第四章

「ん、う〜ん…」
 ―朝、カーテンの隙間から薄日の差す中で目を覚ましますと、すぐそばからぬくもりを感じます。
 真夏の暑さとは全く違った、とっても心地よく、幸せな気持ちになるぬくもり…。
「あ…夏梛、ちゃん…」
 そう、私のすぐ隣…同じお布団の中には私の愛しい人の姿があって、まだぐっすり眠っていました。
 うん、そうでした、私は夏梛ちゃんと一緒にお休みして…夢みたいな幸せですけれど、もちろん夢じゃありません。
「夏梛ちゃんの寝顔、かわいい…」
 穏やかに寝息を立てる彼女はまさに天使みたいで、朝からこんな素敵なものを見られるなんて、私は何て幸せ者なんでしょうか。
 そんな姿を見つめていると愛しい想いがあふれ、抑えられなくなって…思わず、唇を奪っちゃいます。
「キス、しちゃった…」
 ほわんとした気持ちになりますけれど、こういうことっていつかもありましたよね…うん、あれはまだ私が片想いだと思っていた頃、神社の森の中ででした。
 あのときの夏梛ちゃんは起きてしまっていたみたいなんですけど、今の彼女は…まだ、ぐっすり眠っています。
「昨日までお仕事続きで、大変だったもんね…」
 そんな彼女を、やさしくなでなでします。
 はぅ、とっても幸せです…まだ時間もありますし、もう少しこのままでいても、いいですよね。

 ―私の唇に、何かが触れた気がしました。
 とってもあたたかな、心がほわんとしてくる、そんな感覚…。
「…麻美、起きて起きてください」
 しばらくそんな感覚に包まれていると、すぐそばからとってもかわいらしい声が届いてきました。
「んっ、う〜ん…夏梛、ちゃん…?」
「…はい、おはようございます、麻美。目は覚めましたか?」
 気がつくと、上半身を起こしたあの子が、私のことを見下ろすかたちで見つめてきていました。
 …あれっ、私、夏梛ちゃんより先に起きた気がするんですけど、また眠っちゃってたみたいです。
「うん…おはよ、夏梛ちゃん」
「…むぎゅっ? は、はわはわっ、あ、麻美ったら、寝ぼけて寝ぼけてるんですかっ?」
 身を起こした私、そのまま彼女を抱きしめちゃいました。
「ううん、私はちゃんと起きてるよ? でも、夏梛ちゃんがかわいらしすぎて…」
「全く全く…わ、私も麻美にぎゅってされるのは嫌いじゃないですけど…」
「わぁ…うふふっ、よかった」
 また強くぎゅっとして、大好きな人の感覚を確かめます。
「ほわほわん…って、そ、そうじゃないですっ。麻美、もうあんまりあんまり時間がないんですっ」
 と、夏梛ちゃん、少し強い口調でそう言いながら私を引き剥がしてきちゃうものですから、お部屋にかかっている時計へ目を移してみますと…。
「わ…本当。このままじゃ、朝ごはんを食べる時間もなくなっちゃうよ」
「ですです、朝ごはん抜きでお仕事はよくないよくないですし、少し少し急ぎましょう」
 少し慌てながらお互いにベッドから降りますけれど、朝を寝過ごしかけるなんてことはほとんどないのに…やっぱり、夏梛ちゃんと一緒にお休みしたのが心地よすぎたからかな。
「ごめんね、夏梛ちゃん。私がもう少しはやく起きてたら…」
 ううん、あのとき二度寝とかしなかったら、こんなことにはならなかったのに。
「そんなそんな、私のほうこそもう少しはやく麻美のことを起こしてたらよかったんです」
 えっ、それって…私を起こす結構前から夏梛ちゃんは起きていた、っていうこと…?
 そのとき、私が目を覚ます少し前に感じられた、あの夢の様な感覚の中での感触を思い出します。
「あっ、あれって…もしかして、夏梛ちゃんも私にキスしてくれたの?」
「…はわはわっ? あ、麻美、気づいてたんです…って、わ、私もってどういうことですっ?」
 一緒に洗面所へ行って顔を洗っていた彼女、あたふたしちゃって…やっぱりそうだったんだ。
「うん、私も夏梛ちゃんにおはようのキスをしてたの…でも、夏梛ちゃんからもしてくれてたなんて、とっても嬉しいな」
 しかも起こすまで間があったということは、彼女もまた私の寝顔を見たりしてたのかな…ちょっと恥ずかしいかも。
「え、えとえと…も、もうもうっ、ですからですから、そんなこと話してる場合じゃないんですっ」
「あっ…もう、しょうがないんだから」
 慌てて顔を洗って寝室へ戻る彼女を、私も顔を洗ってから追っていくと、彼女は今日着る服を用意しているところでした。
 もちろん、彼女の着るのはゴスいおよーふく…って、そうだ。
「夏梛ちゃん、私が着替えを手伝ってあげるね?」
「…はにゃっ!? そ、そんなのそんなの、別にいらないいらないですっ」
「もう、でも時間ないんだよね? 夏梛ちゃんの服は着るのが大変なんだし、ね?」
「…もうもう、仕方ないですね。で、でもでも、抱きついたりするのとかは、なしですからねっ?」
 わっ、釘を刺されちゃいました…時間がないっていいますし、何とか我慢するしかありません。
 でも、夏梛ちゃんを着せ替えできるっていうだけでも十分…今日は今まで生きてきた中で一番幸せな朝でしたかもしれません。

