、やっぱりやっぱりそう落ち込むことはありません」
「う、うん、夏梛ちゃん…」
 あの子になでられて、そしてやさしい言葉をかけてもらって、また色々な気持ちがあふれそうになります。
「…麻美ったら、また泣きそうです。ここは誰もいないいないですし、思いっきり泣いて泣いてもいいですよ?」
「はぅ…も、もう、夏梛ちゃんったら。もう、大丈夫だよ?」
 甘えたい気持ちもありましたけど、夏梛ちゃんとこうして一緒にいて、あのことも話せましたから、もう泣くのは抑えられます。
「でも…ラジオは、やっぱり残念だよ。あんなことになっちゃって…聴くのを待っててくれてる皆さんに申し訳なくなっちゃうよ」
「あっ、麻美もちゃんとちゃんとリスナーさんのことを思っての収録はできたみたいですね。私たちは声を届ける皆さんに夢をあげるお仕事ですから、これからも忘れないでくださいね?」
「うん…」
 まだただ憧れる存在でした頃から、私にとっても声優さんは確かにそういう存在でした…だからこそ、やっぱり今日のことは…。
「…それにそれに、です。失敗失敗だなんて思っているのは、案外案外麻美だけなのかもしれませんよ?」
「…えっ?」
 まだ少し落ち込み気味な私への彼女の言葉に思わず首をかしげちゃいました。
「だってだって、そんなにそんなにひどいひどい収録だったんでしたら、収録し直しになったりしないとおかしいおかしいですよ?」
「あ…えと、そう言われると、そう、ですよね…」
 でも、収録終了後、スタッフのかたからそういう話は全く出ませんでした。
 怒られるとかそういうこともなくって、普通にお疲れさま、とかそういう言葉をかけられただけ…。
「ですからですから、問題問題なかったんじゃないでしょうか。私だって、はじめてのラジオ収録のときは一人で不安不安で色々心配心配しちゃいましたし、まして台本がそういう状態だったのは何か何か意図的なものを感じますし、あれこれ考えるのはwebラジオが公開されてリスナーさんたちの反応がきてからでいいと思いますよ?」
「う、うん、そうだね、夏梛ちゃん…私の考えすぎだったの、かも」
 さらに彼女にそこまで言われては、台本の意図、というのが気になっちゃったもののうなずくしかありません。
「ですです、ですからですから元気出してくださいね? でもでも、泣き虫さんな麻美もかわいかったですけど」
「わっ…も、もう、夏梛ちゃんったら…」
 そんなこと言われたら、恥ずかしくなっちゃいます。
「ではでは、そろそろ行きましょうか」
 顔を赤くしちゃった私を見て微笑んだ夏梛ちゃん、ゆっくり立ち上がります。
「うん…あっ、ちょっと待って」
「どうしたんですか?」
 立ち上がりながらも呼び止める私にあの子は不思議そうにこちらを向きました。
「うん、夏梛ちゃん…今日は、本当にありがと。夏梛ちゃんのおかげで…元気、出たよ?」
「そ、そんなのそんなの…す、好きな人の力になりたいって思うのは当然当然のことなんですから、お礼なんていりません…!」
 さっきまでの私よりも赤くなっちゃったかもしれない彼女…もう、かわいいんですから。
「うん、だから、もし夏梛ちゃんに何かあったら、そのときは私を頼ってね? 私も、夏梛ちゃんの力に、支えになりたいから」
「あ、麻美はそばにそばにいてくれるだけで十分十分支えになってくれてるんですけど…わ、解りました」
 恥ずかしげな彼女の言葉は、私にとってもそう…そばにいてくれるだけで、あのときのラジオのときも、それにユニットのお仕事とかも、私の実力以上に頑張れている気がします。
 何より、そばにいられる…そのこと自体が幸せなことすぎて、もっとそのことを感じるため、ぎゅっと彼女を抱きしめます。
「夏梛ちゃん…これからも、ずっとそばにいてね…?」
「むぎゅっ、麻美…もちろん、もちろんです」
 その想いを改めて誓い合うため…私たち二人、あつい口づけを交わしました。

