第五章

 ―東京でのお仕事も無事に終えた私たちは、ようやく私たちの暮らす町へ帰ってきました。
 町に着いたのがまだお昼過ぎのことでしたから、如月さんと別れた後、約束を果たすべく夏梛ちゃんを連れてあの場所へ向かいました。
「そう…この子が夏梛ちゃんなのね。はじめまして」
「は、はい、はじめまして。何だか何だか、麻美がお世話になっているみたいですけど…」
 よい香りの漂う店内で夏梛ちゃんと初対面の挨拶を交わすのは、訪れた喫茶店の店員さんをしていらっしゃる藤枝美亜さん。
「うふふっ、私は何もしていないわ。今、こうして麻美ちゃんと夏梛ちゃんが二人一緒にいるのも、二人の想いの結果だもの…素敵よね」
「あぅあぅ、な、何だか何だか恥ずかしいんですけど…」
 私たちを微笑ましげに見る美亜さんに夏梛ちゃんは少し顔を赤らめてしまいます。
「もう、夏梛ちゃんは相変わらずかわいいんだから…美亜さんも、そう思いますよね?」
「ええ、もちろん…それに、麻美ちゃんと夏梛ちゃん、とってもお似合いの二人ね」
「わぁ、ありがとうございます」「え、えとえと、ありがとうございます…」
 とってもかわいくって素敵な彼女に私じゃちょっとつりあわないかも、とは思っちゃうんですけど、でもああ言われると嬉しいものですよね。
 そんな私たち、席につかせてもらってお食事を注文…お昼ごはんを食べにきたわけですけど、同時にあの約束、つまり夏梛ちゃんと一緒にこのお店へくる、ということも果たしたんです。
「もきゅもきゅ…おいしいおいしいです。雰囲気もいいですし、素敵な素敵なお店ですね」
 夏梛ちゃんも気に入ってくれたみたいだし、よかった。
「そう、では昨日のライブも無事に成功したのね。二人のライブなら息もぴったりでしょうし、私も見てみたいわ…神社であったイベントに行けばよかったわね」
 ただ、例によって他にお客さんがいなくって、美亜さんは私たちと同じ席について私たちの話す昨日までにあったことを微笑ましげに聞いています。
「でも、向こうでも二人とも幸せに過ごせたみたいで、本当によかった。麻美ちゃんが少しはやく会いに行って、やっぱりよかったみたいね」
「はい、おかげさまで夏梛ちゃんのラジオに出演できましたし、それに…」
「はわはわっ、そ、それ以上は言わなくってもいいです…!」
「うふふっ、何があったのかしら…でも、言えないことなら内緒にしておいてもいいのよ」
 そんなことを言う美亜さんは私たちと同じくらい幸せそうで、百合な関係の人を見ていたりするだけで幸せ、というのは本当みたいです。
「それで、二人はこの後どうするのかしら?」
「あっ、はい、数日お休みが取れてますから、夏梛ちゃんとデートをして過ごそうかな、って…夏梛ちゃんから誘ってくれたんです」
「あ、麻美、そんなそんな余計余計な一言はつけなくってもいいです」
「うふふっ、それは素敵ね…数日ということは、お泊りとかもするのかしら?」
「はい、それも考えているんですけど、まだどこに行くのかも決まってなくって…私は、夏梛ちゃんの行きたいところならどこでもいいんですけど…」
「私だって、麻美の行きたいところでしたらどこでもどこでもいいですし、麻美が決めて大丈夫大丈夫ですよ?」
「もう、だから私は夏梛ちゃんと一緒ならどこででも…」
「もうもうっ、私だって麻美と一緒でしたらどこでもどこでも…」
「…うふふっ、二人とも本当に仲がいいわね。そうね…今は夏なのだし、やっぱり夏らしいところがいいんじゃないかしら」
 お互いに遠慮しちゃう様子を美亜さんに微笑ましげにされて、お互い少し赤くなっちゃいますけれど、その美亜さんはそんな私たちにアドバイスをしてくださいました。
