打ち合わせをした日の午後、それに翌日の午前中は、如月さんが用意してくださったスタジオで、ミニライブへ向けてのユニットとしての練習をしました。
 その後、午後は夏梛ちゃんは個人としてのお仕事の打ち合わせ…彼女はイベントの三日めに、別のお店で同じ様なことをするそうなんです。
 私は一日お休みなのに、彼女は三日連続でのお仕事…私が東京へきた前もお仕事続きでしたし心配になっちゃいますし、私にできることということで、お休みの前になでなでしてあげたりしてリラックスしてもらったり、やさしく抱きしめて一緒にお休みしたりしました。
 そうして迎えました、イベント当日…私たちはまだ開場前のイベント会場へやってきたのですけれど…。
「わぁ…ここ、ものすごく大きいです。何十万人も人がくるんですから、当たり前なのかもしれませんけれど…」
 関係者出入口から進んでいくのですけれど、とにかく今まで私が訪れたところのある中で一番大きくって、圧倒されてしまいます。
 敷地面積そのものは私の通っていた学校のほうが広いかもしれませんけれど、こんな建物ははじめてですし…。
「麻美、私たちの目的地は二階ですから…そのその、あんまりあんまりきょろきょろしないほうがいいと思います」「あら、まぁ、そうですね、まっすぐ目的地を目指しましょう」
 一方の夏梛ちゃん、それに如月さんまでそうおっしゃられます。
「はぅ、やっぱりきょろきょろしちゃって恥ずかしかったかな…。それに、準備している皆さんもお忙しそうですし、お邪魔しちゃいけませんよね」
「それもそれもあるんですけど…見ちゃいけないというか、麻美には見せたく見せたくないものがあるかもですし…」
 少し口ごもる夏梛ちゃん…ここで売っているもののことを言ってるのかな?
「そういえば、ここのイベントって何を売ってるお店が出てるの? 見たところ、アニメやゲームか何かの関係みたいだけど…」
 見かける人の中には、何かのキャラクターのいわゆるコスプレをした人たちの姿もありますし、私たちの出るお店もゲーム会社のものですからそういう関係のイベントだとは解っているんですけど、詳しいことがよく解りません。
「う〜ん、一から説明説明するとどうなるんでしょう…とにかくとにかく、ここは同人誌とか、そういうそういう個人単位で作ったりしたものを売る場所なんです」
 そうして夏梛ちゃんや如月さんが説明してくれたところによると、個人やサークルという同好の士が集って作った書籍やゲーム、CDなどを売る場みたいで、その題材はオリジナルなものもありますけれどゲームやアニメなどの二次創作も多いみたい。
 著作権が気になっちゃいましたけれど、大目に見られているみたいです…でも、私に見せたくないものが、というのはどういうことなのでしょう…?
「あら、ここがお二人がお仕事をしていただくブースになります」
 たどり着いたのは建物の二階の一角、私たちも出演したゲームのグッズなどの並べられたお店。
 まわりを見てもそういうお店がたくさんありますし、ちょっと気になるかも…でも、こうした企業のお店がたくさん出ていることからも、同人誌などの著作権は大目に見られていることが解ります?
「あら、まぁ、それではあまり開場まで時間もありませんし、お二人はこちらに着替えてきてくださいね」
 と、如月さんがそうおっしゃり、すでにいらしたスタッフのかたから服を渡されて更衣室へ促されましたけれど、この服って…。

「…わぁ、夏梛ちゃん、とってもよく似合ってる」
「…むぎゅっ? あ、あぅあぅ、あ、麻美、他の人もいますのに…!」
 服を着替えて更衣室を出たのですけれど、夏梛ちゃんのその姿があまりにかわいいものでしたから、ついぎゅっとしちゃいました。
 そんな私たちは同じ服装…あのゲーム中に出てきた皆さんの通う学校の制服姿で、この格好で売り子をするとのことです。
 制服姿の夏梛ちゃんもやっぱりとってもよくって、ちょっと学生時代の彼女を想像したりもしちゃいます。
「あら、まぁ、もう開場になりますから、配置についてくださいね。私は奥で見ていますから、何かあったら駆けつけますね」
 あっ、いけません、これはお仕事なんですし、しっかりしなきゃ。
「夏梛ちゃん、頑張ろうね」「ですです、麻美も無理はしないでください」
 カウンターの奥に隣同士で座る私たち、お互いにうなずきあって…そして、開場の時間を迎えました。
 しばらくすると、まさに人の波と表現するのはこのことなのかなってくらいたくさんの人たちがフロアに押し寄せてきて、いくつかのお店にはものすごい行列ができたりもしていました。
「あっ、ありがとうございます。このゲーム、それに私たちのユニットのことも、これからもよろしくお願いします」
 私たちのいるお店はそこまで激しくはないんですけど、でもいらっしゃるお客さんはもちろんいて、私たちはそんな皆さんへ商品を渡していきます。
 少し熱気があって暑いですけれど、でも今のところは何とか大丈夫です。
「わぁ、かなさま、お会いできるなんて感激です」「カナカナさん、これからも頑張ってください」
 お客さんには夏梛ちゃんのファン、という人が多くって、そんな声をかけていきます。
 大丈夫です、そんなことでやきもちはやきませんし、彼女が人気というのは私にとっても嬉しいことです…あっ、でも、夏梛ちゃんの一番のファンは私ですけど、ね?
 でも、ファンの皆さんは夏梛ちゃんのことを「かなさま」とか「カナカナ」って呼んでるみたい…これは、もう先日のラジオ番組でニックネームを募集するまでもなかったのかも。
「あっ、あのっ、アサミーナさんっ」
 と、そんなとき、私がCDをお渡しした女の子が、何だか聞き慣れない呼びかたで声をかけてきました…?
「えっ、あの…アサミーナ、って私のことですか?」
「は、はひっ、あの、私、アサミーナさんのファンなんですっ。こ、これからも応援してますっ」
 少し戸惑っちゃった私に、その子は恥ずかしそうにそう言うと逃げる様に去っちゃいました。
 アサミーナ、なんてはじめての呼び名ですけど、でも…。
「…麻美にも、ちゃんとちゃんとファンがいるんですね。よかったよかったです」
「う、うん…」
 私と夏梛ちゃん、少しだけ言葉を交わしてまた次の人へCDを渡していきますけど…うん、自分でもちょっとびっくりしちゃいました。
 ああして直接的に初対面の人にファンだって応援していただいたのははじめてかも…嬉しいですし、頑張らなきゃって気持ちにもなります。