「あら、まぁ、お二人とも、おはようございます。昨日はよくお休みできましたか?」
「あっ、おはようございます、如月さん…大丈夫です」「睦月さん、おはようございます。そのその、おかげさまで…」
 誘惑に負けずにきちんと準備もして、ホテルのロビーで如月さんと合流します。
「まぁ、お二人とも、昨日は素敵な一夜をすごすことができたみたいですね。うふふっ、よかったです」
 と、続けてその様なことをおっしゃるものですから、私も夏梛ちゃんも赤面しちゃいます…とはいっても、そのお言葉自体は正しいんですけど。
 そんな私たち、今日から二人一緒のお仕事になるんですけど、ユニットとしてのお仕事なのかというと…半分はそうですけど、半分は違うかもしれません?
 ともかく、この日は関係者の皆さんが集まっての打ち合わせ…を行ったんですけど。
「麻美ったら、ちょっとちょっと緊張してますか?」
 打ち合わせが終わって、お昼…いただいたお弁当を夏梛ちゃんと一緒に食べようってとき、その彼女がそうたずねてきました。
 ちなみに、如月さんがまた気を利かせてくださったみたいで、このお部屋には私たち二人しかいません。
 …やっぱり、夏梛ちゃんは何でもお見通しなんですね。
「う、うん、ちょっと、私が想像していたよりもずっと規模の大きなイベントみたいだから…」
 さっきの打ち合わせでかるくうかがったんですけど、そのイベントは三日間に及び、しかも一日に何十万人もの人がやってきたりするそうなんです。
 私たちが今までに出たイベントなんてあの神社でのミニライブくらいですし、そうじゃなくっても…大きな神社の初詣でもないのに、そんな人数が集るなんて完全に想像の範囲外です。
「全く全く、麻美は大げさ大げさにとらえすぎです。大きな大きなイベントっていっても、私たちのところにくる人なんてごくごく一部だけなんですから、そんなにそんなに気にしなくってもいいと思います」
 一方の夏梛ちゃんはいつもと変わらない様子…うん、確かに彼女の言っていることも間違っていません。
 私たちの行くイベントは、たくさんの企業、それに個人なんでしょうか、そのあたりはよく解らないもののとにかくたくさんのお店が出る、フリーマーケットを思い浮かべちゃう様なものみたいで、私たちが出るのはそのたくさんのお店の中の一つだけなんです。
「それにそれに、そこで歌うわけでもないんですし」
 そう、そこはあくまでお店ですから、私たちはただ売り子をするだけだったりします…って、そういう経験のない私にとってはそれだけでも十分緊張する要素ですけど。
 ちなみにそのお店は、私たちのデビュー作なゲームを出した会社のもので、私たちはそこで一日だけ…イベントの二日めに、その日に先行発売する私たちのユニットのCDなどをお客さんへお渡しする、っていうことになっていますから、これはユニットとしてのお仕事でもあり、出演作の声優としてのお仕事にもなります、かも?
「そのイベントの次の日は、ライブハウスで私たちのミニライブをすることになってるんですから、むしろむしろそっちを気にしてもらいたいです」
「はぅ、ご、ごめんね、人数を聞いて気後れしちゃって」
「全く全く、そのライブも終わったら、そのその…二人でお出かけするんですから、しっかりしっかり気を引き締めてくださいね?」
「あ…うんっ」
 そうでした、一通りお仕事が終わったら、夏梛ちゃんとデートでした…これは緊張している場合じゃないですし、しっかり頑張らなきゃ。


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