「夏…夏ですか。夏といえば、月並み月並みですけど、山とか…」
 夏梛ちゃんはそう言います…けれど、そうです、もっといい場所があります。
「海とかのほうがいいんじゃないかな」
「うふふっ、そうね、私もそちらがいいと思うわ」
 私の提案に美亜さんも賛成してくださいました…うん、この間も夏梛ちゃんと一緒に海とかに行けたらいいな、って考えましたものね。
「う、海ですか? でもでも、水着なんて持ってませんし…」
「うん、そんなの私も持ってないけど、今から買いに行けばいいと思うよ?」
 少し及び腰な彼女ですけれど、その水着姿を想像しただけでどきどきしちゃいますし…うん、やっぱり海がいいですよね。
「…麻美は、そんなにそんなに海がいいんですか?」
「うん、夏梛ちゃんがよかったら、そうしたいな」
 そんな私の心を見透かしたあの子がじぃ〜っと見つめてきますので、笑顔でうなずきます。
「全く全く…仕方仕方ありませんね。麻美がそう言うんでしたら…私も、いいですよ?」
「わぁ…夏梛ちゃん、ありがとっ」
「…むぎゅっ! は、はわはわ、あ、麻美ったら、美亜さんがいますのに…!」
 嬉しくって気持ちを抑えきれず、思わずすぐ隣に座る彼女を抱き寄せちゃいました。
「うふふっ、私のことは気にしなくっても大丈夫…二人とも、楽しんでいらしてね。あっ、まずは水着を用意するのが先かしら」
「あっ、はいっ、ありがとうございますっ」
 あの子を抱きしめたまま、美亜さんにうなずくのでした。

 お休みは海へ行くことにした私たち、お互いに水着を持っていないこともあって、美亜さんのお店を後にしてまずはそちらを用意することにしました。
「わぁ、こんなにいっぱい…夏梛ちゃんにはどんなものが似合うかな」
 やってきたのは市街地にあるデパートの水着コーナー…もう八月も半ばを過ぎているためかお客さんはそういませんけれど、色々な種類の水着に目移りしちゃいます。
「えとえと、それじゃ、私のものは麻美が選んでくれますか?」
「…えっ、夏梛ちゃん、いいの?」
 普段のおよーふくも色々選んで着せ替えてあげたいくらいですから、本来でしたらとっても嬉しいことのはず…なんですけど。
「な、何です何です、そんな不安不安そうにして…むぅ〜、私みたいな幼児体型な子の水着なんてあるのかとか、そういう心配心配でもしちゃってるんですか?」
「わっ、そ、そういうことじゃないよっ?」
「じゃあ、どういうどういうことなんですか?」
 やっぱり私の様子の変化はすぐ気づかれちゃうみたいですけど、ふくれちゃう夏梛ちゃんもかわいい…って、そうじゃなくって。
「えっと、私って今まで人のはおろか、自分の水着もこうして買ったことがないですから…ですから、ちゃんと夏梛ちゃんに似合うものを選んであげられるかどうか、不安になっちゃって…」
 そう、学生時代は夏休みも日々声優になるための練習に明け暮れていましたし、それに一緒に行く様な人もいませんでしたから…。
「全く全く、そんなこと気にしてたんですか? そんなのそんなの、麻美のセンスで決めてくれれば問題問題ないと思うんですけど…それともそれとも、やっぱり選ぶのやめておきます?」
「わっ、う、ううんっ、私に決めさせてっ。夏梛ちゃんに似合うの、しっかり選ぶからっ」
「もうもう、そんな力まなくっても…全く全く」
 うん、今まで経験がなくっても、これを着てもらえたら素敵、っていうのを選べばいいだけのこと…何も不安になることなんてありません。
「じゃあ、私のは夏梛ちゃんが選んでくれるかな?」
「あぅあぅ、わ、私がですか? わ、私も人のを選んで選んであげたことなんてないですけど、それでもそれでもいいんでしたら…」
