第3.8章

「そういえば、灯月さんのお名前って夏梛、ですよね」
 ―それは、私と彼女が一緒に練習をしはじめて、少し経った頃。
「ですです、そうですけど、それがどうかしました?」
 ある日、午前中の練習を終えて私の作ったお弁当を一緒に食べているときにふとたずねた言葉に彼女はそう聞き返してきました。
「うん、『夏』って入ってるってことは、灯月さんのお誕生日はやっぱり夏なのかな、って」
 灯月という苗字も珍しくって気になるのですけれど、それよりもっと気になるそちらを聞いてみました。
「ですです、八月八日が私の誕生日です。暑い暑いのは苦手苦手ですけど…」
 ああ付け加える彼女はやっぱりかわいい、なんて感じたりして。
「そういう麻美のお誕生日はいつなんです?」
「私は三月だから、まだまだ先です」
 三月三日ですから、灯月さんと同じぞろ目…どころか、私の誕生日の数字をほんの少しいじれば彼女のお誕生日の数字になります。
 もしかすると、これはちょっとした運命かも。
「…麻美、どうしたんです? 少し顔が赤い赤いです」
「えっ、う、ううん、な、何でもないです」
 もう、何を考えているのでしょう、私は…。
 でも、彼女のお誕生日を知ることができました…まだ先ですけれど、そのときも一緒にいられたらいいな。

 ―そう、私はそのとき確かに夏梛ちゃんのお誕生日を聞いていました。
 そしてそれから数ヶ月、そのときを迎えた私は一緒にいられるどころか、あの頃には夢にも思わなかったほどの関係にもなれました。
 それなのに…。
「どうして、今の今まで忘れちゃってたんでしょうか…」
 八月八日、夏梛ちゃんのお誕生日当日。
 私があの日の会話を思い出したのは、その八月八日がもうあと少しで終わりそうな時間…まさにお休みしようかな、っていうとき。
「い、急いで夏梛ちゃんにお祝い言わないと…う、ううん、ダメです」
 慌てて部屋を飛び出しそうになりますけれど、そこで思いとどまっちゃいます。
 今、私は東京にあるホテルの一室にいて、あの子も同じホテルの別の部屋にいます。
 ただ、あの子はとっても疲れた様子で休んでいて…だからこそ、予定よりはやくこっちにきて先にその部屋で彼女を待っていた私は、結局直接話したりすることなく出てきちゃったんです。
 もっとも、彼女の前に出ていけなかったのには、もっと別の理由もありましたけれど…。
「さっきの夏梛ちゃん、私のことをあんなに想ってくれて…」
 そこで見たことを思い出してまたどきどきしてきましたけれど…そうじゃなくって。
 久しぶりに会えてすぐにでもお話ししたかった夏梛ちゃん、でもゆっくりお休みしてもらいたくってそれを我慢したんですから、ここで起こしてはいけません。
「はぅ、お誕生日当日にお祝いするのは、諦めるしかないですね…」
 夏梛ちゃんと出会って、そして想い合う関係になれて迎えるはじめての彼女のお誕生日なのに、こんなことになっちゃうなんて残念で悲しくなっちゃいます。
 でも、このまま何もしないで落ち込んでいるだけじゃダメですし…うん、お誕生日のことを思い出す前に考えていた、あの思いついたことをするときに一緒にできる様にしてみましょう。

 次の日、私はちょっとお買い物をしてから目的地へ向かいます…慣れない、しかも人の多い土地でお買い物も大変で思ったよりも時間を使ってしまったのは内緒です。
 目的地は、夏梛ちゃんがパーソナリティを務めるラジオ番組収録が行われるスタジオ。
 もちろん、それに私が出演する予定はなかったんですけど…
「…どうも、こんにちはっ。アシスタント兼夏梛ちゃんのお嫁さんの石川麻美です」
「ふにゃっ!?」
 如月さんたちに協力していただいて、夏梛ちゃんには内緒でラジオに入り込んじゃいました…あの子はとってもびっくりしちゃってましたけど、でもそこからはちゃんと受け入れてくれました。
 久しぶりにあの子とお話しできて、しかも彼女のラジオ番組でご一緒できるなんて、とっても嬉しくって幸せいっぱいです。
 でも、それで終わりじゃいけません…ここでしたいって思ったこと、まだ他にもあるんですから。

 それから、ラジオのほうは私と夏梛ちゃんのニックネームを募集しよう、といったお話になって。
「ではでは、放送時間も残り少なく少なくなってきちゃいましたけど、麻美から何か言いたい言いたいことはあります?」
「うん、えっと…」
 ちょうどいい、そして最後の機会になりそうなタイミングですから、深呼吸をしてからブースの下に隠していたものを手にします。
「…夏梛ちゃん、一日遅れちゃいましたけど、お誕生日おめでとうっ」
 そして、そう声をかけながら手にした花束を彼女へ差し出しました。
「わっ、えとえと…麻美、私の誕生日のこと、知って知ってたんですね」
「うん、でも昨日はお祝いできなくって…プレゼントもお花しか用意できなかったし、ごめんね?」
 やっぱりもっとしっかり用意したかった、ですよね…でも、そんな少ししゅんとしちゃいそうになる私に彼女は笑顔で首を横に振ります。
「そんな、麻美が誕生日をお祝いお祝いしてくれるだけでとっても、とっても嬉しい嬉しいです。ありがとうございます」
「ううん、そんな…うん、夏梛ちゃん」
 花束を受け取ってもらえて、少し涙が出そうになるのをこらえて笑顔を向けます。
 来年はもっとちゃんと…お仕事が重なっちゃったら当日は難しいかもしれないけど、でもできるだけのお祝いをするから。
 ううん、来年だけじゃなくって、これから毎年ずっと…だから楽しみにしてて、夏梛ちゃん。


    -fin-

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