「すやすや…」
「うふふっ、夏梛ちゃんの寝顔、かわいい…」
 ―翌朝、私のほうが先に目が覚めて、すぐ隣で眠るあの子の寝顔を堪能しちゃいました。
 夏梛ちゃんは昨日遊び疲れたためか、それともこれまでのお仕事の疲れが出ちゃったのか、しばらくやさしくなでなでしてあげても全く起きる気配がありません。
 でも、私はもうすっかり目が覚めちゃって…一緒にはいたいですけど、ここはこのままゆっくり、今までの疲れを取ってお休みしてもらったほうがいいですよね。
「夏梛ちゃん、私は一足先に起きてるけど、ゆっくりお休みしてね」
 軽く口づけをして、彼女を起こさない様に静かにお部屋を後にしました。
 私は朝食の準備…ううん、その前にちょっと外をお散歩してこようかな。
 別荘の裏手から外へ出て、朝日の射す砂浜へ…今日もお天気は快晴でとっても暑くなりそうですけど、今はまだ過ごしやすいです。
 砂浜には私以外もちろん誰もいなくって、穏やかな波が打ち寄せる音が響くだけ…本当に、私と別荘の中にいるあの子の二人しかいない世界に感じられます。
 このままここでずっと二人きりでいたいのですけれど、そういうわけにもいかなくって…声優やアイドルとしての彼女の活躍もやっぱり見たいですし、私もそちらでも一緒に歩める様に頑張らなきゃ。
「うん…よしっ」
 私の実力はまだまだ夏梛ちゃんには遠く及びませんし、お休みといっても自主練習を怠ってはいけません…夏梛ちゃんが起きるまで、練習しましょう。
 この砂浜はかなり開けた場所ではありますけれど、幸い誰もこないところでもありますし、周囲に民家などもありませんから安心です。
 では、何の練習にしましょう…先日、webラジオへの出演が決まりましたけれど、それの練習というのもよく解りませんし、ボイトレに徹するか、それとも…。
「…あ、そうです」
 と、砂浜に落ちていた木の枝を見て、あることを思いつきました。

「…たぁっ! やぁっ!」
 砂浜で一人、木の枝を手にし、それを構えて声をあげながら振ってみます。
 私は昔から色々な習い事をしていて、そういえば剣術などもほんの少しだけしたことがありましたから思ったよりは身体が動きます…と、もちろん剣術のお稽古をしているというわけではありません。
「…せいっ!」
 なおもかけ声をあげつつ枝を振りますけれど…やっぱり、難しいです。
 う〜ん、もっと勇ましかったり迫力のある声が出ないといけないでしょうか…。
「あ、麻美…?」
「やぁっ…えっ?」
 と、そんなことをしていると後ろから声がかかってきた気がしましたので手を止めて振り向くと、そこにはいつの間に起きたのか夏梛ちゃんの姿がありました…けれど。
「ごめんなさいごめんなさい人違いでした」
「わっ、夏梛、ちゃん…? 人違いって、何が…?」
 あたふたとおかしなことを言われちゃうものですから、こちらも戸惑っちゃいます。
「いえ、私は何も何も見ていません。朝起きたらいなくなってた麻美が見えない何かと戦っているだなんて知りません!」
「わっ、か、夏梛ちゃん、私は誰とも戦ってないよ…!」
 お互いあたふたしちゃいますけど、さっきまでの私ってそんな風に見えちゃってたんですね…。
「麻美…わ、私を消す気なんですね…? 殺られる前に…」
 しかも混乱した様子でそんなことを口走って…そんな!
「だ、だから、どうしてそうなっちゃうのっ? わ、私が夏梛ちゃんに何かひどいことをしちゃうなんて、絶対にないことなのに…!」
「…ほ、本当本当ですか?」
 不安げに私を見つめる彼女は涙目になっちゃってました。
 目覚めたら私がいなくって、しかも見つけたらあんなことをしていたりしてて、とっても不安に…恐いくらいになっちゃったのかな。
「もう、そんなの…当たり前だよ?」
 そんな彼女を見て気持ちを抑えられるはずもなく、安心してもらうためにもぎゅっと抱きしめます。
「むぎゅっ…う〜、麻美…」
 夏梛ちゃんからもぎゅっと抱きついてきて…本当に、かわいいんですから。

