夏梛ちゃんに、今から会いに行こう。
 そう決めたらもういてもたってもいられなくって、美亜さんのお店から一度自分のお部屋に戻って軽く準備をすると、そこからすぐに出発…電車、それに新幹線に乗って、その日の夕暮れ時にはもう東京に着いちゃいました。
 東京には中等部のときの修学旅行や父に連れられて、それにお仕事をはじめてからもきたことがありますけれど、一人ででははじめて…遠い場所だと感じていましたけれど、意外と短い時間でこれちゃうんですね。
 これならもっと頻繁にきてもいいのかも、とも思ってしまいましたけれど、お金のことなどもありますし、お仕事もないのにそう度々、というのはよくありませんよね。
 とにかく、こんな時間ですし、まずは夏梛ちゃんの泊まっているホテルへ向かうことにいたしましたけれど、ただ向かうだけじゃなくってきちんとお部屋の番号などもいけませんよね…あっ、でもお部屋へ行くんでしたら、事前に何も伝えないでおいて驚かせてみたいかも…。
 ですので、夏梛ちゃんと一緒に行動をしているマネージャの如月さんにお電話をしてみました。
「あら、そういうことでしたら、全面的に協力しちゃいますよ」
 事情を説明すると電話越しの如月さんはそうおっしゃってくださって…勝手な行動で怒られたりしないか少し不安だったのですけれども、安心しちゃいました。
 如月さんに部屋番号を教えてもらってさらには彼女には内緒でその中に入れる様にまでしてもらっちゃいました…本当にありがとうございます。
「えっと、ここが夏梛ちゃんのお部屋、ですよね…失礼します…」
 ホテルの一室、あの子の泊まっているお部屋へやってきて、受け取った鍵を使って中へ入ります。
 少し緊張…とはいっても、そこまでではなかったりします。
「夏梛ちゃん、まだ帰ってきていませんよね…」
 そう、中へ入ったお部屋は明かりもついておらず、また人の気配もありません。
 先ほど如月さんからうかがったお話では夏梛ちゃんのお仕事はまだ終わっていないとのことでしたから、それも当然です。
「それじゃ、私はどうしようかな…?」
 明かりもつけず、一人考えます。
 このままお部屋で帰りを待って、夏梛ちゃんが扉を開けたところを出迎える…それが一番ですよね。
 でも、ちょっとこっそり隠れて夏梛ちゃんが一人でいるときの様子を見てみたい気も…なんて、彼女に会うためにここまできましたのにそんなことで悩んでいますと、不意に扉の鍵の開く音が届きます…!
「わっ、か、夏梛ちゃん、帰ってきちゃった…?」
 とっさのことに、私は…つい、カーテンの陰に身を隠しちゃいました。
 はぅ、つい隠れちゃいましたけど、その間に扉が開いて、明かりもつくとともにお部屋に誰か入ってきました。
 こっそり少しだけのぞいてみると、それはもちろん私がずっと会いたいと思っていた子、夏梛ちゃんで…その姿を見た瞬間、一気に胸の高鳴りが大きくなってきました。
 ようやく会えた彼女の姿に、今すぐにでも飛び出したくなっちゃいます…けど。
「疲れた〜…」
 夏梛ちゃん、力ない足取りでベッドへ向かって、ゴスいおよーふくのままでそのままベッドへ倒れこんじゃいました。
 はぅ、やっぱりこう何日も、しかも夜遅くまで頑張ってるんですから、疲れもたまっちゃいますよね…。
 そんな疲れきった彼女の姿を見るのはいたたまれなくって、飛び出しそうになります…けれど。
「麻美…」
 ふと、ベッドに突っ伏したままのあの子が私の名前を呟きました…?
 わっ、私がいることに気づいたのかな…とびくっとして固まっちゃいましたけれど、カーテンの隙間から見えるあの子は突っ伏したままですし、そういうわけじゃないみたい…?