「あぅあぅ、お外であんな…少し少しやりすぎたかもです。恥ずかしい…暑い暑いです」
 まだまだ日中は暑く、私は日傘を差しますけれど、その下の二人は暑くっても腕を組んじゃいます。
「そういえば、さっき声優の養成所があったけど、夏梛ちゃんはああいうところには通ってたの?」
 改めてデートをはじめるために公園を後にした中、ふと気になったことを訊ねます。
「あれっ、麻美に言ってませんでしたっけ?」
「ううん、夏梛ちゃんの過去とか、私からは訊ねないことにしてたから…って、今つい聞いちゃったけど」
「まるでまるで、私にとんでもない過去があるみたいです…その言いかただと」
「わっ、えと、そういうことじゃなくって…!」
「…冗談冗談です。それにそれに、私の過去なんて…麻美の心配心配してる様なことは何も何もありませんよ?」
 やっぱり、夏梛ちゃんには私の考えていることなんてお見通しみたい…ですけど、そんな彼女の表情や声に少し陰りが出た様にも感じられました。
「夏梛、ちゃん…?」
「…実は私、麻美に会うまで他人に興味ありませんでしたから」
「…えっ、夏梛ちゃん、それって…」
「えとえと…」
 とっても意外な言葉に思わず聞き返してしまいましたけれど…いけません。
「でも、私には興味持ってくれたんだ…嬉しいな」
「えっ、麻美…?」
 きっと彼女はもっと過去のことを話そうとしてくれたんだって思います。
 でも、明らかに辛そうですし、さっきの私の落ち込みとは違って無理をして話すことはないものだって思います…夏梛ちゃんが心から話してもいい、そう思ったときに聞けばいいですよね。
「大好きだよ、夏梛ちゃんっ」
 過去のことが気にならない、といったら嘘になりますけど、夏梛ちゃんには今このときの幸せを大切にしてもらわなくっちゃ…それを伝えるため、さらにぎゅっと寄り添っちゃいます。
「あぅあぅ、麻美ったら…」
 それが伝わったのか、あの子は赤くなりながらも微笑んで…。
「ま、全く全く、あんまりあんまり街中でぎゅってしちゃダメダメですっ。た、ただでさえ、麻美は目立つんですから…!」
 でも恥ずかしさが増しちゃったのか慌てられちゃいました…って?
「もう、何言ってるの、目立つのは夏梛ちゃんのほうだよ? 私なんてこんな地味だし、まわりの人なんて夏梛ちゃんのことしか目に入ってないんじゃないかな」
 夏梛ちゃんってときどき自分のかわいらしさに対する自覚が薄くなっちゃってるのかな…それに、私は目立たないっていうのが特技みたいなもののはずなのに。
「それは服装のせいじゃないですか? 麻美は普通の普通の服装でもはっきりはっきり解る美少女ですし…は、はわはわっ」
「わっ、そ、そんなこと…!」
 まるで私の思っていたことと同じ、でも立場だけ逆にした様なことを言われて、お互いに真っ赤になってその場に足を止めて固まっちゃいます。
 もう、そんなことないですし、恥ずかしい…ですけど、あの子がそう言ってくれるのは、とっても嬉しいことでもありますよね。
 だって、それだけ私のことを意識してくれている…好きだって思ってくれている、ということなんですから。
「…行こっか、夏梛ちゃん」
「で、ですです、今日は麻美にもゴスいおよーふくを着させてあげますから、覚悟覚悟しておいてくださいね?」
「わっ、それは…やっぱり、夏梛ちゃんが着なきゃ似合わないって思うよ?」
 私と夏梛ちゃん、再び腕を組んで歩きはじめます。
 これから先、何があってもこうして二人、一緒に歩んでいける様に…恋人としても、そしてお仕事のほうでもそうできる様に、頑張らなきゃ。


    (第6章・完/終章へ)

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