第5.6章

「えとえと、今日の麻美の予定はアニメのアフレコでしたっけ」
「うん、夏梛ちゃんのほうはラジオの収録だったよね」
 ―もうすぐ八月も終わりを迎えようとしている中、私たちはお仕事で東京へきています。
 朝ごはんを食べようと、泊まっているホテルにあるレストランへ向かいながらそんな会話を交わします。
「夏梛ちゃんメインのラジオ番組だなんて、やっぱりすごいよね」
 私もこの間少し飛び入り参加しちゃいましたけれど、デビュー間もない声優がメインの番組を持っているなんて本当にすごいことです。
 私のほうの収録はモブキャラのものですし…ううん、もちろんそれでもしっかりやらなきゃなんですけど、もっと夏梛ちゃんにお仕事の面でも近づける様に頑張らなきゃ。
「何を何を言ってるんですか、麻美だって主役なラジオ番組、決まった決まったじゃないですか」
「えと、でもあれは、あくまで私じゃなくって私が演じてる役な子の…」
「もうもう、それでもそれでも演じてるのは…つまりつまりパーソナリティをするのは麻美じゃないですか」
「う、うん…」
 私たちが話しているのは、半月ほど前にあったイベントで発表されたこと…私たちのデビュー作なゲームのラジオ番組がはじまるにあたり、そのパーソナリティを私が演じてたサブキャラでした子がする、ってなったことです。
 しかもその子、冬に出るといいます携帯機版ではメインキャラになるといいますし、これは頑張らなきゃです。
「とにかくとにかく、今日はばらばらでの行動になりますけど、お互いお互い頑張りましょう」
「うん、夏梛ちゃん」
 離れ離れはさみしいですし一人ですとやっぱり少し緊張したりもしてしまいますけれど、お仕事ですから仕方ありません。
 それに、お泊りは二人一緒のお部屋にさせてもらっちゃったりしていますし…うん、ですから大丈夫です。

 お仕事は別々になっちゃいますけど、その前の朝ごはんはもちろん一緒にしますから、二人でレストランへやってきます。
 他にも宿泊客と思われるお客さんたちがいましたけれどそれほど多くはありませんし、私たちは空いている席へ座ろうと…。
「…あれあれっ?」
 …したのですけれど、その前に夏梛ちゃんが何かに気づいた様子で足を止めました?
「夏梛ちゃん、どうしたの?」
「はい、あそこにいる子って、確か確か…」
 夏梛ちゃんが目を向けるのは、一人テーブルについてお食事をしている女の人。
 長い黒髪をしてクールな雰囲気を漂わせた美少女さんでしたけれど、どこかで見たことが…あっ。
「あの子って、私たちと同じ事務所の片桐里緒菜さん、ですよね」
「ですです、あの子もこっちにきてて、同じ同じ場所に泊まっていたんですね」
 す、そこにいらしたのは私たちと同じ事務所に所属する声優さんでした。
 まだ高校生と年齢は私たちよりも下ですけれど、声優になったのは私たちよりも少し前となりますから先輩さんとなります。
「いい機会ですから、少し少しご一緒してみましょうか」
「…えっ、夏梛ちゃん?」
「だってだって、同じ同じ事務所の、しかもしかも一番デビュー時期も年齢も近い子なのに、今までちゃんと話したことありませんでしたから」
 う〜ん、せっかくの夏梛ちゃんとの二人きりの朝ごはんが…。
 でも、夏梛ちゃんの言うことも解ります…以前の片桐さんは事務所へほとんどいらっしゃいませんでしたし、最近はそうでもないながらいつも山城さんとお話ししていらっしゃいますから。
「…う、うん、夏梛ちゃんがそう言うのなら」
 私がうなずくと夏梛ちゃんは片桐さんのテーブルへ向かいますから、私も後についていきます。
「あのあの、ここに座って座ってもいいですか?」
「え、他に席はたくさん空いてるのに何言って…あれ? 貴女たちって…」
 そばに歩み寄った夏梛ちゃんの声に反応してこちらを見る片桐さん、一瞬固まります。
「…え〜と、灯月夏梛さんと石川麻美さん、よね。何、二人もこっちでお仕事?」
「ですです、それでここにきましたら片桐さんがいましたから、お食事ご一緒しようと思いまして」
「どうしてそんなこと思うのよ…めんどくさいわね。貴女たちは二人でいちゃいちゃしていればいいと思うんだけど」
「あぅあぅ、わ、私たちは別に別にそんな…!」
 夏梛ちゃんはあたふたしてしまいましたけれど、私は確かにそうしたいって感じていたわけでした。
「…でもまぁ、別に一緒に食事したいっていうなら、好きにすれば? 麻美さんには借りがあるし」
「…えっ? 麻美に借りが、って…麻美、どういうどういうことです?」
 片桐さん、それに彼女の言葉を受けて夏梛ちゃんの視線もこちらへ向いてきます?
「あ、あの、それってどういう…私には覚えがないのですけれど…」
「何よ、もう忘れちゃったの? 私とセンパイに別荘を貸してくれたでしょ?」
 戸惑う私ですけれど、片桐さんにそう言われてようやく思い当たります。
「そういえばそういえば、この間麻美がそんなそんなことを言ってました様な…」
「う、うん、お二人が旅行先に困っていらしたから…」
 ついこの間のことなんですけど、私と夏梛ちゃんも使った別荘をお二人にも使っていただいたんです。
「ま、おかげで悪くない時間を過ごせたし、ありがとうございました」
「あっ、いえ、そんな、それでしたら何よりでした」
 私なんかでお力になれたみたいで、少しほっとしてまた嬉しくもなります。
「そういうことで、別に遠慮しなくてもいいから座ったら? 貴女たちが立ってると目立ってしょうがないし」
「あ、ご、ごめんなさい…」「ではでは、失礼します」
 片桐さんの言葉に私たちは彼女の向かい側へ座らせてもらいます。
 そうですよね、夏梛ちゃんはとっても目を惹く存在ですから…私も、そんな彼女が意味もなく注目されるのは嫌です。


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