「それで…結局結局、麻美は何をしていたんですか?」
 しばらくぎゅってしてあげてすっかり安心してくれた夏梛ちゃん…名残惜しげに身体を離した後、そうたずねてきました。
「うん、えっとね、いくつかオーディションを受けることにした、っていうのは説明したよね。さっきのはそのうちの一つの練習で…」
 そんな私が受けようとしているそれは、ゲーム…RPG作品の主人公候補の声。
 いわゆるキャラメイクによるたくさんの声の中の一つになりますから、色んなタイプの声があるわけで…せっかくの機会ですし、挑戦してみることにしたんです。
「あ〜…なるほどなるほどです。どういう作品なんですか?」
 そんな説明を聞いて、あの子も納得してくれたみたい。
「えっと、うん、普通に剣と魔法の世界のお話で…それで、そういう作品の声って、戦闘時のものがメインになるからかけ声とか多いよね。でも、そういう声って普段出さないからあんまりイメージがつかなくって…それで、こうして実際に武器を振っている感覚で声を出して練習をしてみてたの」
 これって、実際にやってみるとやっぱり普通の台詞より難しいです。
「それで、こんなお休みの日の朝から…。麻美は勉強家ですね…えらいえらいです」
「わっ、か、夏梛ちゃん…」
 夏梛ちゃん、背伸びをして私の頭をなでなでしてくれるものですから、心の中がほわんとなっちゃいます。
「で、でも、そんな、えらくなんてないよ? ただ経験や想像力が欠如しているだけだって思うし…」
 だからこそ、ああして身振りを入れて練習をしていたわけですし…。
「そんな、そんなことはないですっ!」
「わっ、わわっ、夏梛ちゃん…う、うん、ありがと」
 と、あの子が強く声をあげながらさらになでなでしてくれるものですから、ちょっと照れちゃいます。
「そうですそうです、私にも手伝えることはないですか?」
「えっ、夏梛ちゃんに手伝ってもらうなんて、もったいないよ…!」
 せっかくのお休みの最中なのにそんなことを言ってくれるなんて、その気持ちだけで嬉しくって思わずそうお返事します。
「そ、そうですか? 麻美の役に立てると思ったんですけど…ごにょごにょ」
 わっ、しゅんとされちゃいました…ここはお言葉に甘えたほうがいいのかも。
「えっと、それじゃ、その、夏梛ちゃんの演技を見せてもらえると嬉しいかな…あっ、もちろん夏梛ちゃんがよければ、だけど…!」
「私の演技ですか? 例えば例えば、何をすればいいですか?」
「う〜ん、例えばダメージを受けて悲鳴をあげる声…って、えっと、これは別に夏梛ちゃんの悲鳴を聞きたいからじゃなくって、そういう声って普段あげる機会なんてないからやっぱり難しそうで…!」
 言っている途中でそんなことに気づいてあたふたしちゃいました。
「なるほどです、確かに確かにそうですね、難しいです…って、麻美にそういう趣味が?」
 そう、収録時にも相手がいるわけじゃないですし、それを本当に痛そうにとか感じさせないといけないんですから…って!
「だ、だから、そうじゃなくって…純粋に難しいからで…!」
「冗談冗談です。で、どうしましょう…ある程度設定を決めて決めてください」
「も、もう、夏梛ちゃんったら、ならいいんだけど、設定って…う〜ん、それじゃ、戦闘不能に陥ったときの声とか、かな…?」
「戦闘不能…またまた難儀ですね」
 う〜ん、夏梛ちゃんでも難しいって感じちゃうんですね…でも、ああいうゲームですと絶対にあるはずですし…。
「ではでは…」
 ちょっと心配にもなる中、彼女は大きく深呼吸をして…。
「つ…ぅ、たすけ、て…」
 消え入りそうな声をあげ、同時に倒れこんでしまいます…!
「…って、わっ、か、夏梛ちゃん、大丈夫っ!?」
 不意のことに慌てて彼女を抱きとめます…と。
「もうもう、麻美ったら…演技ですよ?」
「あっ、そ、そうだっけ…やっぱり夏梛ちゃんの演技が上手で、思わず本当に苦しそうに感じられちゃったよ」
「そんな、大げさ大げさなんですから…」
 そっと身体を離しますけど、でも本当にそう感じられたんですから。
「あっ、そうだ、夏梛ちゃんもこのオーディションを私と一緒に…って、夏梛ちゃんなら受けなくってもお呼びがかかったりするのかな」
「そんなことは滅多に滅多にないですよ? 声優なんてたくさんたくさんいるんですから」
「う〜ん、そうなのかな…でも、夏梛ちゃんはその中でも特別だって、私は思うんだけど」
「全く全く、私もまだまだ新人ですのに」
「それでも…私の中では、一番なのっ」
 また想いがあふれちゃって、ぎゅっと抱きしめちゃいます。
「むぎゅ…わ、わわっ」
「私が、夏梛ちゃんの一番のファンでもあるんだから、ね…?」
「全く全く…です」
 彼女はちょっと呆れた様子にも見えましたけれど、照れちゃってるみたいです。
「あっ、でももちろんファンである以前に…一番大切な、大好きな人でもあるけれど、ね」
「全く全く…もうもうっ! やっぱりやっぱり素直すぎるんですから…!」
 今度はそっぽを向かれちゃいましたけれど、その顔は真っ赤になってます。
「夏梛ちゃん…もう、かわいいんだから」
 とっても愛しい想いに包まれて、なでなでしちゃいます。
「もうもう、麻美のほうがかわいいですよ?」
 と、夏梛ちゃんからもまた私のことをなでなでしてきます。
 私が彼女よりかわいい、とはとても思えませんけれど…こうしているのが幸せで、しばらくそのままでいちゃいました。


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