 あっ、夏梛ちゃんにとっても誰かのを選ぶ、っていうのははじめてなんだ…ちょっと、嬉しくなっちゃったかも。
 もちろん私に異論なんてあるわけなくって、お互いに着せてあげたい水着を探すことにしました。
 並べられた水着を物色していきますけれど、やっぱり彼女にはかわいいものが似合いますよね…そのかわいいものでもたくさんありますし、これは目移りしちゃいます。
 これを夏梛ちゃんが着てくれるなんて…はぅ、想像しただけでどきどきしてきちゃいます。
「…麻美、麻美ったら」
「…はぅっ? か、夏梛ちゃん、どうしたのっ?」
 いけません、完全に妄想の世界に入り込んじゃってたみたいで、あの子のすぐそばからの声にびくっとしちゃいました。
「何です何です、驚きすぎなんですけど…とにかくとにかく、そのその、やっぱりやっぱり、海に行くのはやめてやめておきませんか?」
「…えっ? そ、そんな、突然どうしたの?」
 そして彼女の言葉にさらに驚いちゃいましたけれど、見るとその彼女は何だかとっても不安そうで、すぐにでもぎゅってしてあげたくなっちゃうくらい…。
「夏梛ちゃん、何かあったの…? 遠慮なく言ってみて…ね?」
 店内ですのでさすがに抱きしめるのは我慢しましたけれど、でもやさしくなでてあげながら声をかけます。
「あぅあぅ…そのその、私と麻美、ここで選んだ水着を着て、海に行くんですよね?」
「うん、そうだけど…」
「そのその、海ってやっぱりまだまだ人も多いって思いますし…麻美の水着姿、他の人に見られるって思うと…」
「…あ」
 その一言に、私も重大な問題に気づいてしまいました。
 まだまだ夏休みの続くこの時期、海水浴場などに人がいないなんてことはあり得ませんし、そうなると夏梛ちゃんの水着姿が他の人に見られちゃうことに…。
「わっ、そ、そんなの嫌だよっ」
「で、ですです、ですからですから海は中止中止にしましょう!」
 夏梛ちゃんはとってもかわいいですから周囲の注目を浴びるに決まってますし、水着姿でしたらなおさらで…彼女をそんな好奇の視線にさらすなんて、嫌に決まっています。
 アイドルなのにそんなこと、とはいってもプライベートの場ではやっぱりなるべくそうしたことは避けたいですし、このまま彼女の意見に同調しそうになります…けれど。
「…あっ、待って。いい方法が浮かんだから、やっぱり海に行くことにしよ?」
「えっ、でもでも…」
「絶対にそういう心配のない場所に、心当たりがあるから…ね?」
「ま、まぁ、麻美がそこまでそこまで言うんでしたら…」
 まだ少し不安げな彼女ですけれど、私が微笑むと一応納得してくれたみたい…うん、大丈夫だよ。
「それにしても、夏梛ちゃんも私の水着姿を他の人に見られたくないとか思ってくれてたなんて、嬉しいな」
「べ、別に別に、そんなの…あ、麻美は、私のものなんですから…」
「わ…」
 少し顔をそらして、そして小さな声でしたけど確かに今、顔を真っ赤にしたあの子の最後の言葉まで聞こえました。
「…うん、私、夏梛ちゃんのものなんだからっ」
「むぎゅっ、はわはわ、あ、麻美、お店の中ですのに、えとえと…とっ、とにかくとにかく、麻美に似合う水着を探して探してあげますから、覚悟覚悟しておいてくださいねっ?」
「うん、夏梛ちゃんっ」
 あんなことを言ってくれたことが嬉しくって、それにあんなことを気にしたりするのもかわいらしく、もう愛しさが抑えきれなくって結局我慢できずぎゅっとしちゃったのでした。


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