誤解も無事に解け、私はそのお二人に夏梛ちゃんのところまで連れて行ってもらえることになりました。
 先ほどの会話からも解りました様に、お二人はやっぱりお互いのことを想い合う、恋人同士の関係だといいます…女の子同士な関係のかたにこの様なかたちでお会いするなんて、少しびっくりもいたしますけれど、やっぱり好きになる気持ちに性別は関係ないですよね。
 私のファンだと言ってくださった子が、アニメやゲームなどが大好きということもあってこのイベントにやってきて、お相手の子はそう興味はないそうながら彼女に誘われて一緒にきたといいます。
 その子は声優さんにも興味があって、その中でもまだデビューしたての私、それに夏梛ちゃん…ですので二人のユニットのファンでもいてくださって、デビュー間もない私にそう言ってくださるなんて少し不思議ですけど、嬉しいことでもありますよね。
「確かにアサミーナさんはこうして実際にお会いすると思った以上に美人さんですし声も素敵ですけど、あくまでファンとして好きっていうことなんだから…やきもちなんてやかないで」
「んなっ、だ、誰もそんなのやいてないわよっ!」
 私について語ってくれた後、その子は恋人さんにそんなことを言うんですけど、その人はいわゆるツンデレさんみたいで強い口調で言い返すものの、そのお二人はしっかり手をつないでいらしたりもします。
 でも、そこまでのあの子の言葉、むしろ私のほうが恥ずかしくなって何も言えなくなっちゃったんですけど…ちょっと、いえかなり言い過ぎの気がします。
 そんなお二人についていって何とか人の波も越えられまして、二階へやってくることができました…人の数は相変わらずですけれど、下よりは幾分落ち着いている様にも見えます。
「あっ、アサミーナさん、あの列に並べばかなさまに会えるみたいですよ」
 あの子が指差したのは、今期からはじまったアニメのグッズなどを扱うお店…もちろん夏梛ちゃんはその作品に出演していて、今日はそこのお仕事をしているわけです。
「あの、お二人とも、本当にありがとうございました。ここまでこれたのも、お二人のおかげです」
「そんな、そんなことより、はやくかなさまのところに行ってあげてください」
 本当に、あそこでお二人にお会いできなかったら、私はずっとあそこから動けなかったんじゃないか、って思います。
「私たちも、アサミーナさんとかなさまを目指してラブラブになりますから…アサミーナさんも、お幸せにっ」「んなっ、ちょっ、な、何言って…ま、まぁ、別にいいんだけど…!」
「わっ、は、はい、ありがとうございます…その、お二人もお幸せに」
 もしかして、この子が私のファンだというのは、私と夏梛ちゃんの関係もあるからなのかも…でも、私たちの関係ってそんなにもう知れ渡っているものなのでしょうか。
 ちょっとだけ不思議ですけれど、でも私たち二人の関係も応援してくださっているのですから、それはとっても嬉しいことですよね。
 ですから、お二人の幸せを心から願いつつ、夏梛ちゃんへと続く列へ並びます。
「うん、この調子でいけば冬にはあさ×かなの同人誌が出るかも。楽しみ楽しみ」「ちょっ、何言ってんのよ…」
 そんな私の背後からあのお二人の会話が耳に届きましたけれど…えっ、それって私と夏梛ちゃんを描いたもの、っていうことですか?
 同人誌って、そういうのもありなんですか…美亜さんの妹さん、藤枝美紗さんでしたら書いてきそうですけれど、読んでみたい様な恥ずかしい様な…。
 そのお二人は私のすぐ後ろに並んだりはしなかったみたいで、私は一人で列が進むのを待ちますけれど、列が進むにつれてどきどきが増してきます。
 夏梛ちゃん、私のことに気付くでしょうか…気づいたとしたら喜んでくれるかな、それとも怒られちゃうかな。
 ううん、例え怒られてもいいです…やっぱり、あの子に会いたいですから。
 そして、いよいよカウンター越しにいる夏梛ちゃんの姿が見えてきました。
 今日のイベントのアニメは魔法少女ものですから彼女はその劇中の服装をしていて…はぅ、それが見られただけでもこうしてここへやってきてよかったって思え、暑さにやられそうになっていた体調もよくなります。
 彼女はカウンター越しにCD…アニメのキャラクターソングを渡して、それに希望者には握手もしているみたいですけど、私も握手をしてもらえるんですから、やきもちなんてやかないですよ?
「応援ありがとうございます。これからもよろしくよろしくお願いします」
 あの子の声も届く様になってきて、そして前に並ぶ人もいなくなって、いよいよ次は私の番…大きく深呼吸をしてから、彼女の前へ立ちます。
「夏梛ちゃん、私、誰よりも夏梛ちゃんのことが大好きです。握手してください」
「はい、応援ありがとうございま…す?」
 手を差し出すと握手をしてくれましたけれど、彼女はそこでそのまま固まってしまいました。
「夏梛ちゃん、これからもずっと応援してますから、無理せず頑張ってね?」
「って、あ、麻美っ? こ、こんなこんなところで何を何をしてるんですっ?」
 よかった、さすがに私のことにちゃんと気づいたみたいで、あたふたされちゃいます。
「何をって、ファンとして夏梛ちゃんに会いにきたんだよ?」
「で、でもでも、私はきちゃダメってはっきりはっきり言ったはずです…!」
「うん、それでもきちゃった」
「きちゃった、って…全く全くです」
 ちょっと呆れられちゃいました…けど、怒ったりはしていないですよね。
 …と、いけない、あまり長々と話してちゃ、後ろの人に迷惑がかかっちゃう。
「うふふっ、それじゃ、暑さも厳しいけど本当に無理しないでね、夏梛ちゃん」
「も、もうもうっ、あ、麻美のほうこそ、ずっとずっと応援してますからねっ?」
 ユニットのパートナーである私が現れたことに気づいてかまわりの皆さんが歓声などをあげる中、私たち二人は改めて強く握手をしました。
 つないだ手を離すのはさみしいです…けど、今は我慢しなきゃ。