 でも、そうしている彼女の息が荒くなってきている気がしますし、ちょっと心配で、今度こそ飛び出そうとします…けれど。
「はぁ、麻美…麻美麻美麻美ぃ、どぉして、何で何でそんなに愛おしいんですかぁ」
 と、夏梛ちゃん、そんなことを口にしながらベッドの上を転げ回りはじめるものですから、私はまた固まっちゃいました。
「はぁはぁ…かわいい、かわいすぎるよぅ。ただでさえかわいいのに、こんなっ、こんなメイドさん姿で私を誘惑するなんて、何て恐ろしい娘なのっ!?」
 か、かわいいって、私のことなんでしょうか…夏梛ちゃんのほうがずっとかわいいのに、何言ってるんです…。
 そんな、転げ回る彼女の手に何かが握られているのが解るんですけど、何でしょう…それに、メイドさんって?
「でもでも、嫌いじゃないっ。むしろ大好き〜。きゃ〜、好き〜、好き好き、麻美だぁい好き〜」
 わわわっ、これってもしかしなくっても、私のことを想って、気持ちが抑えられなくなっちゃってるの…?
 普段私の前だとなかなか素直になってくれない、でもそこがかわいいって思う彼女の、今までに見たことのない様子にちょっと驚いちゃいましたけれど、同時にとってもどきどきもしてしまって、そして嬉しくもなるんです。
 だって、夏梛ちゃん…あそこまで、私のことを想ってくれているんですから。
「か、夏梛ちゃん…」
 そんな彼女を見ていると、私も想いが抑えられなくなってきちゃいます…。
「っ…何の音?」
 と、彼女が突然我にかえってあたりを見回すものですから、私は胸の高鳴りを抑えながら何とか息を潜めます。
 …は、はぅ、さすがにこの状況では姿を見せづらいです…。
「…気のせい、ですか」
 ふぅ、どうやら気づかれなかったみたいですけれど、夏梛ちゃんにまで気づかれないなんて、学生時代から感じていたことながら私の影の薄さは相当なものなのかも…そんな私がアイドルをしているんですから、世の中解らないものです。
 とにかく、緊張のためのどきどきが収まらなくってしばらく動けませんでしたけれど、夏梛ちゃんのほうはずいぶん静かになっちゃいました…?
 おそるおそるカーテンの隙間からのぞいてみますけれど、彼女は転げ回ったりすることなくベッドで横になっています。
「…もう、眠っちゃったのかな」
 どきどきする胸を抑えながら、ゆっくりベッドの側へ歩み寄ると…あの子はすでに静かな寝息を立てはじめていました。
「はぅ、夏梛ちゃん…」
 一週間ぶりに間近で見る夏梛ちゃんの寝姿、やっぱりとってもかわいいです…このままベッドに入ってぎゅってしたい衝動に駆られますけれど、何とかこらえます。
 だって、夏梛ちゃんはお仕事を頑張ってとっても疲れているんですから、しっかり休ませてあげないと。
「…おやすみ、夏梛ちゃん」
 ですから、そう声をかけて、お布団をかけてあげてその場を後にしようとしたのですけれど、ふと彼女が手にしていたものが気になりましたので、そっとのぞいてみました。
「…あれっ? これって…私の、写真?」
 しかも、さっきの彼女の言葉どおり、メイドさんの服装をした私の写真だったんです。
 そういえば、少し前にユニットのプロモーションビデオを収録したとき、二人でこんな服装をしましたっけ…あのときの写真です?
 そのときの夏梛ちゃんがまたとってもかわいらしかったんですけれど、こんな写真がもらえるんでしたら、私も彼女のがほしいです。
 でも、夏梛ちゃんが私の写真を持っていてくれるなんて…うん、とっても嬉しいです。

 夏梛ちゃんに会ってその無事な姿に安心して、そしてあんなところを見てしまって愛しい気持ちがますます増しちゃいましたけれど、声をかけることはできなくって。
 疲れてお休みしている彼女を起こすなんてことはできませんし、それにあんな中で出ていくのもあれでしたので、しょうがないですよね…。
 結局、その日は同じホテル内に取ったお部屋で休むことになったんですけど、明日はどう夏梛ちゃんに声をかけようかな…。
 明日の夏梛ちゃんの予定は…と、それを思い出したところで、ある大胆なことを思いついちゃいました。
 夏梛ちゃんは私の恋人さんで、それを隠すつもりもありません…でしたら、いっそそこで公言しちゃうのもいいかもしれません。
 上がり性の私がこんなことを考えるなんて自分でも少し驚いちゃいますけれど、それだけ夏梛ちゃんが大好きっていうことで…うん、彼女に会える時間は少し遅くなっちゃいますけど、明日お願いしてみましょう。


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