 ファンの子からの応援までいただけちゃって、お昼…スタッフさんによって、列が一時止められちゃいました。
 私たちの休憩時間か何かかな、とも思ったのですけれどそうではなくって、何か重大な発表があると言われました?
 さらに、如月さんから夏梛ちゃんへ紙が渡されて、それを読む様に言われます…どういうことなのか全く解らず、私も他の皆さんと一緒に夏梛ちゃんの様子を見守ります。
「えとえと…大好評発売中のガールズラブ・アドベンチャーゲーム『Candy panic!』について、この秋から新展開が用意用意されてます!」
 そうなんだ…まだゲームが発売して間もないのに、人気が出てくれた、っていうことなのかな?
「今日先行発売した『kasamina』…私たちのCDのことですね。これもこれも新展開で使う予定ですけど、まずはまずは九月からwebラジオをはじめることになりました!」
 曲を使う、っていうことはまさかゲームの新作かアニメ化だったりするのかな?
 えっと、あとwebラジオっていうのは、確かインターネット上で公開する形式のラジオ番組、でしたっけ。
「そのwebラジオの進行役は…わわっ、えとえと、桃井綾子役の石川麻美に決定しましたっ!」
「…えっ?」
 あの子が明るい声で私の名前を呼んで皆さん歓声をあげましたけれど、今のって…そういうことなんですよね?
「い、今の、本当です…? 私、何も聞いていませんし、経験だって全然ないですし、それに私の役ってサブキャラなのに…!」
 あまりに唐突な発表に、まず戸惑いが出てきちゃいました。
「サプライズ発表だったみたいですけど…全く全く、麻美ったら何言ってるんです? 経験なんてはじめは誰も誰も持ってませんし、サブキャラとかそういうことは関係関係ないですよ?」
「はぅ、夏梛ちゃん…」
「それにそれに、こんなこんな大役、ありがたいことじゃないですか。麻美のラジオ、私は…楽しみ楽しみにしてますよ?」
「…夏梛ちゃんっ」
「…むぎゅっ! はぅはぅ、あ、麻美っ、皆さんの前ですのに…!」
 いけない、彼女の言葉が嬉しくって、つい抱きついちゃいました…何とか離れます。
 でも、これは彼女の言う通り、とってもありがたいことですよね…まだまだ新人の私に、こんな機会を与えてくださったんですから。
「あ、あの、皆さん、私、精一杯頑張りますから…ラジオのほう、よろしければ聴いてください」
 歓声をあげてくださる皆さんに頭を下げながら、頑張らなきゃという決意をあらたにしたのでした。

 ファンの子からの応援、それにwebラジオのことと驚きも多かったですけれど、イベントは無事に終わりました。
「夏梛ちゃん、お疲れさま」「ですです、麻美もお疲れさまです」
 一緒に頑張った彼女と声をかけ合いながらあたりを見回しますけれど、お片づけをする人の姿などはまだ見られるものの、あの人の並は完全に引いていて静かなものです。
「CDも今日の分は完売したみたい…とってもかわいい夏梛ちゃんがきたおかげだね」
「もうもう、何を何を言ってるんです、麻美もいたからに決まって決まってます」
 夏梛ちゃんはそう言いますけど、やっぱり彼女のファンのほうがずっとずっと多かったって思います。
「今日は疲れましたし、戻ったらゆっくりゆっくりお休みしましょう」
「うん…そういえば夏梛ちゃんは明日もここでお仕事だもんね…」
 内容は今日と同じ様なことらしいんですけど、ここって人が多いこともあって結構暑いですし、大変なことに変わりはありません。
 明日は私はお休みになっちゃうのに…あっ、そうだ。
「…言って言っておきますけど、麻美は私のところにきたりしなくってもいいですからね?」
 はぅ、言おうと思ってたことを先に言われちゃいました。
「やっぱり、私の思っていることは何でもお見通しなんだね…」
「はわはわ、やっぱりやっぱりそんなそんなこと考えてたんですか…! 明日は絶対絶対きたりしちゃダメなんですからねっ?」
「むぅ〜、どうして? ファンとしては、ぜひ夏梛ちゃんに会いに行きたいのに…」
「どうしてもどうしてもですっ。これは麻美のために言ってるんですから」
 その様子からして、私がくると恥ずかしいとか、そういった理由ではなさそうです。
「あら、まぁ、お二人とも、お疲れさまでした。おいしいお食事のできるレストランを用意してますから、そちらへ向かいましょう」
「ほらほら、睦月さんが呼んでます。麻美は明日はゆっくりゆっくりお休み、そういうことで行きましょう」
「あっ、もう、夏梛ちゃんったら…」
 あの子が私の手を引いてくるものですから、もうそれについていくしかありませんでした。


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