「全く全く、あれだけあれだけきちゃダメです、って言いましたのに…もうもうっ」
 夕方、三日間に及んだイベントも無事に閉幕して…お仕事お疲れさま、と会場のお店の中で出迎えた私に、夏梛ちゃんはそう言ってきます。
 あれから、私はスタッフさん、それに如月さんのご厚意で、イベント終了までお店の中で待機させてもらっていたんです。
 暑さのためかふらふらとしてきちゃって少しお休みが必要でしたのは確かでしたものの、夏梛ちゃんが働いているのに私は見ているだけ、というのはとっても申し訳なくって、何かお手伝いできたらよかったんですけど…でも、少しでも近くであの子のことを見ていられたのは、嬉しかったです。
「全く全く、麻美にここにいてもらったのは、迷子になったり暑さで倒れられたりしちゃ迷惑迷惑だからなんですから…というより、よく無事に無事にここまでこられましたね。しかもしかも、そんな服装で…色々大丈夫大丈夫でしたか?」
「うん、それは何とか…でも、私一人じゃ夏梛ちゃんの心配どおりになってたかも」
 そうして、ここまでやってこられた経緯…偶然あのファンの子に会ってここまで案内をしてもらえたことについて説明しました。
「やっぱりやっぱり…ですからですから、麻美はきちゃダメだって言いましたのに」
「うん、それでもやっぱり夏梛ちゃんに会いたくって…ごめんね? それに、心配してくれてありがと」
「べ、別に別に…そ、それにそれに、私も麻美がきてくれたのは、その、嬉しかったですし…」
「…もう、夏梛ちゃんっ」
「…むぎゅっ!」
 顔を赤らめる、しかも魔法少女な格好の彼女があまりにかわいくって、思わずぎゅっと抱きしめちゃいました。
「うふふっ、夏梛ちゃん、今日もお仕事本当にお疲れさま」
 抱きしめる力をちょっと弱めてなでなでします。
「今日会った、私のファンだっていう子、女の子な恋人さんがいたんだけど、私たちもそのお二人に負けないくらい幸せになろうね?」
「そ、そんなのそんなの、当たり前です」
 はぅ、夏梛ちゃんも身を預けてきましたし、ずっとこうしていたいです…うん、口付けとか…。
「あら、まぁ、お二人ともやっぱりとっても仲がいいですね」
「は、はわわっ」「あぅあぅ、えとえと…!」
 と、そんな私たちに突然声がかかってきたものですから、お互いに慌てて離れます。
「まぁ、そんなに慌てなくっても…とにかく、お疲れさまでした、灯月さん」
「は、はい、ありがとうございます、睦月さん」
 はぅ、いけません、そういえばここはイベント会場で、閉幕したとはいってもスタッフのかたなどが残っていらっしゃるんでしたっけ。
「明日はお二人のライブがありますし、今日はもう戻ってゆっくりしましょうね」
 うん、そうですよね、特に夏梛ちゃんはこのとっても暑い場所で、二日続けてのお仕事だったんですし…。
「それで、それが終わればお二人とも少しお休みがありますけれど、何かご予定などはあるのでしょうか」
 あっ、そうでした、明日のライブが終わった後は…。
「はい、夏梛ちゃんと一緒にお出かけする予定なんです」
「まぁ、それはいいですね…気をつけて行ってきてくださいね」
「はいっ」
 夏梛ちゃんとデート…とっても嬉しくって、自然と笑顔になっちゃいます。
「全く全く、そんな嬉しそうにしなくっても…」
「えぇ〜っ、実際幸せいっぱいなんだもん…夏梛ちゃんは違うの?」
「そ、それは…わ、私もとってもとっても楽しみ楽しみですけど…」
「わぁ、よかった…夏梛ちゃん、大好きっ」
「…むぎゅっ! あぅあぅ、あ、麻美ったら…!」
 想いを我慢できずにまたぎゅっとしちゃいました…そんな私たちを、如月さんは微笑ましげに見ています。
「うふふっ、とっても楽しみ…どこに行こうかなっ」
「全く全く、浮かれる前にまずは明日のライブをしっかりしっかりしなくちゃいけないんですから…!」
「うん、もちろん…一緒に頑張ろっ」
 夏梛ちゃん、それに応援してくれている人たちがいるんですから、失望とかさせるわけにはいきません。
 だから、まずは…今日も一緒にゆっくりお休みしようね?


    (第4章・完/第5章へ)

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