第六章

 ―九月に入ったものの、まだまだとっても暑い日が続く中。
「夏梛ちゃん、今回のお仕事もお疲れさま。ラジオ、今回はお家でしっかり聴かせてもらったよ」
「ありがとうございます、麻美」
 夕方に入って暑さも幾分和らいできましたので窓を開けているマンションの一室…私の部屋で、すでにお料理の並んだ食卓を挟んで私と夏梛ちゃんが言葉を交わします。
 今日はお仕事で数日間お仕事へ行っていた夏梛ちゃんが帰ってきましたので、私のお家での夕食にお誘いしたんです。
 そして、私の作ったお料理を食べながら、離れ離れになっていたときにあったことを語り合います。
「夏梛ちゃんの愛称はやっぱり『かなさま』とか『カナカナ』が多かったみたいだね」
「麻美のほうは…『アサミーナ』、ですか? 私たちのはじめのユニット名な『kasamina』からきてるみたいですけど、なかなか悪くないんじゃないでしょうか」
 先日の夏梛ちゃんのラジオ番組では、以前に私がお邪魔させていただいた際に募集をした、彼女と私の愛称についての紹介があって、いずれも夏のイベントのときに耳にした呼び名が出てきたんです。
 アサミーナ、というのはやっぱりあのときの子が出してくれたのかな…?
「麻美にまたきてもらいたい、ってお便りも結構結構あったみたいですし、また一緒に一緒に出演できるといいですね」
「うん、夏梛ちゃん。そのときはよろしくね」
 さすがに今回は私にあちらでのお仕事の予定が全くなかったこともあって、こちらで帰りを待っていました。
 さみしくない、といえば嘘になりますけれど、でも別荘でのお泊り以来私たちの絆がより増したから大丈夫…また、あまり無理はせず、夜には電話やメールでやり取りもする様になりました。
「麻美のほうは…いくつかいくつかのオーディションがあったんでしたっけ。どうでしたか?」
「うん、自分の力は出せたって思うから、あとは結果を待つだけかな」
 この間探した、私に受けられそうなオーディションたち、如月さんの許可も得ていくつかすでに受けていたのでした。
 受けてみたのは、アニメのサブキャラの役とか…。
「そういえばそういえば、あれ…麻美が剣術なんて意外意外な特技があるなんてことが判明判明した原因になったRPG作品のオーディションのほうもあったんですか?」
「あっ、うん、一応…迫力ある声を出そうって心がけてたら素の声でお願いします、なんて言われちゃったけど、大丈夫かな…」
「ほんわかほんわかした声な主人公候補がいてもおかしくおかしくないですし、きっときっと大丈夫です」
 うん、もしそうなら、別荘でのお泊りが終わった後も神社の森の中をお借りして剣術の真似事みたいなお稽古をしてきた甲斐があったのかも。
「それにしても、その剣術もそうですし、麻美って意外意外と何でもできちゃいますよね…感心感心しちゃいます」
「わっ、そ、そんなこと…ただ単に受けた習い事が多いだけで、それにほとんどは本当にただかじった程度で大したことないんだよ?」
「う〜ん、そうですか?」
「うん、自分で少しは得意かも、って言えるのは幼い頃から続けてたバイオリンくらいだし、今のお仕事に役立つものはあんまりないのかも…」
 踊りも少しだけしてましたけど、あれは日本舞踊でしたし…あっ。
「でも、お料理とか家事全般は、夏梛ちゃんのお嫁さんをするのに役に立ってるかな」
「なっ、ななっ、何を何を言ってるんです…!」
 真っ赤になっちゃったかわいい夏梛ちゃんに、お家のことなら何でもしてあげられる…習い事には将来父の跡を継いだりするためのものに加えて花嫁修業って面も大いにあったっぽくってその頃は困りましたけれど、今まさに彼女のお嫁さんということで役に立っていますし、これは父に感謝しなくっちゃ。
「夏梛ちゃん、はやく私のお家にこればいいのに」
「はわはわ、そ、それは、ちゃんとちゃんと考えてますから…!」
 あのお泊りの日にお願いしたことの答えは、まだもらえていません。
 お仕事などの関係もありますし、なかなか難しいかもしれませんけれど…でも、私の心の準備はできています。
 夏梛ちゃんは実家暮らしだっていいますし…あっ、そうです。
「じゃあ、今度は私が夏梛ちゃんのお家にお邪魔させてもらっちゃおうかな」
「あぅあぅ、そ、それはまた次の次の機会で…それよりそれより、もうすぐあれの収録があるんですよね?」
 って、私はまだ一度も夏梛ちゃんのお家に行ったことがないのに、また話をそらされちゃいました。
 いずれはお嫁さんとしてご挨拶をしなきゃいけませんけれど、今はお仕事上のパートナーって紹介にとどめてもいいと思いますし、恥ずかしがらなくってもいいのに…なんて、私が同じ立場でもやっぱり恥ずかしかったり不安にもなっちゃうと思いますから、無理強いはできません。
「…もうもう、麻美? あれの収録、あるんですよね?」
「あっ、う、うん、もうすぐ…ちょっと緊張しちゃいます」
「全く全く…でもでも、この間のを除けば麻美にとってはじめてはじめてのラジオ収録ですし、しょうがないですね。そうはいっても、この間は全然全然大丈夫だったんですし、あんまり不安不安になることはないと思います」
「う、うん、ありがと、夏梛ちゃん」
 私たちが話しているのは、私たちのデビュー作となったゲームのwebラジオのこと…そう、私がパーソナリティを務めることになったあれです。
 一方、この間の、というのは私がお邪魔した夏梛ちゃんの番組のことですけれど、あれは彼女が一緒にいたから大丈夫だっただけで…。
「…全く全く。収録はいつなんです?」
 さっきまでとは一転、緊張気味の私にあの子はため息をついちゃいました。
「えっと、第一回の収録は今日からだと…五日後のお昼前から、かな」
「えとえと、その日でしたら…私も午後には帰ってこられますし、収録が終わったら一緒に一緒にお出かけしませんか?」
「…えっ? 夏梛ちゃん、それって…デートのお誘い?」
「そ、それは、えとえと…と、とにかくとにかく、行くんですかっ?」
「もう、そんなの…喜んで行かせてもらうよっ」
 あの子からのお誘いということ自体もそうですし、それに私のことを気遣ってくれたことも嬉しくって、満面の笑顔になっちゃいました。
「本当本当、しょうがないんですから…収録はしっかりしっかりしてくださいね?」
「うん、もちろん」
 夏梛ちゃんの期待にも応えたいですし、それに…私のことを応援してくださるかたもいらっしゃるんですから、本当にしっかりしなきゃ。
 そう、かつて素敵だって憧れていた存在に、今の私はなっているんですから。
「解って解ってもらえたみたいでよかったよかったです」
「うん、それで、夏梛ちゃん…今日は泊まっていってくれる?」
「はわはわっ、も、もうもうっ、本当本当に解ったんでしょうか…!」
 うふふっ、安心して……今は二人きりの時間だから夏梛ちゃんのひとときを大切にしたいって思ってるだけで、お仕事のほうも頑張るから。
「そ、それにそれに、麻美のお部屋って私のポスターが貼ってあったりしてとってもとっても落ち着きませんし…あれ、剥がしちゃいません?」
「うふふっ、それはダ〜メ」
 あれは夏梛ちゃんファンとしては当然のことなんだもの…でも、夏梛ちゃんもずっとここで暮らす、ってなったら考えようかな?


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