先日まで夏梛ちゃんと使っていたダンスルームなど、事務所には練習をするための設備ももちろんあります。
 ただ、完全に自由に使えるというわけでもなくって、もちろん他のかたが使ったりと予定が入っていますから、自主練習で使うには限界があります。
 さすがにマンションでは大きな声を出したりできませんし、そうなると…やっぱり、あの場所になりますよね。
「わっ、今日も暑いです…」
 事務所を後にして外へ出るともうすっかり真夏の、そしてお昼の陽射しでまた思わず日傘を差しちゃいますけど、この暑さの中で練習…ううん、夏梛ちゃんだって頑張っているんですから。
 でも、お昼ですか…練習の前に、お食事をしたほうがいいですよね。
 今日は夏梛ちゃんがいませんからお弁当は作っていませんし…うん、今日はあそこへ行きましょう。
 そうして向かいましたのは事務所からそう離れていない、でも市街地からは少し外れた静かな住宅地の中にたたずむ落ち着いた雰囲気の建物。
 扉を開けて中へ入ると涼しく心地よい空気とともによい香りが伝わってきて、それに中もまた静かで落ち着いた雰囲気で、心が安らぎます。
 そこは喫茶店なのですけれど、まるで物語の中にある様な素敵なお店です。
「いらっしゃいませ」
 穏やかに出迎えてくださるのはカウンターにいる一人の店員さんで、他に人の姿は見られません。
「…と、あら、麻美ちゃんだったのね、こんにちは」
「あっ、はい、こんにちは、藤枝さん」
 微笑む店員さんと声を交わしながらゆっくり席につかせてもらいます。
 その店員さん、藤枝美亜さんとおっしゃるかたは私より少しだけ背の低い、でもその雰囲気は素敵なお姉さま、といった趣を感じさせるかた…縦にロールしたツインテールがよりそう感じさせます。
「まずはいつものでいいかしら?」
「あっ、はい、あと、軽いお食事もしたくって…」
 それでもまずはいつもの紅茶から出していただいて、まずは軽く一口…。
「…うん、やっぱりおいしいです」
「あら、ありがと…うふふっ」
 暑い中歩いてきた疲れも取れていきます…やっぱり今まで出会った紅茶の中でも藤枝さんの淹れてくださったものは特においしいです。
 いつもの、と藤枝さんが言っていらした様に、私は何度かここへきています…はじめてきたのは少し前で、お店の雰囲気がよかったので勇気を出して入ってみたのですけれど、そうしてみてよかったです。
 それから何度かこさせてもらっていますけれど、それだけここの紅茶がおいしくって…藤枝さんは大学生の傍らここでアルバイトとして働いているそうなのですけれど、そうしたために今ではお一人でほとんど完全にお店を任せてもらっているご様子です。
 でも、ここへこうしてきている理由はそれだけじゃなくって…もしそれだけでしたら、お店に通うことはあっても人見知りの私が気軽に声を交わす様なことはなかったかもしれません。
「最近、あの子とは…あら、もしかして想いが届いたりしたのかしら」
 お食事を運んできて、そして他にお客さんもいませんから席の向かい側に座って優雅に紅茶を口にする藤枝さん、そんなことを言ってきます。
「わっ、あ、あの、その…わ、解っちゃいます…?」
「ええ、もちろん。麻美ちゃんを見てたら、すぐ解っちゃう」
「あぅ、えと、その…」
「うふふっ、よかったわ…お幸せにね?」
「えと、ありがとうございます」
 気恥ずかしさに赤くなってしまう私に微笑む藤枝さん…もちろん夏梛ちゃんのことを言っているわけですけれど、山城センパイのときとは違って、藤枝さんがこのことを知っていることにはあまり驚きません。
 そう、藤枝さんは私が夏梛ちゃんへ想いを寄せていることをご存じ…はじめてこのお店へやってきたときに突然「恋の悩みがあるのかしら」なんてたずねられて驚いてしまいましたっけ。
 さらには私が想いを寄せる相手が女の子だということまで見抜いてきたのですから、すごいですよね…。
 それ以来、藤枝さんは私の想いを話せる唯一のかたとして、恋の悩みの相談に乗ってくださって…ですから、今こうして夏梛ちゃんと幸せな関係を築けたのは、藤枝さんの力もある…。
 ですから、藤枝さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

「藤枝さん、今日もおいしい紅茶、それにお食事も、ありがとうございました」
「そんな、こちらこそ…素敵なお話を聞かせてくれて、ありがと」
 少しのんびりしてしまいましたけれど、お食事も終わったのでそろそろお店を後にすることにしました。
「次にくるときには、その夏梛ちゃんも連れてきてくれると嬉しいわ」
「あっ、はい、そのときはよろしくお願いします」
 こんな素敵なお店に二人でこれたら嬉しいですし、それに…恋人を紹介するみたいで、どきどきします。
 ちなみに、藤枝さんは女の子同士の恋を見ていると幸せらしくって、つい応援とかしたくなるみたい…またそういうことに敏感で、はじめてお会いしたときも私の悩みが一目で解っちゃったそうです。
 何だか、学生時代を思い出します…あの子の名字も「藤枝」でしたし、懐かしいです。
「あの子がいれば、大喜びで物語にしたでしょうね…」
 うん、あの子がいたら間違いなくそうされて、恥ずかしいですけど嬉しくもあるかも…って?
「あ、あの、あの子って…?」
「ええ、私の妹のこと。今は私も通っていた女子校に通ってるのだけれど、百合な物語を書くのが大好きで…と、ごめんなさい、こちらの話をしちゃって」
 それって、さっき私が思い浮かべた子にあまりに似ているんですけど…まさか?
「いえ、あの…その子って、もしかすると藤枝美紗さん、とおっしゃませんか?」
「あら? そう、確かに妹の名前はそうだけれど…麻美ちゃん、妹と会ったことあるの?」
「はい、高等部の頃に知り合いまして…」
 藤枝美紗さんは私の一つ後輩で、確かに百合なお話を書いていてそれを図書室に置くまでになっていましたっけ…元気のいい、そしてとっても小さくってかわいらしい女の子でした。
 藤枝美亜さんとは名字が同じでしたり百合好きという共通点もありましたけれど、まさか姉妹でしたなんて…あまりの偶然に驚いてしまいます。
「本当にすごい偶然ね…では、麻美ちゃんは私の後輩になるのね」
 藤枝さ…美亜さんは私の一つ年上になるそうで、ではそうなりますよね。
「同じ学校を卒業した、しかも美紗ちゃんの知り合いの子が、偶然このお店へきて、しかも百合な恋まで叶えちゃうなんて…」
 感慨深げの美亜さんですけれど、私もそうです。
 美亜さんとは在学時には知り合うこともなかったのに、今こうしてその学校の後輩の話をしたりして…やっぱり、すごい偶然で驚くばかり。
 でも、これは素敵で大切にしたい出会いです…うん、今度は夏梛ちゃんと一緒にこよう。


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